第27話

 ぼくが話し終えたとき、ケンジとサキノは揃って目を輝かせていた。


「どうかな」


 わざと、控えめな言い方にした。


「最高だろ!」


 真っ先に、ケンジが食いつく。


「最高のゴシップネタ、掴んだじゃんか!」

「うん。見た感じだけど、あんまり綺麗な関係じゃないっぽいし」

「綺麗な関係じゃないって、不倫とかってことかよ」

「結婚してるのかな。分かんないけど、枕営業って可能性も」


 ぼくら2人で盛り上がった後で、サキノの方を向く。

 彼女は、まるで宙に浮かぶ見えない文章を読むみたいに、ジッと何かを見つめていた。やがて、ゆっくり口を開いて、


「いいじゃん、やろう」


 ニヤリと笑うと同時に、カナトからLINEがきた。


『PV撮影の依頼もらった。カフェテリア来て』



   ☆


 平日の夕方、キャンパスのカフェテリア。多くの学生で混雑しているが、決して騒がしくはないという、異様な空間である。

 新聞部の方に行く、というサキノを置いて、ぼくとケンジが駆けつけると、カナトがやたらと派手な身なりの連中3人と、向かい合って座っていた。


「お話頂いて嬉しいっすよ、俺らも」


 ケンジが、ニコニコと言うのが心底面白くなかった。


「いやー良かったよ。『乱視ゼロコンマ』のPV撮った人たちに、俺らのPVやってもらえるなんてさ」


 敬語使えよ、と思った。

 ぼくが睨んでいるからだろうか、奴らはさっきからこちらを見ない。


 状況と経緯を説明しなければならない。

 ぼくたち動画サークルは、PV撮影の依頼を受けたのだ。それ自体は喜ばしい。問題は、だれからの依頼であるか。

 何を隠そう、依頼主は軽音部の連中だった。


『乱視ゼロコンマ』のPVを観てさ~、と言っていた。クオリティが高いのに感動して、ぜひお願いしたいんだよね。

 たしかに、あのPVはバズっている。クレジットロールに載せるだけでなく、中田先輩が公言してくれたおかげで、ぼくらの知名度も上がった。

 こういう依頼が来るのは、素直に嬉しいことである。


 嬉しいことであるはずだが、ぼくの心は一向に晴れなかった。というより曇天だった。曇天どころか、雷雨、吹雪、台風、山火事。

 さっきから喉の手前まで、「ふざけんな」が出かかっている。


「撮影に当たってのイメージとかは?」


 カナトが訊ねた。


「イメージってのは、カッコいいとかエモいとかってこと?」

「もちろんそれも。曲のイメージもですし、キャストは誰とか、場所とか時間帯とか……」

「ああーいいよいいよ」


 カナトの話を、軽音部の男が遮った。黒い髪をもさもさにして、顎には無精ひげが生えている。

 こいつのことを、心の中で『不潔感』と呼んでいる。


「いいっていうのは」

「おまかせ。全部まかせるよ」


 不潔感は、手をひらひらと振りながら言う。

 ふてぶてしい物言いに、カナトは明らかに困惑していた。


「ええっと、でも……」

「まかせるよ。動画サンのセンス、信じてる」

「センスっすかー」


 ケンジが笑いながら言った。本気で冗談だと受け止めて、笑い飛ばしているかのようだった。


「センスセンス。『乱視ゼロコンマ』のPVだろ、平気っしょ」


 口を開いたのは、また別の軽音部の男。アスパラガスにしか見えない茶髪のマッシュヘアで色白な肌、おまけに黒い布マスクである。

 しばらく考えて、『歌い手もどき』と名付けた。


「センスっすセンス。へーきへーき、俺らPVで価値落とすような曲作ってねえから」


 不意に、不潔感が真顔になって言った。こんなに恥ずかしいセリフを、こんなに真剣な顔で言えるなんて、凄まじい精神力だ。

 気が付けば、小さく吹き出していた。


「どうかした?」


 不潔感が俺に目を向けた。


「いや別に」


 短く答えた。


「ああそう」

「全然関係ないんですけど。軽音部って、よく『いおり』行ってますよね」

「イ・オ・リ……ああ、あの居酒屋か。うん、行ってる行ってる」

「ですよね。よく見掛けるんですよ」

「ええーマジかよ」


 不潔感と歌い手もどきが、2人して笑った。今まで無愛想だったぼくが、急に口を開いたかと思えば、雑談らしい雑談をしたので、普通よりも大きめな笑い方だった。


「実はぼくら、1回軽音部に取材行ってるんですよ」


 追撃につもりで、さらに問い掛ける。


「あーええ? そうだったっけ。お前、覚えてる」

「いーや、覚えてない」

「マジすかー。俺らで行ったんすよ」


 首を振る不潔感と歌い手もどきに、ケンジが白々しい失望を滲ませる。自分とカナトを交互に指示して、


「俺らでインタビューしたんす。『乱視ゼロコンマ』は知りませんかーって」

「へえーそうだったんだ」


 ふと、歌い手もどきがぼくを見た。

 すかさず視線を合わせると、すぐにもどきは視線を逸らす。ようやく気付いたようだ。


「ちょうどその日っすよ、ぼくが『いおり』で軽音部見たの」


 ぼくが言った。歌い手もどきの顔から、ジッと目を逸らさなかった。


「あ、ああ。あったあった!」


 ようやく思い出した、という風を装って、歌い手もどきが反応した。

 下手な演技だと思った。しきりに頷いて、ぼくを何度も指差して、


「そういえばいたねーきみ!」

「そうなんすよ。ちょうどデートしてたんすけど」


 ここではっきりと、歌い手もどきの顔が凍り付いた。

 出来る限り冷たい顔をしながら、記憶の紐を辿る。間違いない。リオに声を掛けていたのは、こいつだった。


「へえ、デートねえ。こいつら、邪魔しなかった?」


 不潔感が割り込んできた。ぼくは「ええ、まあ」と冗談めかしたという体で、本音をじんわりと発する。


「ごめんねーうちのが」

「まあ、そろそろ話を戻して――」


 ぼくの静かな攻撃は、カナトの声によって幕を閉じた。


「じゃあとりあえず、PVに使う曲を教えてください」

「おっけー。LINEとかでいい?」

「まあ、はい」

「うーい。じゃ、これ俺のQRね」


 カナトと不潔感がID交換している間、ぼくは冷ややかに歌い手もどきを見続けた。少し首を振って、イヤリングを鳴らす。首に手を掛けて、ネックレスをさする。指のリングを光に当てる。 

 ぼくが身に着けている物の全てが、歌い手もどきを威嚇しているのだ。


「じゃあ、またよろしくね~」


 静かな攻防を知らないまま、不潔感を席を立った。


「はーいこれからよろしくっす!」


 ケンジに明るく見送られて、軽音部の2人は去って行った。

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