第13話
日々は淡々と過ぎ去っていく。時間に容赦の二文字はない。春が過ぎ、夏が過ぎる。あらゆることが時間という波に巻き込まれて流されていく。それはある意味では壮観な風景だった。
風景。
ぼくはいつからか、自分自身をそうして客観視するようになっていた。いつからか? いつからだろう。分からない。ぼくはいつも何かを分からないでいる。ぼくに分かることは何も存在しないのだ。何もかもを知らないままぼくは生きていた。たとえそれを知る機会があろうとも、気づきもしない素振りをとって、傍観者を気取っていた。そうすることが正しいのだと気づいてしまったのだ。
そして、ぼくは中学三年生になり、ユイは小学六年になる。一二才になる。なってしまう。
夏で、蒸し暑い日が続いていた。
「帰り、カラオケ寄ろうぜ」とぼくの友、谷崎は言った。
カラオケ。最近ご無沙汰だったので悪くはない。なにより、大声を出すというのは気持ちのいいものだ。けしてストレスがたまっているというわけではないけど、単に気持ちいいのだからそれでいい。
というわけで、ぼくはその提案に乗ることにした。
「いいけど……どこのカラオケ?」
「駅前の」
「どこの駅前?」
「スクールバスが止まる方のさ」
「ああ……」ぼくは少し思案して、言う。「あそこは高いよ。学生料金がきかない」
「じゃあ何、歩いて隣町まで行くっての?」
彼の言葉を聞き、ぼくは苦笑をもたした。「時間は金だよ、谷崎。そこで妥協するからお前の財布は年中からっ風が吹いているんだ。君は実に馬鹿だな」
「わはは。死ね」
「じゃあこの間貸した金をいま返してもらおう」
「すみません」
で、結局ぼくたちは隣町のカラオケまで遠路はるばる足を運ぶことにする。
ぼくの節約に突き合わせてしまって悪いとは思ったので、せめてものお詫びとしてぼくのマウンテンバイクを谷崎に貸してやる。ぼくは駆け足で谷崎に追従することとして隣町にむかった。しかし、いま考えてみれば奴はぼくに借金という貸しがあるのだ。なにを遠慮する必要があったのだろう。走らせてやればよかった。
「気がついたんだが」とマウンテンバイクに乗りながら谷崎は言う。「おれたちは金を時間で買った。けれど、金と時間がイコールで結ばれるなら、時間を金で買うおれの選択も間違ってはいなかったのではないだろうか。駅前のカラオケで妥協しても良かったのではないだろうか。だろうか」
「ようやく気づいたのか」と小走りでぼくは言う。「君は実に馬鹿だな」
「わはは。死ね」
で、ぼくたちは隣町に到着してそこのカラオケに入る。
「何歌うよ」と谷崎はぼくに向き直って訊く。
「津軽海峡」とぼくは答える。
「好きだよな、演歌」
「歌いやすいんだ。キーが高すぎなくって」
「あーそう」谷崎は言う。「まあ、おれはとりあえずB‘zかな」
「前から言おうと思ってたんだけど」とぼくは言う。「谷崎の歌うB‘zは、高音がまるでクビをしめたニワトリみたいでスゴく滑稽だよ。キーを下げて歌えばいいのに」
「わはは。死ね」
そんなわけでぼくたちはカラオケを楽しむ。
「あれ? ドリンクバーつけた?」
「つけてない」とぼくは答える。
「なんで」
「持ちこんだペットボトルを飲めばいい」
「貧乏くさいな」
「いいだろ」
「つうかせこい」
「なんとでも言え」
飲み物の持ち込みくらい、明確に店側で禁止されていないのなら勝手なはずだ。中には禁止にしているカラオケ店もあるのだそうだけれど、この店では特に明言はされていない。まあだからといって他人に迷惑をかけるような行為は慎むべきだと思うけど。
「なんだ。そんなに金に困ってるのか?」と谷崎が問う。
ぼくは極力声のトーンが一定になるように言った。「そういうわけじゃない」
「じゃあなんでそんなに貧乏くさいんだ。おまえがやたらと金を惜しむようになったの、つい最近になってからだろ。前はそうじゃなかったよな? いや、べつにいいけどさ」
「まあ……なんとなく」
「あれか? 例の妹さんが何か関係してたりするのか? プレゼントでもやるのか?」
「関係ない」ぼくはぴしゃりと言う。その拒絶に想定よりもいささか否定の色が強く出すぎて
しまっていることに気づき、ぼくはあわてて言葉を継ぎ足した。「個人的に欲しいものがあるんだよ。実はさ」
「ふうん」と谷崎は言う。ひとまず納得したようだった。「なんだ。楽器でもやるのか。ギターか。ロックンローラーにあこがれるお年頃なのか」
「まあ、そんなところ」
「どうせ飽きてやめちまうさ」
「自分でもそう思う」
「ちなみに俺は三日で投げたぜ。フェンダーのうん十万するエレキギターを買ったはいいものの、指がいたくて仕方がない」
「君は本当にバカだな」
「ちなみにそのギターはとうに売り払ってしまった。願わくば次のロックスターが俺のギターから生まれればいいと願いを込めてだ」
「むしろ運気が下がりそうな気もするけどね……」
その後もぼくたちは互いにとりとめのない、ふざけた会話を続けた。それは実に楽しい時間だった。谷崎本人にそんなことを告げるのは恥ずかしくて到底できないけれど、こういう普通の学生らしい日常をぼくは心の底から楽しんでいたのだ。
ポップスを歌い、ロックナンバーを熱唱し、ときに洋楽をへたくそな英語で歌い上げる。のどがイガイガとしてきてキーの高い曲が歌えないようになってきたこと、谷崎はため息をついて言った。
「ふぁあ、さすがにいい加減疲れてきたな」
「うん」
と、会話が途切れる。歌える曲も、ストックされた会話のネタも、どちらも在庫が尽きてしまったからだ。退出時間が近い。そろそろ頃合いだろう。ぼくは谷崎に「そろそろ出ようか」と声をかけ、カラオケ店をあとにした。
とにもかくにも、久しぶりのカラオケは楽しかった。
ぼくの毎日はそのように流れていく。
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