第5話
ドトールを出たのは、午後6時くらいだった。
まだまだ日は明るい。日中がいつまでも続いて、夜など、永遠にやって来ないのではないかと思うほどだった。
「カホちゃんの動画撮ろうぜ。せっかくだしさ」
駅を目指してゾロゾロ歩いていると、ケンジが、出し抜けに言い出す。
「え」
カホが濁った声を出した。声というより、鳴き声みたいだ。
「どっから声出してんだよ」
真っ先に声を上げるのは、カナトだった。
いじっていいのか分からないので、ひとまずカホの表情を、うかがってみる。顔を赤くしながらも、意外に、素朴な笑顔を浮かべている。
多分、いじっても平気だと思う。カナトと一緒に、ぼくも笑う。ケンジも笑う。リオも笑う。
ぼくらは近くの公園に寄った。十字路の一画に砂利を敷いて、遊具を適当に置いただけの、小さくて地味な公園だ。
やっぱり、人気がないらしくて、子どもの姿はない。リュックやら、手提げやらを、脇のベンチに置く。
「どうする?」
ケンジが言った。
「どうするって、なにが?」
「カホちゃん撮るんだろ? 構図とか位置とか決めないと」
「あーそっか」
ぼくらは、いい感じの場所を探してみるが、そもそも、どういうのが「いい感じ」なのかを知らない。
ひとまず、逆光と暗がりを避けようとして、数分くらいウロウロした。
逆光と暗がりを避ける、という発想は、何だか動画サークルっぽい気がする。
「カホちゃんそこ。そこ立って」
ケンジが、手指を使って、それっぽく構図を確かめる。
それっぽいだけで、おそらく大して意味はない。
カホは緊張した面持ちで、位置を整える。やがて、滑り台の前で止まる。
滑り台が背景になると、それっぽさが増す。
「ちょっとそれっぽいね」
ぼくの傍まで寄って来て、リオが、耳打ちするように言った。
「そっれぽいだけだよ」
適当に返しながら、思い出したように、ビデオカメラを取りに行く。リオも、ベンチまでついて来た。
「いつもそれで撮ってるんだ」
「うーん、まあそんな感じ」
撮影モードをいじりながら適当に、答える。最近開けたばかりなのは、黙っておいた。
撮影を始めたのはついこの前だし、そもそも人数の揃っていないサークルなので、いつももへったくれもあるまい、などと言うことは、間違っても言わない。
カホとの距離や、角度を調整しながら、なんとなく、位置を決めていく。
カメラを持ちながら、あれこれ苦心していると、なんだかそれっぽい気分になってきた。ぼくも、ケンジのことを言えたクチじゃない。
「なんか地味じゃね?」
画面を覗き込んで、カナトが訊ねてきた。さっきも似たようなことを聞かれた、気がする。
「編集でなんとかするんだよ」
さっきも似たようなことを答えた、気がする。
「リオくん編集できるの?」
「まあちょっとは」
本当は少しもできない。だが、リオに聞かれてしまったのだから、仕方ない。
カホの傍らでは、ケンジが付きっきりになっている。セリフやら、ポージングやらを、教え込んでいるらしい。
人に教えられるほどのノウハウがケンジに、備わっているとは思えなかった。あるいは、付け焼刃の知識のはずだ。
やがて彼が離れると、わざとらしく力を抜いたカホがひとり、滑り台を背景にして残された。
両手をダラリと下げて、膝を緩く曲げている。目線はやや下向き。半開きの口元から、不揃いな歯が、覗いていた。
「いつでもおっけー」
人差し指と親指で丸を作りながら、ケンジが駆け寄って来る。
「どういう動画なの?」
「見てれば分かるって」
何を仕込んだのだろうか、ニタニタと口元を歪ませてケンジは言う。どうでもいいと言えばどうでもいい。
大人しく録画ボタンを押すと、ケンジが両手で大きくマルを描く。深呼吸をして、カホが喋り出す。
「えーっと、動画サークル『ビッグムービー』の新入部員、折本華歩です……」
思っていたよりもずっと、普通な喋りだった。なにも仕込んでいなかったらしい。
無事に撮り終えた後で、「考えたんだけどさ」とケンジが言った。
「部員紹介は全員分撮っとこうぜ」
「全員分って、ぼくらも?」
「ほら、カホちゃんだけ一人撮っとくのも変じゃん」
なるほど、とぼくは思った。
めんどくさいとも思った。
やらない言い訳を探していたが「先におれのこと撮ってくれよ」と言われたので、ひとまず、流れに身を委ねることにした。
最終的にぼくも動画を撮った。もちろん、カナトも撮った。
ぼくらの動画は、鋭く、ウィットに富んだ、充実感ある出来栄えに……なんてことはまるでないのだが、それより肝心なのは、リオとのツーショットを、ちゃっかり撮れたことだ。
「リオって酒飲む?」
思い切って訊ねてみた。
「まだ19でしょ?」
リオは、小さく笑いながら言う。
「まあそうだね」
「ウソウソ。飲むよ、あんま強くないけど」
「よかった。今度飲みに行こうよ」
「いいよー」
ぼくの今日はこれが、全部だ。
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