第9話
「動画のお願いをしたいんだ」
翌日の講義終わり。
ケンジとカナトを連れて、新聞部を訪ねると、ミナガワ先輩は出し抜けに言った。
「動画のお願いですか?」
「そ。ぼくらの新聞の宣伝やってほしくてさ」
「CMみたいに?」
「そうゆうこと。まあ座りなよ」
先輩に促されて、ぼくらは椅子に腰を下ろす。
「君らの動画は見たよ。色々と撮ってるんだね」
「ありがとうございます」
ぼくらは、勧誘用の動画(カナトの言うところの「PV」だ)とか、ひとりひとりの紹介動画とかをTwitterに上げている。ミナガワ先輩は、それのことを言っているらしかった。
けっきょくマイクは買っていない。声を別録りにして、カナトがAdobeで編集した。
改めて見直すと、継ぎ接ぎだらけの拙い出来栄えだった。新入部員を引き込めるような魅力は、ありそうにもない。
アレを見られたと思うと、心臓がバクバク騒ぎ出す。こみ上げてくる恥ずかしさには、気付かないふりをした。
「どうでしたか?」
ケンジが訊ねた。先輩は笑顔のまま頷くだけで、何も言わなかった。
「先週部室を掃除したら色々と面白いものが出てきてさ」
そう言って先輩が取り出したのは、薄汚れた大学ノートやリングファイルの、束だった。それなりに年季が入っている。書籍やノートの類に限っては、新品よりも、小汚い方が魅力的である。
先輩の目を見ながら、手を伸ばす。小さな頷きがあった。「開けて見ていいよ」ということなのだろう。
大学ノートをゆっくりと開くと、ページをびっしりと埋める、文章やら図解やらが描かれていた。
どうやら新聞のハウツーらしい。
「これ全部先輩が書いたんですか?」
ファイルをめくっていたカナトが、言った。
彼が見ているのは、モノクロで写真を示すことについての文章だった。レポートなのか、説明なのか、批判なのか、そこまでの判別は付かなかった。
「まさか。顔も知らない古い古い先輩が残してくれたやつだよ」
「なるほど」
「ぼくは新聞部をエネルギッシュにしたいと思ってるんだけどね。そういうときにこういうのが見つかるのは本当にありがたい」
「たしかにそうですね」
先輩の言葉に、ケンジもカナトも黙って頷くのみだったので、仕方なく適当な相づちを打った。
とはいえ、先輩のエネルギッシュな話を聞きに来たわけではない。
もし今回の要件がそれなら、申し訳ないが、さっさと帰ろうと思う。そうではないと信じて、続きを待つ。
「ところが、まあぼくらが頑張ってもどうしようもない理由がひとつある」
「どうしようもない理由」
「そ。平たく言っちゃうと、今どきの学生は新聞なんか読まない。就活生がこれ見よがしに日経を拡げる以外はね」
君らは新聞読む? と訊ねられた。
ぼくらは揃って「いやー」と言葉を濁した。
「まあそうだよね。残念なことに新聞はいま需要がない。はっきり言って、続けても意味がないレベルで。ましてや、学生新聞なんて」
さすがに今度は、相づちを打てなかった。
反応を示さないのと同じくらい、先輩の言葉を認めることは、失礼な気がした。
「それで俺らはなにをすればいいですか?」
ケンジが訊ねた。ちょうど、聞きたかったことだった。
「ぼくらと手を組んで動画を撮ってほしい。SNSのアカウントは何か持ってる?」
「Twitterとインスタをとりあえず。それからYouTubeも」
「TikTokとnoteもあれば便利かもしれないけど、まあそれで十分かな。これでもぼくらは、頑張って特ダネを探そうとしてる。意外かもしれないけど」
「マジで意外ですね」
余計なことを言うな、とぼくは思った。
こういう無神経なところが、ケンジの一番の短所だった。
「まあ意外だよね。それで見つかったためしがあるかは別として……」
ミナガワ先輩は飄々と、言葉を続ける。怒りはしなかった。
「そういう取材なんかに関しても、昔の先輩サマサマは書いてくれてる。要するにノウハウが手元にある。で、ここで質問なんだけど、動画撮影のノウハウはどのくらいある?」
「ゼロっす」
再びケンジ。ミナガワ先輩に慣れてきたのだろう。
先輩が声を上げて、笑った。ケンジも一緒になって笑っていた。
「ところが君たちにノウハウが無くても、動画そのものには需要がある。分かるかい? 君らはいいところに目を付けてくれているんだ。ネットに動画を上げるだけで、何人もの不特定多数が軽率に再生する」
「でもまだ新歓動画だけっすよ。しかもそれ未だに再生数76とかだし」
「新歓の動画なんてノウハウも需要もないサークルですら上げるからね。でもぼくらが組んだら、確かなノウハウに基づいた特ダネを撮れる。みんなはそれを見たがるはず。そう思わない?」
「たしかにそうかもっすね!」
「需要はないけどノウハウはゲットしたぼくらと、ノウハウは足りないけど需要に満ちた君たち。組んだら最強じゃない?」
「最強っすね!」
上ずった声で答えるケンジの目は、キラキラと輝いていた。
客観的に見ていると、完全にミナガワ先輩の口車だが、これからの流れは簡単に予想できた。
だから先手を打つ。
「いまは何か特ダネを掴んでるんですか?」
「あるよ」
あっさりと肯定されるのは、意外だった。
てっきり「これから探すんだけどね」と、苦笑するものかと思っていた。
「どんなやつを?」
「実は面白いのが――」
言いかけた先輩の言葉は、ガチャッと派手に扉を開く音で遮られる。
次いで「こんちはー!」と妙に引っ掛かりのある、威勢のいい声。
「あ、リオくん! 来たんだねー」
歯を見せて笑うサキノへは、手短な「うん」だけで十分だ。
「この子が富山咲乃。新しい五人目の子」
「よろしくー!」
ぼくの紹介と、サキノのあいさつを聞いて、ケンジとカナトの表情が瞬く間に綻んだ。
念願の5人目が、そんなにも嬉しかったのだろうか。
それとも、下心かなんかだろうか。
「同時に新聞部の一員なんだけどね。特ダネを持ってきてくれたのはサキノちゃんだよ」
ここでぼくの顔も綻んだことは、自覚せざるを得ない。
視界の隅に、サキノが目尻に皺を寄せて笑っているのが、映った。
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