第17話
ぼくとリオは、南口にある喫茶店に駆け付けた。
盛んな学生街の北口に比べて、ほぼキャンパスしかない過疎地。それが南口だ。
喫茶店の名は『マトリョーシカ』。
キャンパスからも駅からも離れた位置にある、穴場スポットらしい。
店の外でケンジとカホが待っていて、ぼくらを目にするなり、「早かったな」と言った。
「乱視ゼロコンマは?」
開口一番に訊ねる。
ケンジは店の扉を指差して、
「中にいる」
「ケンジたちはなにしてんの?」
「待機。中でサキノとカナトがインタビューしてる」
「待機?」
「喋り声が入るといけないからさ」
要するに、追い出されたのか、とかは言わない。
その場にいたら、多分ぼくも追い出されていた。
ケンジが家でYouTubeを見ていたら、ミナガワ先輩から連絡がきて、『いま暇かい? この店に行ってみなよ』という文言と共に、ここの位置情報が送られて来たらしい。
詳細を確認するよりも、暇を潰したいという欲が勝って、カナトを連れて来てみたら、なんと店内には、既にサキノとカホがいた、というのが事の経緯だという。
「ミナガワ先輩の示し合わせってことか?」
「いや、そこは分からん」
ケンジが珍しく怪訝な表情を浮かべる。
「ここに乱視ゼロコンマがいるかもってのは、富山から聞いたから」
「じゃあ、サキノはどうして来たんだよ」
「さあな。詳しいこと聞くより先に、乱視ゼロコンマが来たから」
「向こうから?」
「正確に言うと、中にライブステージみたいなのがあってさ。そこでギター弾いてる人がいて、そしたらカナトが『乱視ゼロコンマの曲だ』って」
「で、その引いてる人が、本人だったってこと?」
「一応そういうこと。んで、後はトントン拍子だよ」
いつの間にか、ケンジの顔から、訝しげな色は消えている。
ぼくには一向に話が見えてこないが、とにかくの事実として、馬鹿正直に「乱視ゼロコンマさんですか?」と聞いたら「はいそうです」と答えられて、そして無事にインタビュー開始、ということらしい。
「それで、どうしてぼくらは呼ばれたんだよ」
「俺は夏川しか呼んでないぜ」
「デートしてたんだから連れて来るよ」
ね、と言いながらリオに目をやる。
リオは間延びした声で、「連れて来られちゃうよー」と言った。それからカホに向き直って、「カホちゃーん、元気?」と手を振った。
両の手のひらを見せて、手首から先だけを動かす、その振り方は、ぼくにはやらない。
女子には、女子だけのコミュニケーションツールが、あるらしい。
「元気だよー」と答えるカホは、声も表情も、元気には見えなかった。
相変わらず、感情に乏しい。猛暑にもどこ吹く風なのか、汗ひとつかいていなかった。
そういえば、ぼくらのサークルで、彼女はどんな役割を担っているのだろう。
ケンジは企画立案。ぼくは広報。カナトは撮影と編集をちょこまか。サキノは特ダネとやらを度々掴んでくる。
では折本華歩は何を?
ほどなくして、扉からサキノが顔を出した。
毅然とした面持ちで、いつものハツラツとした笑顔はない。
「終わったよ」と短く言ってから、ぼくらの存在に気付いて「あれ、リオくん」とようやく微かな笑みを見せる。
ケンジに呼ばれてさ、そうなんだ、とやり取りしている隙に、リオがスタスタと店の中へ入って行った。
慌てて背中を追いながら「入ろう」と言って、ケンジとサキノが、ぼくに続く。
店内を簡潔に表すなら、喫茶店にライブステージを合成しました、という感じだった。
全体がチョコクリーム色の木材で出来ていて、壁には、様々なミュージシャンのポスターが飾られている。テーブルにも、椅子にも、重厚な趣を感じる。小物が飾られた棚もお洒落だ。カウンターには、多種多様のマグカップが、伏せられている。
カップを拭く店主の佇まいもダンディで、底知れぬ風格があった。
ただし、店の奥、出入り口の正面。カウンターと垂直になる位置に、ステージが、設えられている。これが浮いているのだ。
踏み場は灰色に塗られていて、背景には大きな星印の描かれた垂れ幕がある。どう大目に見ても、店の雰囲気にそぐわない。
そのステージ上に、カナトと、見知らぬ男がいた。
小太りで、天然パーマ。メガネを掛けている。
「あの人だよ」とサキノが指差した。「あの人が乱視ゼロコンマ」
「動画サークルのお友達かい?」と言うのは乱視ゼロコンマだった。予想よりもずっと、柔和な声だった。
「私は違います」と素早くリオが言った。
「ぼくはそうです」と素早く言う。
「インタビューはもう終わったよ」とカナトが言った。
例のビデオカメラを弄りながら言う様からは、何だか撮影に精通した人の、それっぽさが漂っている。
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