第6話 なんと不倫姉順子の来店

「おーい、将太。お前は今からヘルプだ。今日は新規のお客さんだ。気を抜くなよ」

 先輩方ともようやく馴染んできた頃、俺は右近さんから別のチームの先輩、悠也さんと組むことになった。

「将太、ここだけの話。今度の客は俺の高校の同級生なんだ。

 だから、共通の話題は高校時代のエピソード。しかしときどき不倫談義をしかけてくるんだよな。おれ、不倫は反対だよ。だって、韓国では昔は不倫したら逮捕されるほどの罪だったし、相手から離婚されるかどちらかだったんだ。

 要するに、不倫は犯罪スレスレってわけだ。男はときめきという遊びを求めるだけだが、女の方は本気であるケースが多く、純粋な恋だと信じ込んでいるが、周りから責められるのはなぜか不倫女性である。

 まあ、中国では一夫多妻制なんていうのもあるらしいが、あれは貧しい女の生活の面倒をみているわけだから、不倫とは少々違うんだ。

 将太に頼みがある。もし客が不倫談義をしかけてきたら、怒らせないようにうまくフォローしてくれないか」

 先輩に、頼まれて嫌とはいえないし、どんな客でも対応するのがホストの順応力発揮の場である。

「悠也先輩の頼みとなれば、順応力発揮しますよ」

 悠也さんは、店の隅のテーブルに向かっていく。

 ピンクのフリルのワンピースに、黒のショートパンツ、今風の女の子の格好だ。

 しかし、よく見るとなんと姉の順子だ。

 三十五歳にもなって、若作りしてつもりなのか。

 これは、悠也さんに気付かれたらヤバいことになる。俺は、順子姉さんと気づかれないために、他人を装うことにした。

「やあ、順ちゃん、久しぶり。順ちゃんといると、純粋無垢だった高校時代を思い出すのさ」

 そういいながら、悠也さんは姉の横に座った。姉は、いや順子は笑顔を浮かべた。

「うーん、私もあの頃は純粋だったかな? あの頃の自分に戻りたくてここに来てるのよ」

「紹介するよ。こちら新人の将太、よろしく」

 俺は、他人顔をしておしぼりを渡し、テーブルをはさんで座った。

「あっ」

 姉順子は、僕を他人顔をして答えた。

「順です。よろしく」

 そのとき、悠也さんに耳打ちするホストがいた。

「ごめんなさい。順ちゃん、俺行かなきゃ。今日は、将太で我慢してくれる?」

「んもう、悠也。私のことが嫌いになったのなーんて。子供じゃあるまいし、だだこねてちゃダメね。まあ、今日のところは悠也の顔に免じてガマンするわ」

 姉、いや順子は俺との間に沈黙を守っている。

 俺、どう反応したらいいのかわからない。

 そのときだ。右近さんの客、彰子さんが俺のテーブルにやってきた。

「あっ、あんたね。私の亭主の寝とったのは。亭主の社内旅行の写真で見たことがある一見地味な冴えない女」

 ということは、彰子さんの不倫相手が、よりによって順子姉さんということ?

 順子姉さんは、反撃にでた。

「あなた彰子さんですね。あんたこそ、ひどいうつ病でヒステリックな逆DVの亭主虐待暴力妻と聞いてたわ。でも、私に嫉妬してももう手遅れよ。

 あいつと私の仲は、もう昨日で終わりにしたの」

 それを聞いた瞬間、俺のなかでホッとしたような安堵感がこみあげてきた。

 順子姉さんが不倫を卒業したおかげで、罪悪感なく彰子さんに顔向けできる。

 彰子さんは、猛然と反発した。

「なにを言ってるの。なにが逆DVの亭主虐待暴力妻よ。DV夫は亭主の方よ。

 あいつは、外でペコペコしている分、私に八つ当たりしているだけよ。

 あなたこそ、あいつに騙され丸め込まれてるんじゃないの?」

 やばい展開になってきたぞ。ケンカになったら、俺の責任になりかねない。

 俺は、二人の間に入ることにした。

「まあまあ、お二人共冷静に。話を聞いてりゃ、もう終わったことでしょう。

 順子ももう、彰子さんのご亭主とは接点を持たないって言ってるんだし、水に流しましょう」

 彰子さんは、いくぶん冷静さを取り戻した。

「でも、私はこの女のお陰でどれだけ被害をこうむったか。

 主人はこの女の手作りの弁当を食べた日は、必ず私の料理を辛いとか、味が雑だとか言って批判したりするの。また、この女は同情話をして、主人の価値観を変えようとしているのよ」

 俺は身を乗り出した。

「価値観といいますと?」

「以前まで主人の価値観は金儲けだった。いかにして、金を儲け、貯金を殖やすかが生きがいの人だったのよ。

 それが、この女と出会ってからは、金より正義だなんて言い出してね」

 俺は口を挟んだ。

「でもそれはそうですよ。金銭を求める者は、金銭をもって満足しないといいます。金銭以外のものー名誉とか権力を求めるのです。だって、金ってあればあるほど、金目当ての人が集まってくるから、かえって有り余る金ほど、猜疑心が強くなり人を遠ざけるんですね」

