第13話

 4限終わり、16時30分。

 ぼくらはワールドバザールを通って、北口へと向かっていた。居酒屋に入るには、かなり早い時間の気もするが、とにかく今は、リオと一緒にいなければいけない。


 歩くスピードは合わせて、こまめに視線を向けて、ときどき横にブレて肩と肩とを当てる。

 リオと何かを一緒にして、リオと接触する回数を増やして、そうすれば、付き合っていることの生々しい証明になる、気がした。


「サークルっていつやってんの?」


 ぼくが訊ねた。


「わかんなーい」


 リオは滑らかに笑いながら、答えた。


「そっか」


 ひっそりと深呼吸した。鼻の奥で息を吸って、喉の奥で吐き出した。

 大丈夫、これからだ。

 右手が左手に触れる。そのまま指を絡める。握る。


 ワールドバザールで手を繋ぐのは初めてだ。

 リオがこちらを見ているのが、横目に映る。口角を少しだけ、上げる。意思を示さないふりで、意思を示す。右手が強く、握り返される。


 ワールドバザールからロータリーを抜けて、北口へ出る。

 街の賑わいが、グラデーションみたいに増していく。そのグラデーションが、比較的薄い辺りに、小さな公園がある。


「ちょっと寄り道しよ」

「いいよ」


 ぼくらは閑散とした公園に入って、たっぷり1時間を潰した。


 日も傾いて、空が紫色になった頃。

 公園を出たと同時に、着信があった。ケンジからだった。チラリと、リオを見やる。


「だれ?」

「ケンジ」


 スマホを見せながら、答える。


「出ないの?」

「出るよ」


 言いながら通話ボタンを押すと同時、スピーカーにしてもいないのに、『おいやべえよ!』と聞こえてきた。


「何がヤバいんだよ」


 スピーカ―設定にしてから、応答する。


『いなかったよ、軽音部に。ボカロP』

「あーいなかったか」

『めちゃくちゃ派手な先輩ばっかでさ。カホとサキノと三人でビビりながら話聞いて。そしたら「いやー知らねえなあ」とか「誰それ。分かんないよー」とか。そんなんばっか』

「そんな態度だったの?」

『いやでも優しかったぜ。ちょっと口は悪い感じだったけどさ。「がんばってねー」とか言ってくれたし』

「よかったな」

『でもけっきょくボカロPは見つからないでさ。ふりだしに戻っちまった』

「じゃあうちの大学にはいないんじゃないのか?」

『いや、絶対いる』


 と言うのは、別の声だった。


「カナト?」

『Twitterと配信の情報ばっかだけどさ。出てくる店とか話に出てくる街の雰囲気とか、だいぶうちに近いんだよ』

「それ信憑性は?」

『かなり高い。しかも乱視ゼロコンマがTwitterのDM開けたらしい』

「ぼくらが探ってるのと関係ある?」

『分からないけど、タイミング的にはバッチリだろ』

「なるほどな」


 なるほど、とは言ったものの、じゃあどうやって見つければいいのかは、分からない。

 軽音部にいないのなら、いよいよ闇雲に探すしかないように思える。


『ひとまず新聞部とのミーティングいま終わってさ、これから俺らで作戦会議するんだけど。来る?』

「え?」

『てかそっち行くわ。いまどこ?』

「いや」


 バカか、と言うより先に『いまデート中だから』と向こうで誰かが制止していた。

 多分、カホの声だった。


『そっか。じゃ、またな』


 そこで、電話は一方的に切れた。


「いつもこんな感じなの?」


 ため息まじりに、スマホをしまっていると、リオが微笑みを浮かべて、言う。


「こんな感じだよ」


 ぼくも半笑いで、答える。


「うるさいでしょ?」

「でも楽しそう」


 こういうのが、リオの良いところなのだ。

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