第4話 3番目の奥さんフレイ
ミュリの家で二晩を過ごしたあと。
「旦那さま、行ってらっしゃい」
俺を見送ってくれるミュリをぎゅーっと抱きしめてから、職場へ向かう。俺の職場。それは図書館。
俺の仕事は図書館の何でも屋だ。本のアドバイスをすること以外は、大体なんでもやる。
本の貸し出しや返却の手続きだったり、返却された本を元の場所に戻したり、ホコリが積もらないように掃除したり、図書館の敷地内の花壇の手入れしたり。とにかく大体なんでもやってる。
この職場はわりと適当だ。暇なときは本を読んでいいと言われている。本を読むのは割と好きだから、この職場でよかったと心の底から思っている。
ただ、暇な日は少ない。今日は草むしりの日だ。館長や先輩たちはいい人だけど、基本的に本のことしか考えてない。来館者に心地よい空間を…というのはあんまり考えてない。
そのへんをカバーするのが、今の俺の主な役割。
ということで、本日は草むしりに励む。
図書館の敷地は広いから、ルーティンの業務に草むしりを設定してるけど、むしった数日後にはまた生えてくる。
あー大変。
草むしりと花の手入れが終わって館内に戻ると、館長に呼ばれた。
「この本、元に戻しておいてねー」
館長が指し示した先には、山積みの本。
…本を元に戻す作業。これはこれで大変。図書館は広い。あれやこれや忙しく動き回ってるうちに、今日の勤務は終わった。
疲れたー…と、伸びをして定時で職場を出る。
えーと。今日は誰のところに行くんだったっけ…疲れすぎて頭が回らない。
いや、違う。疲れたと言ってる場合じゃない。まずはレネのところに顔を出すだけでもしなければ。そのあとで、今日の奥さんのところに…。
と、考えてたその時。
「だんなさま」
物陰から呼ばれてビクッ。
俺を呼んだのは、三番目の奥さんであるフレイだった。そうだ。今日はフレイのところに行く日だった…。
「だんなさま、今日もお仕事、お疲れさまでした。草むしりに花の水やり…。本の整理もされていましたね」
「見てたの?」
「はい。今日はボクのところへ来てくださるとの約束だったので…。許してください」
奥さんたちと、いくつか約束事をしている。
その中のひとつに、『職場に来ないこと』という約束事がある。
一度、奥さんたちが職場で何人もかち合って、わあわあぎゃあぎゃあなったことがあるから…。あれはカオスだった。
「職場には来ちゃダメって言っただろ?ルールは守ってもらわないと」
ルールは守らせないといけない。だから、少し厳しめに注意。すると、フレイの目がうるうるし出した。
ひえっ。泣かせるつもりはないんだ。
「な、泣かないで…。厳しく言いすぎた。でも、ルールは守ってね」
「はい」
「ところで、今日は学校どうしたの?休んだの?」
「…はい」
フレイは七人いる奥さんの中で、唯一の年下。まだ学生だ。王立学問所とかいう、高校と大学が一緒になったみたいなとこで勉強してる。
「サボりはダメ。それも約束しただろ?」
「…はい」
フレイはまた泣きそうになった。しかし、心を鬼にしなければ。フレイがこのままグダグダな学生になってしまったらどうしよう俺の責任…。
もっと注意したほうがいいとは思ったけど、泣かれたら困るので深追いするのは止めた。
「分かったんならいいよ。よし、迎えに来てくれたことだし、寄り道して帰ろう」
手を繋いで商業区へ向かう。買い物をするでもなく、のんびりと店先を覗く。
「だんなさま。だんなさまに、あの服が似合うと思います。贈らせていただいてもいいですか?」
フレイが指差した先を見る。たっかい値札が見えた。
「フレイ…。高い贈り物はダメだって前に言っただろう?」
「…はい。すみません」
シュンとなるフレイに、申し訳ない気持ちが湧いてくる。が、厳しく厳しく…。厳しくしないと。
「気持ちは嬉しいけど…あの…泣かないで。よしよし。ほら、帰ろう」
厳しくしようと思ったけど、また泣きだしそうな顔になっちゃったので手を引いてフレイの家に向かうことにした。
フレイの出身は王都ではない。王都に次ぐ大きい街の出身だ。そして、フレイの家はそこの街とその一帯を治めている領主だとかなんとか。
王都で学ぶフレイが住む家は、商業区にほど近い高級住宅街の一角。そこに邸宅がある。
「ただいまもどりました」
帰って来たフレイと俺を出迎えるのは、長年仕えているという執事さんとメイドさん。
「おかえりなさいませ。すぐにお食事の準備をいたします」
「うん。それまで、だんなさまには休んでいてもらうよ」
さっきとは逆で、今度はフレイが俺の手を引いてくれた。通されたのは、いつもと同じくフレイの部屋。よし。さっきは厳しくできなかったから、今度こそ厳しく言おう。
ソファに腰かけて、両手でフレイの手を握る。
「フレイ。ルールは守るんだよ。いいね」
「はい。だんなさま」
ふわりと笑うフレイだけど…。本当に分かってるのか?
またきっと、ルールを破るんだろうな。けど、嫌いになれない可愛さがある。不思議だ。
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