第5話 不倫からの脱出道まっしぐら

 彰子さんは、言い返すかのような勢いで言った。

「自分を大切にして生きてる人間なんか、本当に存在するの?

 じゃあなぜ、麻薬中毒者や飲酒運転者や、リストカットする子がいるの?

 自分を大切にするんじゃなくて、自分の欲望に従って生きてるだけじゃない」

 俺は返す言葉がなかった。でも黙ってたら、シラケたムードが漂うだけである。

「確かにそうですね。人間、理性があるといっても、欲望には抗えません。

 しかし欲望に負けてしまった人間は、全員不幸になっています。なかには、刑務所にいくはめになった人もいます。

 僕は彰子さんに幸せになってもらいたい。だから愚痴や悩み事があったら、僕でよかったら、ぶちまけてほしい。僕が彰子さんのサンドバックになりますよ」

 俺、ちょっぴり人助けしたかな。まるでユニセフに募金したような快感が漂う。

「風俗のバイトは、私は売れっ子にはなれそうにはないから、近々やめることにするわ。でも、主人を許すことはできない」

 俺は、以前読んだ本の受け売りをした。

「これは、本で読んだ話ですがね、ある伝説の有名大親分の奥さんは、その極道の愛人の子供を引き取って我が子同様、可愛がって育てたらしいですよ。

 また、数ある愛人の面倒まで見てやったらしい。その組の組員が奥さんに

『少しは、姉さんの爪の垢でも煎じて飲め』と言うと

『そういうあんたが、組長みたいになってくれたら、私も姐さんみたいになるわと言い返しなさい』と言ったそうだすよ。

 しかしまあ、極道なんて僕とは関係のない特殊な世界でしかないですけどね」

「そういう世界もあるのね。私も自立することを考えようかな。何か資格を取ろうと思っている最中なの」

 俺は姉を思い出して、すかさず答えた。

「そうですね。専業主婦の人でも、ご主人がリストラしている人は多いから、今のうちに勉強なさるのも、一つの人生改革ですよ。

 やっぱり勉強って、健康と金と時間のあるうちにしとくべきですよ」

 彰子さんは、納得したようにうなづき、チェックアウトした。

「今日は、本当にすっきりした。また来るわ」

 去って行く彰子さんの背中をみながら、俺は少し善人になったような気がした。


「なあ将太。お前もう入店して一か月になるな。固定給があるのは、あと二か月だけだが、結構この世界の水に馴染んできたな。

 目指すならナンバー1だぞ。それと、外見もそうだが、新聞や雑誌を読むなりして常に内面を磨く努力をしなければダメだぞ。」

 今月のナンバー2、右近さんの言葉だ。

「はい。右近さんのやさしさに甘えてヘルプ役頂きながら、勉強中です」

「いつまでもヘルプに甘んじてちゃダメだよ。早く、自分の本客を捕まえなきゃ」

 その通りだ。本客を確保しなきゃ四か月目からは、給料が出ないんだ。

「有難うございます。なんとか頑張ってみます」

 俺は、どうしたらいいのかわからない状況だった。でも、とにかく変な客に媚びることなく、ありのままの俺を出すしかないんじゃないかと思った。

 だって、心と相反することを言って客を喜ばせても、酔ったら本性がでそうだ。

 そのときになって、なあんだ、こんな人だったのかと思われ、去っていかれるよりも、素の自分を出しながら客に気を使った方が、かえって長続きするよ。

 また女性は、男性のリードについていきたいという本能があるので、常に強くカッコよくリスペクトされる存在になることである。

 少なくても出来の悪い息子に同情するような関係であってはならない。

 同情から発したことは、長続きしないのである。

 

 もし俺に本客がついたら、週一回通ってもらえるよう頑張ってみよう。

 何を頑張るかーそれは、まず客の本心を察し、その上でフォローしそして新たな道を提案してみることだ。しかし、そのためには相手を探る洞察力、相手をけなさない努力と包容力、そしてトレンディな知識と知恵が必要になってくる。

