そんな生活

のず

第1話 はじまり

「お先に失礼しまーす」


定時で仕事を終え、職場を出た。

空を見上げると、今にも雨が降りそうなどんより曇り空。家までもつかな。大丈夫かな。神様頼みますよー。


と、祈ったが、俺の祈りをヨソに、ザーっと強い雨が降って来た。うおお。

家に帰るのは中止だ。今日はここから一番近いとこに泊まろう。

旧市街地の、由緒ある家が並ぶ街区。

その中でも目立つお屋敷のドアをノッカーでゴンゴン。するとすぐに、お屋敷のメイドさんがドアを開けてくれた。


俺の姿を見て、慌てるメイドさん。


「旦那様!本日、ご訪問の予定とは知らず、申し訳ありません。どうぞお入りください」


びしょ濡れになった俺のために、執事さんがタオルを持って飛んできた。


「旦那様、どうぞお使いください」


「ありがとう。急に来てごめんね。お風呂使ってもいい?」


「はい。すぐに用意いたします。アル様のお部屋でお待ちください」


案内された部屋に行くが、びしょ濡れなので座るわけにもいかず。立ったまま窓の外を眺める。その間もメイドさんがあったかいお茶を淹れてくれたり、なんだかんだ世話を焼いてくれる。


「お風呂の用意が整いました」


メイドさんに声をかけられ、続きの間にあるアル専用のお風呂へ。ゆったりお風呂に浸かると、眠くなりそう。


お風呂から出ると、着替えもばっちり準備されてた。お泊り用の部屋着。

それに袖を通し、部屋に戻って今度はゆっくりくつろいでると。

階下が騒がしい。アルが帰ってきたのかな。


慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、勢いよくドアが開いた。いつもどおりの綺麗な顔してるアル。


「旦那様!今日は僕のところへ来てくださったんですね」


アルは俺の奥さんである。そして、男である。


「うん。急に来てごめんね。大丈夫?」


アルは上着を脱ぐこともしないで、長椅子に座ってる俺の前にひざまずき、俺の膝にそっと頭をのせた。その頭をなでなでしてあげると「ああ…」と、なんだかエロい声を放つアル。やばい。


「アル、俺まだ晩ご飯食べてないんだ。一緒に食べよう」


「はい。では部屋に運ばせます」


使用人にテキパキと指示を飛ばすアル。アルは、この屋敷の主人だ。


「旦那様、今日は魚料理ですが、他に何か食べたいものはありますか?急ぎ作らせます」


俺をもてなそうと一生懸命のアル。この屋敷の使用人のみんなも俺をもてなしてくれるけど、アルはそれ以上。


アルは、俺の奥さん。

俺の七人いる奥さんのうちのひとりである。



話せば長くなるのだが、大学生だった俺はある日の帰り道に違う世界に飛んできてしまったのだ。住宅街にいたはずなのに、気付いたら森の中。

森の中で呆然としてたら、狩りに来てた親切なナイスミドルに助けられた。助けられる前に、獲物と間違えて撃たれそうになった気がするが。それは忘れよう。

そして、なんやかんやでお世話になった。俺が違う世界から来たことを驚いてたけど、「不思議なこともあるんだな」で済ませた素敵なおじさんだ。


おじさんはその辺一帯を治める田舎貴族で、俺はなんやかんやおじさんの庇護の元で生活をした。おじさんのおかげで、この世界に慣れた。

なんやかんやで数か月経ったある日、おじさんの息子さんが帰省してきた。息子さんは王都に屋敷を持ち、若いのに立派な仕事をしてるという美形さんだった。


で、息子さんがまた王都に戻るという日。おじさんがニコニコして言った。


「息子と結婚しない?」と。


この時点でこの世界では同性婚オッケーということを知ってたが、まさか自分が同性婚するとは。ていうか、何で俺?息子さんと初めて会ってからこの数日、俺は息子さんとろくに会話もしてないよ。何のロマンスも生まれてないよ。


俺の疑問を読み取った息子さんは、めんどくさそうに言ってのけた。


「お前と結婚すれば、言い寄ってくる輩がいなくなる。便宜上、お前が旦那だ」


ははん。なるほど。単に言い寄ってくる人たちを大人しくさせるための手段ですか。なるほど。


この世界は、同性婚オッケーで、一夫多妻オッケーなのだ。『夫』の役割の人は、何人も奥さんを持てる。『奥さん』の役割の人は、一人の相手としか結婚できない。

だから、息子さんが『奥さん』なのだろう。『夫』の役割だと、言い寄ってくる人はまだまだいそうだもんね…。


でもさ、いつかお互い好きな相手ができたらどうすんの。そう思ったけど、おじさんが「よし!話はまとまったね!」と何か喜んでたから、疑問を述べたりお断りしたりするタイミングを逸した。

まあ、おじさんが喜んでるからいっか。おじさんにはお世話になったし。


そーゆーことで、俺はおじさんの息子さんであるジュエと結婚した。


そんで、王都の暮らしが始まった。おじさんの口利きで、俺は王都のでかい図書館での仕事を得た。


で、新婚生活はというと…。

冷え切った新婚生活。

好きで結婚したわけじゃないけど、せめて友達のようになれるかなーと思ったが。

全くだ。ジュエは、俺に一切の興味が無い様子。ジュエのお屋敷の使用人たちも、俺に興味が無い様子。屋敷の主人のジュエの態度からして、使用人の態度もそうなるよな…。


そんな感じで始まった生活は、あっという間に変化を遂げた。図書館で出会った美形に求婚されたのだ。


「俺は奥さんいるんで」と、お断り申し上げたけど、「じゃあ、正妻さんに許可取ってきます!」と美形は走り出した。

一番目の奥さんが正妻で、正妻が許可を出せば俺は新しい奥さんを迎えられるそうだ。初めて知った。俺の意志はどうなってんの。


んで、ジュエは簡単にオッケー出して、俺は王都に来て一週間で二人目の奥さんを得た。そして、三ヶ月の間に同じことが繰り返され、法律で決められた上限の七人目の奥さんを迎えるに至った。

全員何かしらの地位や名誉や権力や財産がある。加えて美形。俺の魅力は俺には分からないので謎だが、ジュエ以外は俺のことが好きでたまらないんだって。悪い気はしない。


俺の住所はジュエの家になってて、基本的な生活拠点はそこだけど、だいたいは奥さんの家を回って泊まってる。

ジュエ以外の六人とは結構アッサリ体の関係を持ってしまい、俺は遊び人なのかと悩んだこともあったが、遊びじゃなくて結婚してるからまあいいかって。俺の今までの人生で培われた結婚観は、アッサリガラッと変わった。


そんな結婚生活である。

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