第44話

 夜に再集合する手はずで、ぼくらは一旦分かれた。

 正確に説明すると、ケンジとサキノがキャンパスへ戻って、ぼくとリオは北口をブラブラと歩くことにした。


「学園祭だよ、面白いことするからさ」


 何しに行くのか訊ねると、ケンジはニヤリと笑いながら答えた。

 傍らに立つサキノも、似たような笑みを浮かべていた。高崎の件があって、それでもなお何か別の企みがあるのか。

 2人に底知れぬおそれを感じたが、その正体がバイタリティなのかアイデアなのかは分からない。


「結局2人は付き合ってるの?」


 思い出したようにリオが訊ねた。


「うん」


 答えるサキノはケロリとした表情を浮かべていた。


 そんなわけで、ぼくらは北口をデートしている。

 ブラブラ歩くとはいっても、何度も通って行き慣れた町である。目新しさは感じない。

 それでもブラブラ歩くのは、他に行き場所がないからだ。


「そろそろ学園祭だね」


 タイルの敷き詰められた道を歩きながら、リオが出し抜けに言った。無関係な話題を敢えて持ち出して、気を紛らわせようとする意思が見えた。


「うん」


 ぼくは単調な相づちに留めた。心苦しい思いもあるが、今はリオの気づかいに身をゆだねたかった。


 人混みの割に、街並みは穏やかである。静かな午後だった。この辺りは、学生が少なければ少ないほど、日光が明るければ明るいほど、静かになるのだ。

 ぼくは講義をサボって街に繰り出すような、こういう時間が好きだった。隣にリオがいればなおさらだ。


 ぼくらは大して言葉を交わすこともなく、ポツリポツリと思ったことを口にしながら、のらりくらりと歩き続けた。

 数時間後には高崎と宮本アスカが寝ている場面へ突っ込みに行くなど、想像だにできない。


「あのさ」


 ずっと引っ掛かっていたことがあって、リオは怒るかもしれないと口に出せなかったのだが、思い切って言ってみることにした。


「ん」

「リオはいいの? 高崎のところ、行っても」

「なんで、いまさらそんなこと」

「だって嫌じゃないのかな。枕営業の現場って、そういうことでしょ」

「セックスしてるってこと?」


 リオが「セックス」と口にしたことに、決意めいたエネルギーを感じた。言葉にすることを躊躇って、現実に動き出せるはずがない。眼差しが、そう告げていた。


「いや、何でもない。いまさら言うことじゃなかったね」

「ホントだよー」


 リオは笑いながら、ぴょこりとその場で跳ねた。笑い声に合わせて、地面を蹴る軽やかな音がいじらしかった。


「私たちなら大丈夫」


   ☆


 滝田健司と富山咲乃はワールドバザールを戻っていた。

 肩を並べて歩く彼らは、まるで緊張感のない様子だ。


「面白いことになったねえ」


 咲乃が含みを持たせて言った。あざとなくない、むしろ粘り気のある物言いは、限られた相手の前でしかしない。

 限られた相手とは、例えば滝田健司だ。


「実際のとこどう思う」


 訊ねる健司は、サキノへは目を向けず、真っ直ぐ前を向いたままだ。


「何が?」

「高崎浩司の件だよ。こんなのに首突っ込んで、平気だと思うか?」

「ビビってるんだ」

「ビビってるよ」

「つまんないの」

「だって、枕営業だぜ? 芸能界の闇も闇だろ」

「じゃあ健司くんは行かなきゃいいじゃーん」

「行くよ、俺だって」

「なんでよ、ビビってるんでしょ?」

「おもしろそうだから」


 やっぱりー、と咲乃はからかうような口ぶりで言う。

 

 2人の波長が合うのは、こういった部分だった。どちらもフットワークが軽くて、好奇心旺盛で、理性よりも欲望で動く。

 お互いがブレーキを持っていないので、1度動いたエンジンを止める者がいない。だからこそ、李央と莉緒の存在が大きかった。


 キャンパスへ戻りながら、2人はとめどなく話し続けた。

 

「学園祭はどうするの?」

「叶人と話進めてる。色々と頼み事引き受けててさ。そっちは?」

「ん、何かやるとか聞いてない。でも、皆川先輩が何もしないなんて、有り得ないよね」

「だよな」

「もし何もしないなら、私たちで何かしようよ」

「何かって、これからとんでもないこと、やるだろ?」

「それとは別にってこと」


 咲乃が猫みたいに口角を釣り上げた。

 この本性を剥き出しにした笑い方には、不思議と、人を不快にさせる陰りや、誰かを貶めようとする嫌味がない。それこそが、健司が惹かれた要因だった。


 キャンパスに着いてから、それぞれの場所へ行くためにいったん別れる。


「それじゃあまた後で」

「おう」


 大きく手を振りながら遠ざかっていく。


 彼らが、深い罠に嵌められていたと気付くのは、それから数時間後のことである。

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