第11話

 新聞部が根城にしている1308教室には、未だかつてない大人数が集まっていた。昨日見たとは比べものにならない規模だ。

 突然の拡大に呆然としていると、隣でサキノも「あれ?」と言葉を失った。

 この光景はサキノも初めてらしい。なんでだ。


「お、おかえり」


 教壇のミナガワ先輩が声を掛けてきた。これだけの人数をまとめているのなら、ミナガワ先輩はやはり、すごい人なのかもしれない。


「えっと、これは?」

「人数?」

「そうです。だって、こんなに」

「特ダネ掴んだから集まれーって言ったら集まったんだよね。みんな普段は来てないだけで、人数自体は多いからさ」

「なるほど……?」

「それより、張り込み取材お疲れさん」

「あ、そう。軽音部の人がいるって聞きましたけど」

「ああ、とりあえず宛ては見つかったよ。テジマー」


 ミナガワ先輩が呼び掛けると、びっしりと埋まっている大所帯の中から、「なにー?」と声が返ってきた。女の声だった。

 彼女はすぐ近くまで来くると、もう一度「なに?」と言った。


「いやこの子らが張り込み行ってくれてた一年生」

「あ、そうなんだ」


 テジマと呼ばれたその人は、甲高い鼻声をしていた。耳がキンキンする声質と、ハキハキした喋り方から、直感的に、先輩だろうと思った。


「で、こっちが軽音部の友達紹介してくれたテジマって言う奴」

「ヤツ?」

「テジマって言う人です」


 テジマ先輩が突っかかると、ミナガワ先輩は、苦笑しながら訂正する。どちらも半笑いを浮かべている。


「で、こっちの女の子の方がサキノちゃん。うちと動画サークルを兼部してる。男の方がリオくん。彼は動画サークルだけ」

「ふーん、よろしく。2年の手島です」


 ぼくとサキノは声を揃えて「よろしくお願いします」と言った。


「動画サークルなんてあったっけ?」


 テジマ先輩が言った。


「作ったんだってさ」


 答えたのはミナガワ先輩だ。


「え、新しくってこと?」

「らしいよ」


 ちらりと、テジマ先輩がぼくを見やる。コクンと頷いて応える。


「へぇー凄いね」

「ありがとうございます」


 作ったのは、ぼくではない。だから礼を言うのも変な話だ。

 だがひとまずケンジの代わりに褒められておこう。結局、凄いのはケンジなので、ぼくは特に嬉しくもない。

 だからこの「ありがとうございます」は、便宜的な言葉だ。相づちの一種だ。


「でさ、これからどうするの?」

「あーそうそう。2人が帰って来てからミーティングやるつもりだったんだ」

「ぼくたち待ちだったんですか?」

「そういうこと」


 ミナガワ先輩は、声を張って「いったん注目!」と言った。普段の柔和な雰囲気とは違う、伸びやかで、よく通る声だった。教室が一斉に静まり返った。


「これからミーティングします」


 言いながら、ミナガワ先輩はホワイトボードに『ミーティング』と書き加える。

 その隙にぼくらは、席に着く。カホの隣がちょうど2席、空いていた。

 テジマ先輩はさっさと自席に戻っていた。


「えっと、まずはボカロPがうちの学生だって話だけど。ひとまず軽音部に取材に行こうと思ってたら、手島の友達に軽音部がいました。なのでその人に取材したいと思います。で、この件は1年生中心に任せようと思う。だいじょぶそう?」


 ミナガワ先輩は、ぼくらの方を見て訊ねた。首を縦に振ると、先輩が「よし」と笑顔を浮かべた。


「一応伝えておくと、今回は動画サークルが協力してくれてます。あとで感謝しときましょう」


 そんな感じで、新聞のミーティングは着々と進んで行った。先輩の統率が驚くほど上手くて、話はトントン拍子だった。

 軽音部への取材とやらは、後日サキノが行くらしい。


「取材って何を聞けばいいですか?」


 ミーティングの後で、サキノが訊ねた。


「ボカロPがいるのかどうか。あとは軽音部の活動とか告知とか。この情報が嘘でもホントでも、取材の形跡はそのまま記事にするよ」


 答えるミナガワ先輩は、やたらと頼もしかった。ただの人たらしではないらしい。


 帰る頃には19時を過ぎていて、しかし空はほんのりと明るい。

 駅への道のりを一緒に歩くのはカホだった。彼女だけは時間があって、ぼくらの一員として新聞部に混じっていたのだ。


 奥手な彼女が打ち解けたとは、思えなかった。

 彼女はずっと、『乱視ゼロコンマ』がうちの大学にいることの裏付けを、探していたらしい。裏付け探しとは言っても、やることはネットサーフィンだったとか。


「あの」


 無言で歩いていると、不意にカホが口を開いた。


「なに?」

「リオちゃんからLINEきました?」

「え?」


 慌ててスマホを開くと、確かにリオからLINEが来ていた。

 チャットには平淡な文章が残っていた。


『いま何してるの』


 送信時間は17時過ぎくらい。


『サークルだよー』


 そんな風に送ろうとして、ふと思いとどまる。

 普段は装飾の多いリオの文面が、妙に素っ気ない。思わずカホの顔を見る。


「リオがどうかした?」

「いや、えっと。多分なんですけど……」

「うん」

「さっきまで女の子と2人でいたから、リオちゃん怒ってるのかも」

「そのことをリオに言ったの?」

「えっと……ごめんなさい」


 思わず息が詰まった。慌ててリオに電話を掛ける。しかし彼女は出ない。もう一度掛けるが、やはり出ない。

 いつの間にか駅まで来ていた。壁際に寄って、もう一度電話を掛ける。


 視界の隅で、「さよなら」と言い残したカホが、改札に消えて行く。


『もしもし』


 ようやくリオが出てくれた。


 電話を切って改札を通ったとき、時刻は21時を過ぎていた。彼女の最後の言葉は『明日ゆっくり話そう』だった。


 やれやれ。バイト先に休むって伝えなきゃ。

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