2
キーボードを打つ音が、O S機器の静かな電子音に混じって響く。
「へへへ」
「つまり俺専用のイースターエッグってことだ」
外から見て分かり辛く、しかしクリティカルな、詰まるところ金を引き出せるバックドアを入れ込む。何日も何ヶ月もかけて彼が仕込んで来た横領のための道が今夜ついに完成した。
「後は俺との関連がバレないような時間を開けて、一挙に抜いてやる」
達成感はすぐにでもそのシステムを悪用させたがったが、彼の悪意がそれを押し留めた。
誰もバックドアを指摘する人はないまま、数ヶ月が過ぎた。
「安田君」
部長に呼ばれて、まさかバレたのかと身構える。
「明日から来なくていいから。いや、引き継ぎとかもいらないから、今日、もう帰って」
「どうしてですか?」
「君は自分を秀でた人間だと思っているようだけれど、そのせいなのかな、パワハラの報告があまりに多い。不服なら訴えてくれて構わない。会社としてはそんな人間を一秒でも長く置いておく訳にはいかない」
反論は認められず、安田は会社を後にした。
何がパワハラだ。俺は必要なことを必要なだけ言っているだけじゃないか。へーコラ顔色を伺い合って仕事が出来るかってんだよ。俺は秀でてる、当たり前じゃないか。運だって最強だ。一緒に仕事をするんだったらそれなりの覚悟が必要なのは当然だろ。
胸の中で悪態をつきながらビルを出たときに、しまった、バックドア。しかしもう中には入れない。社外からアクセスするのはリスクが高すぎる。
「ちぇっ。しょうがねー。でも俺は最強の運がある。またどこかに食い込んでやるさ」
安田は秋葉原の街を横切って住処に帰る。その途中でかつて住んでいた場所を通った。
「もうそこには戻らねーよ」
その場所には次の誰かが住み着いていて、安田は目を合わせずに通過する。失ったものなんて高が知れている、俺はゼロから這い上がったんだ、胸中で彼が呟いたのは新たな決意だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます