第4話
話してみると、リオはかなりいい子だった。
テンポのいい質問で、ぼくの言葉を引き出し、ぼくの質問には、関心を惹きそうな言葉で簡潔に答える。会話が上手なのだ。
精一杯盛り上げようと、コミュニケーションを繕うぼくでも、心安らかに喋っていられる。ほつれがバレなさそうで、何よりである。
もちろん、見た目もいい。
目が大きくて鼻が高い。
髪は茶色がかったロング。
グラマーで色白。
パープルのレースシャツとグレーのパンツも、よく似合っている。
いかにも大学生女子、といった感じの、ルックスだ。
「リオはさ。なんかサークル入ってるの?」
やけに広い歩道を進みながら、自然な風を装って訊ねる。
名前を呼ぶのに少し躊躇ったが、思い切った。
「んーとりあえず色々」
「いろいろ?」
「そ。フットサルとかテニスとか軽音とか」
「めっちゃ入ってるじゃん」
「ぜんぶ続けないと思うけどねー」
「続けないんだ」
「んー1つか2つくらいかな」
「めっちゃ減るじゃん」
「そんないっぱい入れないしね」
他愛もない会話は、非常に楽しかった。
後ろの3人がどうなっているかなど、知ったことではない。
きっと無言に耐えかねたケンジが、なにか適当に喋っているだろう。
楽しい話になっているかどうかは知らないが、大事なのは、内容ではなく会話そのものだ。
気まずい沈黙でなければ、とりあえずいい、と思う。多分。
さて、ぼくの目論見は誤りだったらしい。
ドトールに入るや否や、いらっしゃいませより先にケンジが「5人用のテーブルありますか?」と訊ねていた。
横並びに立つカナトとカホは、たまに目を合わせては、気まずそうに口を歪めて、それからゆっくりと、目を離す。そんなことを繰り返している。
やれやれ、などとは思わない。祈る、リオとの2人席になることを。
結局、ソファ席のテーブルを3つくっつけて、ぼくらはそこに座った。カナトがソファ側に行こうとしたので慌てて制止した。
腕を掴んで引き留めると、不満げな目を向けられる。ため息混じりに首を振って、リオとカホを、ソファ席に座らせる。
ぼくらは通路側だ。
「さて」
真ん中に座るケンジが両手を組んで、切り出す。テーブルに突いた肘の先で、アイスコーヒーの入ったグラスを、横にズラした。
ぼくとケンジとリオが、アイスコーヒー。
カナトはココアラテ。カホはミルクティー。
「はい」
「改めて、なにちゃんだっけ?」
「あ、カホです」
小さな早口で名乗るカホは、カナトの前に座っていた。
つまりリオは、ぼくの側だ。
「カホ、カホちゃん……なるほどね。おっけおっけ」
何が「なるほど」で、何が「おっけ」なのかは、分からない。とにかく腑に落ちたらしい。リオが、小さく吹き出した。
大変素晴らしいことに、笑いのツボもぼくと、同じなのだ。
「けっこうそういう、動画とか興味あるの?」
「あ、いや作ったことはないんですけど。YouTube見るのが好きで」
「へぇーそうなんだ。なに観るの?」
「けっこうユーチューバーをいろいろと」
「そうなんだ」
会話が止まった。その、いろいろのユーチューバーとは、誰なのかを聞かれていたはずだが、カホは具体的に答えなかった。あまり自分のことを話したくないのだろうか。
ケンジもケンジで、追及はしない。すごすごと引き下がって、そして、誰も喋らなくなる。まあ、ぼくにとっては、好都合だ。
「2人は何で知り合ったの? YouTubeつながり?」
「ちがうよー」
ぼくの質問は、リオが笑いながら否定した。
となりで、カホが1回だけ頷いた。同調なんだろう、と思った。
「じゃあ授業とか?」
「うん。キャンパス概論ってやつ、あるじゃん」
「あーアレっしょ、高校でいうクラス分け的な」
「それそれ! クラス分け的なやつ! リオくんたちは?」
今度は、ぼくが質問される番だった。
「ぼくらはパンキョー」
「ぱんきょー……?」
略語を使ったら、カホが首を傾げた。
「一般教養のこと」
すかさず、カナトが解説を加える。「あ、そうなんですね」と、カホが深く頷く。
「一般教養のなに?」
「心理学だよ心理学」
今度のリオの質問には、ケンジが答えた。
「えぇ心理学? 私も取ってるよ!」
「お、マジ?」
言い終えた後で、腰を浮かせているのに気付いた。はやる気持ちが出過ぎたようだ。
何食わぬ顔で座り直す。大丈夫、誰にも指摘されてない。
「まじまじ。何曜日の何限?」
「金曜日の4限」
「えー一緒!」
「やった、一緒に受けよう!」
勢い任せに、約束を取り付けた。
今日はなんていい日だろう。こんなに上手くいってしまうなんて。
口角を緩くして、軽やかな気分に浸っていると、
「ぜんぜんサークルの話してないね」
「そう、サークルの話だよ」
冗談めいた笑い声で、リオが言った。
大袈裟に、手を叩くケンジが主導権を握り直す。
「実はまだ部員が足りなくてさ」
「あ、そうだったんですね」
「そそ。新設に必要なのは五人なんだけど……」
ケンジは、最後まで言い切らず、ぼくら3人を順に指差して、示す。
「3人しかいないんですね」
「そうゆうこと。だけど2人が入ってくれれば、サークルを作れる」
「私は入らないよ?」
リオが、キョトンとした顔で言う。
「そこをなんとか!」
「んんー……」
「名前だけでもいいから!」
「あんましつこいと嫌われるぞー」
歯を見せて笑いながら、ジョークっぽく助け舟を出す。「分かったよ」と言って、ケンジは大人しくあきらめる。
「じゃあカホちゃんは?」
「わたしは入ります」
「マッジ? 超助かるわ!」
ガッツポーズをしながら、ケンジが言った。
流れのままに、カホへ片手を差し出しかけるが、いきなり理性が戻ったらしくて、フッと手を引き戻した。
土壇場で躊躇するのが、ケンジの癖だ。良いか悪いかはまだ、分からない。
申請書類が、カナトのカバンから引っ張り出されて、カホの名前を記入する。
これで4人目。
「さて、あと1人。いい奴いるかな」
ケンジが投げかけるみたいに言った。ぼくらは一斉に、難しい顔をした。
「腹減ったな」
ポツリと呟いて、カナトが席を立った。
「なんか買う?」
「ホットドッグ。ソースが美味いんだよな」
「俺も食う」
ケンジも財布を持って、立ち上がる。
「お前らは?」
「あ、じゃあ私もなんか……」
カホが立ち上がった。レジへ向かう3人を、ぼくは笑顔で見送った。
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