第23話
かくして、宮本アスカスキャンダル追っ掛け大作戦(仮)の作戦会議が始まった。
先に断っておきたいのだが、仮称を名付けたのはケンジである。そしてスキャンダルでも何でもなく、ドラマ主演の噂があるというだけの話だ。
以上2点、ご留意願いたい。
「すっげー可愛かったよな」
作戦会議の幕開けは、ケンジの豪快な一言であった。
「宮本アスカ?」
突っかかったのはサキノだ。
「そうだよ。最高だったじゃんか」
「滝田くん、ああいうのが好きなんだ」
このやり取りによって、会議は早くも不穏な空気になる。軌道修正を図らねば。
「根本的な問題だけど」
ぼくが言った。何だか、いい感じにインテリ風味な語り出しになったと思う。
「記者じゃなくて、動画だから。何を映すのかが、問題になる」
2人は神妙な面持ちで頷いた。ぼくの意見に深く考察を巡らせながらも、紛糾しかけた場を諫める威厳と確かな洞察力に裏付けられた私見に感服しているようだった。もしくは「なに当たり前のことを」と呆れていた。
「分かってるってば」
ケンジが言った。
「現場を押さえるのは当然として、どういう現場だと美味しいかな」
サキノが続く。
「現場って、撮影してるところに突撃するってこと?」
おそるおそる訊ねてみる。
「そりゃあな」
「突撃はしなくても、望遠使ったり、音声は録ったり、そういうのは欲しいよね」
「マジか」
マジか。動画サークルどころか、ゴシップ記者じゃないか。
ここに来て、臆病が顔を出してきた。しばらく何も言えず、カフェラテを静かに啜る。砂糖をたっぷり入れたせいか、べったりと甘い。
テーブルの上に、視線を落とした。ほとんど白紙のルーズリーフに、サキノがペン先でトントンとリズムを取っている。
相変わらずぼくらは、こういうときにルーズリーフを広げる。不思議なことに、メモは一向に上手くならない。現に今も、デカデカと『宮本アスカスキャンダル追っ掛け大作戦!!』と書いてあるだけだ。
「見た目にインパクトある現場……濡れ場とかねえかな?」
ニヤニヤ笑いながらケンジが言う。
「もう、バカじゃん」
ウシシシと笑いながら、サキノが彼の腕を叩く。
バカじゃん、と俺も言ったが、宮本アスカの濡れ場を見れたら、滅茶苦茶にバズるだろうと思った。
だが、YouTubeにもTwitterにも載せられない。
「撮影現場って、目隠しとかで見られないんだろ?」
「そうだね」
「じゃあムズイよなあ」
そして3人、腕を組んで同時に唸る。この動作をするときにまず間違いのないことが、考えている”フリ”をしているだけで実際には何も考えていないということだ。
議論は平行線のまま、かれこれ30分が経過した。その間、特に大したアイデアは出なかった。
大したアイデアが出なければ、自ずと話題は逸れていく。話題が逸れれば、雑談になる。
「夏川さ、最近どうなんだよ」
ケンジが言った。目の前にはアサイーのスムージーがあるが、ちょこっと口を付けて顔をしかめた後、一口も飲んでいなかった。
「どうって、何が?」
「えっと、彼女。リオ……ちゃん」
「遠田ね。遠田莉緒」
補足しながら、言い淀んだのは、ぼくと名前が被っているからだろう、と推測する。
リオちゃん、なんて呼ばれたら、気持ち悪くて仕方がない。そもそも他人の彼女を軽々しく「ちゃん」付けするんじゃない。
「付き合ってるんだっけ」
サキノも話に入ってくる。彼女は新聞部と兼サーしているので、ぼくらの人間模様に疎い。
例えば、食事や飲みに行ったり、到底リオを巻き込めない馬鹿で阿呆な遊びをしたり。そういうタイミングで、サキノがいないことは多い。
その分、ぼくらよりも顔は広いらしい。少なくとも、団体1つ分は母数が大きいのだから、当然と言えば当然だ。
そういえば、春先に初めて会ったとき、新聞部の1年生はサキノ1人だった。あれから増えたのだろうか。
「1年の序盤から、ずっと。長いよな」
「5月くらいだよ。長いって言っても、まだまだ1年も経ってない」
「ふぅーん」
サキノの「ふぅーん」が、何か含みのある響きなのか、出来る限り無関心を包み隠した響きなのか、それは分からない。
カフェラテを啜りながら、次の動きを待つ。
「分かんないや」
サキノが言った。
「何が?」
「5月くらいだから、4カ月付き合ってるんだよね」
「まあ、ね」
正確には、4カ月と1週間強だ。
「それが長いのか、短いのか。分からない」
「なるほどね。長いんじゃないかな、多分」
本当は、驚くほど短いな、と思っていた。長い方がカッコいい気がしたので、何となく強がってみただけだ。
ぼくらの過ごした濃密な時間に比べて、4カ月とちょっとは、あまりに短く感じる。これから、もっと色々なことができるのだと思うと、楽しみになった。同時に、これ以上何かが起こるのだろうか、と不安にもなった。
「ヤった?」
ケンジが言った。
「ヤった」
正直に答えた。
「もう……」
サキノが笑う。
そんな風に時間は穏やかに流れていった。
気付けば17時手前。リオとの約束の時間だ。
「じゃ、ぼくはそろそろ」
「おっけー。金だけ置いてけよ」
分かってるよ、と500円をテーブルに置く。
上着を羽織って、リュックサックを背負って、視線を上げると、隣同士に座るケンジとサキノの肩が、コツンとぶつかり合った。
「そういえばさ、2人は付き合ってるの?」
何の気なしに、という風を装って、ぼくは訊ねた。
「いや」
ケンジが真っ先に答える。早口で、短く。
いや、とサキノも首を振った。
冷やかし半分で、追及しようとして、ケンジと目が合った。ゾッとするほど、冷たい眼差しだった。
「なあんだ」
それだけ言って、大人しく口をつぐむことにした。
「じゃあ、また今度」
「じゃあな。続きはまたLINEする」
店を出ながら、続きとはなんのことだろう、と思った。
そういえば、ぼくらは宮本アスカスキャンダル追っ掛け大作戦(仮)の作戦会議をしていたのだ。けっきょく、何ひとつ決まっていない。
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