 とにかく報道番組をよく見て、今のご時世を研究することだ。

 まるで、バラエティ番組の司会者みたいに、いろんな人と分け隔てなく接することだと思った。


「将太、たまには食事に行こう。奢るぞ」

 右近さんに誘ってもらえるなんて、ラッキーである。

 営業が終わり、午前十一時、ちょうどランチタイムの時間帯である。

 僕は右近さんお勧めの定食屋に行った。

 座敷で二人向かい合って座っていると、学生の頃のコンパを思い出す。

 ホストは酒ばかり飲むので二人とも健康を考え、焼き魚定食を注文した。

「将太、大分仕事が板についてきたようだな。俺は今日で、この仕事二年目に突入するんだ」

 二年目はナンバー2はすごいな。俺も二か月後はナンバーに入ってみせるぜ。

「ところで将太って何人家族?」

「姉と二人です」

「そうか、二人きりの兄弟か」

 右近さんは、急にため息をついた。

「俺は、実はね、おかんが不倫でできた子なんだ。まるで伝説の大親分田岡一〇みたいだろう。実は田岡は四国出身で不倫の末できた子供であるが、実母が五歳でなくなり、神戸の親戚に預けられたんだ。そこではひどい虐待を受け、学校へも通わせてもらえず、力仕事の港湾仕事をさせられていたらしい。

 だから、田岡は親がいて、帰る家があって、学校に行ってそれでなおかつ非行に走る子の気持ちがわからないという。暴走族なんて全くの理解不能らしい。

 神戸の港湾仕事の近くの喫茶店で知り合ったのが、当時十四歳だった妻であるフミ〇姐さん。フミ〇姐さんは、わずか十四歳で私はこの男についていくと決めたらしい。そして、田岡が不倫の末生まれた子が、長女田岡由〇だったという。

 しかし、フミ〇姐さんは、由〇を我が娘として育てたというから偉いね」

 しかし、世の中はなんと不倫が多いのだろうか?

 昔は不倫というと日陰のような罪の意識があったものだが、今はそれも多くなったせいかありきたりといった感じがする。

 姉も不倫なら彰子さんも不倫、そして右近さんも不倫の子?

 少し、ビールが入ったのだろうか。右近さんは饒舌になった。

「俺は、おかんの浮気相手の子だから、親父には可愛がられることはなかった。

 親父は、世間体が悪いのでそのことを、ひた隠しに隠していた。

 でも、親父から無言の虐待を受けたんだ。無視されたりあとお前は祝福されない子だから、せめて成績だけは頑張れって。さもないと、食事を与えてもらえなかったりもした。結局、親父とおかんは離婚して、俺は親戚に引き取られる形になった。

 今でもときどきおかんとは会うよ。といっても、もう精神疾患のような状態だけどね」

 俺は、初めて聞く右近さんの身の上話に身を乗り出した。

「なにが原因で、精神疾患になったのですか?」

 右近さんは、声を潜めた。

「おかんは不倫がばれて、相手の奥さんから恨みを買い、顔にあざをつけられたんだ。それも原因の一つかもしれないが、俺にも明確な原因はわからない。

 人の心なんて誰にもわからないが、余程の心の傷を負ったことは確かだ。

 一時、俺はおかんと二人暮らしをしようと、中華料理屋に勤めたこともあったが、やはり長続きしなかった。体力的にも対人関係も無理だったみたいだな」

 不倫が不幸のスタート地点か。ほんの紙一重の差で、下降道まっしぐらになる。

「今日びびったよ。おかんの勤めていた中華料理店でおかんに殴られかかったという客がいたんだ。相当狂った精神状態だったのかな」

 自ら狂う道を選んだ人間はいやしないが、知らず知らずのうちに人を傷つけ、自分も傷ついていくんだな。そして堕ちていった人間が、覚醒剤中毒になるのだろう。

「お母様は今、どうしてらっしゃるんですか」

 右近さんは、ため息をついた。

「俺にもわからない。でも、もうおかんと俺とは別に人生を歩んでいくことに決めたんだ。親子の縁は切れないからね」

 そういえば国会議員 宮崎氏も二度不倫したというが、宮崎氏は奥さんに許してもらえたという。

 宮崎氏曰く「奥さんは愛してるし、リスペクトしてる。だからこそ、少し毛色の変わった女性にときめきを感じてしまう心のスキが生じるんだ」

 俺は、いつのまにかギャグまじりに右近さんに説教していた。

「いつまでもあると思うな親と金。孝行をしたいときには親はなしっていうじゃないですか。まあ、僕も人のことを言えた義理ではないが、やはりお母様は大切にしてあげて下さいね。あっ、俺、右近さんに偉そうなこと言っちゃった。お許しを」

 右近さんは軽く微笑みながら、俺の話を聞いてくれていた。

 



 







 











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