第2話 7番目の奥さんレネと5番目の奥さんミュリ

今日は仕事が早番だったので、夕方に職場を出た。まだまだ明るい。俺は自由だ。

今日は七番目の奥さんに会いに行く約束をしている。七番目の奥さんであるレネは、七人いる奥さんのうち、一番ビビる家柄だ。

なんてったって、元王族。

今は王族を離脱して、お城の外に屋敷を構えてるけど、そりゃもう驚くほどのお屋敷だ。ビビる。


だけど、庶民の俺に合わせてくれるいい奥さんである。俺がその辺のお菓子の屋台で買ったアメを、おいしいと言って食べてくれた。

「いやームリしなくていいよー。こんなの食べたことないだろ?」って俺が言うと、レネは「本当に美味しいです」とニッコリ笑った。


だから俺は、レネに会いに行くときはいつもアメを買って行く。


市場のお菓子の屋台で、量り売りしてるアメ。赤やら黄色やら青やら、とってもカラフル。小さい袋にざざーっと入れてもらい、いざレネのお屋敷へ。


レネのお屋敷はすごいことなってる。

門番がいる。24時間体制の門番。門番さんは俺の顔を覚えてて、レネに厳しく言われているんだろう。俺の顔を見ると敬礼する。しなくていいのに…。まあ、そのへんは、俺がこの屋敷の主人の旦那という立場なのでアレだ。謙虚に受け入れる。


「いつもご苦労様です。これ、休憩の時でも食べてください」


さっき市場で買ったアメとは別のお菓子を門番さんに渡すと、恐縮して受け取ってくれた。俺の給料は、奥さんたちへの贈り物や使用人さんたちへの心づけくらいにしか使うことはない。

俺自身の物は、奥さんたちが買ってくれる。でも、俺は決してヒモではない。


庭を歩いて屋敷に辿り着く。ドアをノックすると静かにドアが開き、若くてきれいなメイドさんが顔を見せた。

が、メイドさんは動こうとしない。

あれ…?

大体どこの家に行っても、どの使用人さんも『旦那様!ようこそ!』みたいな大歓迎な反応なのに。このメイドさんは、どうやら怒ってるようだ。そんな雰囲気。俺、何かしたっけ。


「レネ様はご不在です」


メイドさんは冷たい声でそう言った。


「はい。今日はお城で、夜に帰ってきますよね?レネに会いに来たんで…」


「本気でおっしゃってるんですか?レネ様と本気で夫婦だと?…レネ様は迷惑に思われてます。お引き取りください」


そんなわけないでしょって心の中でツッコミを入れる。俺が迷惑だったら、離婚を切り出せばいいだけ。俺と結婚してて、レネに一切のメリットは無いんだし。


けど、メイドさんがすげー怖い顔してるから何にも言えない。臆病な俺である。他のメイドさんや執事さんがいないかキョロキョロするけど、誰も見当たらない。うーん。押し入るわけにもいかないし。


「じゃあ、これをレネに渡しておいてください」


さっき買ったアメを渡そうと差し出したら、メイドさんにバシッと叩き落された。コロコロバラバラ転がるアメ。


「こんな安っぽい物…!」


メイドさんは最後にそう言い捨て、ドアを閉めた。

…切ない。せっかく買ったのに。


転がったアメを一粒ずつ拾い、袋に戻した。もったいないから、今度、蟻の巣の前に置いてみよう。蟻も迷惑かな。

蟻のことを考えて庭を引き返し、また門まで来た。門番さんは「え?お、お帰りですか?」と驚いてた。門番さんにさっきのメイドさんのこと言うわけにもいかないので、コクリと頷いて外に出た。


あのメイドさん、レネに片思いしてるんだろうなあ。レネくらいのいい男が、俺みたいなよくわからん男とくっついてるのが許せないんだろうなあ。


ともかく、レネにはあとで手紙を届けることにしよう。今日は行きづらい。

さて、今夜はどこへ行こう。


しばらくあてもなく歩き、ひとりでウンと頷く。


明日行くはずだった、五番目の奥さんの家に行こう。

急に行っても大丈夫なはず。…はず。

五番目の奥さんのミュリも、結構なお家。代々、政治の中枢に人材を輩出する家柄だとかなんとか。

けど、失礼ながら、ミュリからはそんな雰囲気を感じない。


「旦那さま!明日じゃないの?今日だった?」


ニコニコ優しい笑顔で迎えてくれたミュリは、使用人さんが大勢いる前で俺にとすんと顔を寄せる。かわいい。小柄でも女顔でもないけど、かわいい。


「いろいろあって、今日来ちゃった。今日と明日、泊まっていい?」


「わあ!嬉しい!もちろんいいよ!」


するっと俺の腕に腕を絡めて、すりすりしてくるミュリ。奥さんたちの中で、一番甘え上手で懐っこいと思う。


「旦那様、夕食まで少し時間があるから、庭を散歩しよう?」


甘えてくるミュリをそのまま甘えさせてあげたいと思う、が。


「うん。そうしようか。あの、でも、その前に…。手紙を書いてもいい?あと、それを誰かに届けてもらいたいんだけど…」


俺の言葉を聞いてミュリは一瞬曇った表情になったけど、すぐにまたニコッと笑った。


「うん、いいよ」


なんだか申し訳ない。

ひとりの奥さんと会ってるときに、他の奥さんの存在を感じさせることはなるべくしたくないけど、今日だけは勘弁…。今日会うはずだったレネは、俺を待ってると思うから。

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