第37話

 軽音部のPVはそれなりにバズった。

 YouTubeで5000回再生が、バズりレベルとしてどのくらい高いのかは分からないが、軽音部からたくさん感謝されたのは間違いない。


「ありがとう。正直に言って、ビックリしてる」


『ヤニネコ』は薄く笑いながら言った。

 カフェテリアに、ぼくとケンジが呼び出されていた。本当はカナトもいたらしいが、休めない講義があるとかで、来なかったらしい。

 功労者は彼なので最もいるべき人間なのだが、休めないのであれば仕方ない。個人的に顔を合わせたくもなかったので、都合がいいと思った。


「いやいや、おかげさまで」


 ケンジの返答は適当だ。言葉が続かなかったのを誤魔化すようにして、ジンジャーエールをストローで吸った。

 大学のカフェテリアで出るジンジャーエールなんて、コカ・コーラが出してるペットボトルのをグラスに注ぐだけと思っていたが、存外ちゃんと作っているらしかった。とりあえずしっかり辛口である。


 そんなことなど知らなかったケンジは、ピリつくジンジャーエールを口にした舌を出している。


「辛い?」


 笑みを浮かべたまま、『ヤニネコ』が訊ねる。


「辛いっすね」

「いいじゃん、辛いジンジャーエール」

「いいっす! 最高っす!」


 まるで太鼓持ちの口振りである。調子のいいケンジに、『ヤニネコ』もぼくも吹き出した。

 動画が伸びたお礼なので、会計は全て『ヤニネコ』が持っている。

 カフェテリアの会計なんて、3人合わせてもせいぜい2000円強である。お礼なのにこれっぽちかよ、なんてことは全然思っていない、本当に。


「君ら今後はどうするの?」


『ヤニネコ』が言った。


「これからって、まあ何も考えてないですかね」


 ぼくは答えながら、ケンジの顔を見る。

 ジンジャーエールと闘うのに必死で、これからのことなど微塵も考えていない風だ。


「もったいない。動画バズリまくってるのに」

「バズリまくってますけど、ねえ」

「学園祭は出るのかい?」

「まあ、ボチボチ」


 何も考えない、と言うのは簡単だが、自分でも分からない心の中の何かが邪魔をした。多分プライドだった。

 そういえばぼくらは無計画な集団だったのだ。「これから」を語るとき、具体的な見通しは何ひとつとして持っていない。持っていないが、何とかなると信じているのだ。


「学園祭のPR動画とか、やればいいじゃん」

「いやあ、やれたらいいですけどね」


 はぐらかしながら、ぼくらはPRにしか加担していないな、と思った。


   ☆


 何をどうやったのか、サキノは宮本アスカのアポイントメントを本当に取って来た。


「動画出演依頼ってことにしてあるから」


 撮影スタジオの個室で、サキノは淡々と言った。

 彼女の他に、ぼくとケンジとリオとで、インタビュー動画撮影の準備をしていた。


 有名人を出すときは、ひとまずインタビューである。芸がないとは思うが、今回の本題はそこじゃないのである。

 高崎浩司との件を探るのがメインディッシュだ。


 セッティングをひと通り終えたところで、宮本アスカがやって来た。


「こんにちは」


 感じのいい微笑みを浮かべてあいさつする彼女の傍らに女性が1人控えている。

 PPV撮影のときにもいた、スタイリストの人だ。


「こんにちはー。今日はよろしくお願いします」


 誰よりも早く、サキノがあいさつを返す。


「メイクはしますかね?」

「一応塗りたいと思っているんですけど、時間ありますか?」


 スタイリストが答えた。


「大丈夫ですよ。マネージャーさんも一緒に、控室使っちゃってください」

「ありがとうございます。あ、でも私、マネージャーじゃなくてスタイリストです」

「ええーそうだったんですか!」


 大袈裟なサキノの反応に、宮本アスカも「ふふ」と声を上げて笑う。


「私に専属のマネージャーは付いてないですよ」


 そう言って2人は控室へ入っていく。

 扉がバタリと閉まった後で、誰にともなく「やっぱり」とこぼれ出た。


「宮本アスカにマネージャーはいない」


 宮本アスカの出演料とスタジオ代合わせて15万円。タレントインタビューとしては破格も破格らしい。

 が、それはそれで高い。痛すぎる出費である。みんなでお金を出し合って、大学から支給される助成金もあって、何とか15万円揃えた。


 しかし、「高えよ」と文句言うことは許されない。『乱視ゼロコンマ』こと中田先輩の斡旋と宮本アスカの寛大さもあって、この額に収まったのだ。感謝しなければならない。

 痛すぎる出費であっても「ありがとう」である。「高えよバカ」ではない。


 さて、15万円に見合う価値かどうかは分からないが、サキノ曰く「これからドラマの主演を控えたタレントなら経済効果は絶大」とのことだ。

 経済効果という言葉には、響きの持つ格調の割に、具体的な理解をさせない意地の悪さがあった。


「どんなに下手くそなインタビューをしても、ひとまずバズるってこと」

「よっしゃ、いいじゃんか」

「でも今日の本題は違うよね?」


 サキノが要約して、ケンジが喜んで、リオがピシャリと制した。

 その通りだ。インタビューしてバズることが本題ではない。


 とはいえ、カムフラージュはインタビューである。そこが変な形になってしまっては、元も子もない。


 メイクアップを終えて、ひと際美人になった宮本アスカが戻って来た。


「それじゃあ、椅子に座っていただいて」


 サキノが案内して、背もたれの大きな椅子に座らせる。サキノも向かいに腰掛けると「では改めて、よろしくお願いします」と切り出した。カメラを回すのはケンジだ。


 さすがにサキノはインタビューが上手い。

 無難な質問を繰り出しながら、告知された深夜ドラマの件にも触れつつ、話は滑らかに進んでいく。

 おおよそ30分ほどでひと段落して、サキノはぼくらに目配せした。


「さて」


 立ち上がりながら、


「いったんカメラ止めますね」

「あ、はい」


 宮本アスカは訝し気に返事をする。サキノに代わってぼくが向かいの椅子に座ったので、怪訝は一層濃くなった。


 どう切り出せばいいのだろう。いざ宮本アスカを前にして、途端に冷や汗が流れ出した。

 しまった、そこを全然考えてなかった。こういうときは難しく考えすぎず、シンプルに本題を訊ねよう……


「高崎浩司とはどんな関係なんですか?」


 宮本アスカの顔がたちまち凍り付いた。

 ピキーンと音がして、振り返るとぼくの仲間たちも凍り付いていた。スタイリストも凍り付いていた。


「いま、なんて?」


 凍てつくような声色で、宮本アスカが言った。

 しまった、と思った。

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