第20話
「あの後、俺らで話したんだけどさ」
翌日の授業前。
ぼくらは、カフェテリアに並んで座っていた。今日はカホとサキノもいる。
「待って何の話?」
サキノが怪訝な表情を浮かべる。
「説明してなかったわけ?」
「あ、そういえば」
素っ頓狂な声を上げるケンジに呆れながら、サキノとカホに経緯を伝えた。
2人の反応は正反対だった。
サキノが、「え、そんなことできる?」と眉をひそめた。
カホが、「へえー凄いですね。面白そう」と口元を緩めた。
「そんなわけで、昨日俺らで話したんだけど」
と、ケンジがもう一度切り出す。
「やれるだけやってみようぜ」
「やれるだけ、って。何かいい案あるのかよ」
「まあ、上手くカメラ回して上手く編集するしか」
腕組みしながら、カナトが言った。
「上手くやれれば、いいけどな」
「やってみなきゃ分からねえって」
「俺たちだって、動画は上げてて、それを見て連絡してくれたんだろ」
だったら大丈夫だって、とカナトが続ける。言い負かされたので黙り込む。
なるほど、確かにそれもそうだ。
技術に不安はあるにせよ、ぼくらの腕前は既に知られている。知られた上で、持ち掛けられた話なのだ。それなら、大丈夫、だと思える。
「そうかもだけど、結局PVなんて撮ったことないじゃん?」
サキノは、なおも不満げな声を上げる。
彼女の言い分も、その通りだ。未経験という、最大の懸念が解決していない。
「それは後から考えるんだよ」
ケンジは、もう既に決まった、という顔をしている。
「これからこれから」
例の如く、ケンジが根拠のない自信に満ち溢れた表情を浮かべたら、最終的には何とかなるものなのだ。というより、内から湧き出る根拠のない自信に、誰も抗えないのだ。
ケンジには、人をその気にさせる力がある。
PVの撮影は翌週から始まった。
東京都立上野恩賜公園。日曜日に集まったのは、ぼくたち動画サークルのメンバーと、『乱視ゼロコンマ』こと
それから見知らぬ美女が1人。数名の取り巻きを連れている。
「おはよう! みんな今日はありがとうね」
音頭を取る中田先輩が、開口一番口を開いた。
「先輩質問です」
ケンジが手を上げた。
「ん?」
「その方がキャストさんですか?」
「そうそう。今回撮影に協力してくれる、
「よろしくお願いします」
宮本アスカは、微笑みながら頭を下げて。ぼくらも釣られて頭を下げる。
とんでもない美人だった。ぼくの好みであるとか、クラスにいたらいいかもな、とかじゃない。
本当にとんでもない、タレント級の美人だ。というか実際にタレントなのだ。
「すげーやっぱ可愛いっすね!」
ケンジが言った。声に出して言いやがった。
「ありがとうございます」
宮本アスカは、白い歯を見せて笑う。黄ばみのない、並びの綺麗な歯だった。
愛想笑いに決まっているのだが、愛想笑いに思わせない自然がある。何故なのだろうと思って観察してみると、笑うときに、一重瞼がハの字に曲がるのだ。
デフォルメされた、簡潔な表情なのだと思った。
「どうかしました?」
「いえ別に」
宮本アスカが、ぼくと目を合わせながら首を傾げた。慌てて目を逸らしながら、タレントと会話してしまった、と思った。
ジロジロ見過ぎていたのだろう、気を付けなければ。
だが見ないでいる自信はない。美人のことは見たくなってしまう。
「それじゃあ早速、構図を決めるとこからやろう」
中田先輩の指示の元、ぼくらは動き出す。
動き出す、とはいっても、どこに誰がいるのかを確かめるために、指定された位置へ立つだけの仕事だ。ばみり、と言うらしい。
ぼくが『乱視ゼロコンマ』役で、カホが宮本アスカ役。
他のメンバーは暇しているのかと思いきや、カナトとサキノはビデオカメラにレンズを取り付けて試し撮りに勤しんでいて、ケンジは中田先輩にちょこちょこ話しかけていた。
「じゃあ次、2人手繋いでみて」
「え?」
思わず声が出た。カホと、手を繋ぐ?
隣を見ると、彼女は黙って前を向いたまま、動じずにいる。動じないというより、固まっている。
誰かと手を繋ぐなんて、リオに何を言われるか分かったもんじゃない。
「恥ずかしいかな? 無理しないでもいいよ」
気を利かせた中田先輩が、苦笑しながら言う。
申し訳ないが、先輩の厚意に甘えようとしたが、そのとき――
「大丈夫です!」
言うが早いか、カホが俺の手をバッと取った。意外に暖かくて、温もりのある手だった。
「お、ありがとう」
中田先輩の礼を聞き流しながら、どういうつもりか、と思った。
「大丈夫です」
カホが小声で言う。
「リオちゃんには言わないから」
そんなの当たり前だ。そもそも、何でもかんでもリオに言い過ぎなのだ。
絶対に言うなよ、と言い含めるつもりだったが、
「ありがとう」
感謝を述べながら、自分を情けなく感じた。
そして冷静に考えると、撮影の一環とはいえ、『乱視ゼロコンマ』は宮本アスカの手を握るのか。羨ましい。ぼくの手が、ほんのり汗ばんだ。
メイク中だという宮本アスカは、噴水の縁に腰掛けて、取り巻きの女性に顔を塗ってもらっている。取り巻きなどと言ったが、言い換えるとスタイリストなのだ。
ケンジとサキノが、宮本アスカを眺めながら、ひそひそと話していた。
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