 彰子さんは、俺に対する怒りを露わにした。

「将太、どっちの味方をしているの?」

「僕は中立の立場です。しかし、僕は不倫は反対です。しかし、過去を持ち出して恨みあっても仕方がない。大切なのはこれからですよ」

 姉、順子は口を開いた。

「私は、彰子さんの亭主が最初、彰子さんとはうまくいっていないという言葉を信じて、つきあってたというよりも、同情でつきあってあげてたのよ。

 だってあの人、いつも一週間同じワイシャツ着て、襟垢はこびりついてるし、体臭はきついし、憐みで面倒をみてあげてただけよ。間違っても恋愛なんて勘違いしてもらっちゃ困るわよ」

 こりゃやばい。姉は徹底抗戦の構えに出ている。

「ちょちょっと。真実は一つしかないというが、この場合、真実よりも要は彰子さんがご主人とよりを戻したらいいだけ。そのためには、まず順子と別れる必要があった。これで一件落着」

 俺は彰子さんに言った。

「大丈夫ですよ。きっとご主人とよりを戻せますよ。僕から見て彰子さんは可愛い人なんだから。ご主人の一時の気の迷いを許してあげて下さい」

 彰子さんは、ため息をついた。

「将太の頼みなら仕方がないわ。でもこれからも誰にも内緒でこのお店に通うわね。ホストクラブという異次元空間が、私の唯一の気分転換なんだから」

「お待ちしてますよ」

 彰子さんは、右近さんの席へと戻っていった。

「姉貴、俺心配してたんだぜ」

 ようやく、対面するタイミングが訪れた。

「ごめんね。好き勝手なことばかりして。でも、私も一時の気の迷いだったのよね。これからは大丈夫よ。私には悠也がいるから」

「でも、俺の姉だってこと、悠也先輩には内緒だぞ。こう見えてもホストって結構、人間関係難しんだから」

 姉はうなずいて言った。

「客の取り合いとかでしょう。担当の客だったはずが、担当である自分よりヘルプの方がいい。口座変更してくれとかで揉めるんでしょう。

 悠也も言ってたわ。先輩と仲が良かったけど、客がヘルプである筈の悠也を専属ヘルプにしてくれと言い出したことがあって一時は先輩ともめかけたって。

 ヘルプというのは、本来担当を引き立たせるものだけど、担当の客を取ったらダメじゃないか。と言われ、当分の間、ヘルプを外されたこともあるらしいって、悠也がこぼしてたわ。別に悠也の責任じゃないのにね」

 俺はうなづいて言った。

「不倫もそれと似てるぜ。独身女が家庭持ち男と付き合うのを、恋愛と錯覚するからどろどろとした厄介な問題が起こるのさ。いちばんいいのは、独身女が相手にしなかったら、何事も起こらないのさ」

 姉は納得したように言った。

「そうね。もう人騒がせなことはやめるわ。もう少しで、人生の落とし穴にはまるところだったわ。これからは、悠也一筋でいきます」

 俺は内心、ほっとした。

 これで、不倫一件消滅したことに満足していた。


「全く不倫などというものが流行り出してから、うちらの商売はあがったりです。

 だってうちらが高い値で売ってる女の子を、ただで気軽にさせる若い素人が出現したら、お手軽な方にいってしまう。高価な夢より安価な現実選択ですわ」

 もっともな論説を披露するのは、白い着物に身を包んだクラブのママさんだ。

 やっと、俺についた本客第一号である。

 そういえば、この頃高級酒場であるクラブやラウンジが閉店して、酒場が風俗化しつつある。

 高値の花より、道端の雑草の方が手軽というわけか。

 

 太古の昔から不倫はあるが、時代が変わってもいつまでも続くのだろうか。

 二度も不倫をし、世間を騒がした政治家 宮崎氏曰く

「僕は不倫はしないが、浮気はする。奥さんのことは愛しているし、リスペクトもしているが、それはそれで置いといて、気分が浮つくと浮気の虫がうずくのである」

 いくら美味しい三度の食事よりも、男性は毛色の違うデザートに魅かれるものなのだろうか。

 しかし、不倫も浮気も相手の女性ありきであり、女性が相手にしなかったら成り立たない。

 残念ながら女性は、アダムとイブの時代から、愛想のいい人が自分を愛してくれる善人だと勘違いするケースが多い。

 蛇はイブに「神がとって食べてはいけないと言われていた禁断の果実を食べると、目が開け、神のように賢くなれるんですよ」とそそのかし、イブはその誘惑に乗って禁断の果実を食べ、それをアダムにも勧めたあとで、お互い、自分が悪いんじゃあない。そそのかしたイブが悪いんだ。そしてイブもまた、私をそそのかした蛇が悪いんですとお互いに責任転嫁をしたあげく、エデンの園から追い出されてしまったが、不倫もそれに似ている。

 女性は、愛想のかけらを愛の絆と勘違いするのが不倫という悲劇の始まりである。


 しかし、不倫女性は決してハッピーな筈がなく、自分はダメなことをしているけれどそこから逃れられないという絶望とあきらめがあり、まるで穴に落ち込んだ人間が、惰性でやり続けているような不幸道が感じられる。

 ただひとつ明白なのは、俺はこのホストというサービス業を通して、不倫を消滅していこうと決心したことだった。

 少なくとも俺たちはこのまま老いていき、ともすれば時代遅れという下り坂を転がり落ちるしかない不倫おっさんよりも、若くて新鮮で現代風という取り柄があるので、俺たちと接することで、身も心も若返るという可能性がある。

 そのことが、世の為、人の為に働くことになる。


 俺はようやく、生きていくための使命が与えられたのだと確信した。

 今日は俺の第二の誕生日。俺はこれまでにない力強い気分に包まれていた。


 END


 

 

 



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☆不倫消滅隊 すどう零 @kisamatuma

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