第16話
有明へ出掛けたのは、7月も終盤の、信じられないくらい暑い日だった。
歩くたびに汗が出て、喋るたびに汗が出て、しまいには、赤信号を待っているだけで汗が噴き出た。
「汗が止まらない」
そのままのことをそのまま口にした。リオが、「私も汗っかきなの」と首元をパタパタさせる。
汗っかき、と言う割にうなじは、スベスベと白い。ぼくは染みが出来るくらい、汗をかいている。
そのことを指摘したら、
「触ってみ?」
手のひらでうなじに触れると、じっとりと汗ばんでいた。
「ほんとだ。でも少しだけ」
「うん、少しだけ」
青になって、ぼくらは歩き出した。
再来週に2人で旅行に行くので、そのための買い出しに来ていた。熱海の海岸へ1泊2日。
水着でも買うつもりだったが、リオは、「今度1人で買う。当日までのお楽しみ」と言った。
じゃあ他の物を探せばいいだろう、と思っていたものの、では、実際に何を買うべきかは考えていない。
それでも別に構わないのは、ここに来た目的はあくまでデートで、リオと一緒なら、何でもいいからだ。
有明にできた大きなショッピングモールには、たくさんのブランドが入っている。
もちろん、名前は何ひとつとして知らない。ローマ字を適当に読み上げては、マネキンが着ている服を見て、「高そう」とだけ述べた。
これなら、UNIQLOやGUに行く方が、よっぽどいい。
「何か服買うの?」
空調の効いた通路を進みながら、訊ねる。
「ううん、特にはいいかなー」
「だよね。ぼくも特に買うつもりはないし」
言いながら、じゃあ何をするんだろうと思った。
インスタのオススメに出てきたので、素直に訪れたものの、することがない。服屋ばかりの施設に来て、服を買わないなら、じゃあ他に何ができる?
リオと一緒なら何でもいいとは思っていたが、それで暇が潰せるわけではない。
何気なくサイトを開いて、店舗一覧を見ていると、LINEの通知が来た。
ケンジからだった。通知は無視して、代わりに、ミスタードーナツまでの経路を調べた。
「ミスド食べよう」
ミスタードーナツまではそこそこ距離があった。テーブル席に着く頃には、会話が無くなっていた。
腰を下ろすと同時にため息が漏れて、さらに同時に、尻ポケットでバイブレーションが鳴った。ケンジからだ。
「ケンジからだ」
「いいよ出て」
「うん」
リオに目配せしてから、受話ボタンをタップする。
「もしもし」
『よ、夏休みどうよ』
「お前はいつもデート中に電話してくるんだな」
『お前はいつもデートしてんのかよ。盛ってるなあ』
「切るぞ?」
『いや、ちょっとしたニュースがあってさ』
「デートの邪魔して許されるくらいの?」
『ミナガワ先輩は大丈夫って言ってたぜ』
そうか、あの人か。
ぼくとリオに何かが立ち塞がるとき、常にどこかに、ミナガワ先輩がいる。
「ハードル上げてるぞ」
『聞いて驚けよ』
ケンジのニヤリと笑う顔が、目に浮かんだ。
『乱視ゼロコンマが見つかった』
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