第3話
しばらく経った別の日。
動画を撮るのにちょうどいい屋内を探して、ひとまず1号棟に入っていた。
食堂とか、購買とか、1年生でも比較的使いやすい施設が入っている棟だ。
1年生が使いにくい施設は、例えば、学生カフェとかコワーキングスペースとかで、そういうのは2号棟にある。
他に3号棟と4号棟もあるらしいが、行ったことはない。
ぼくらは食堂へ行こうとした。しかし4限を過ぎた夕方では、営業していなかった。
仕方なく、エントランスホールの端のベンチに腰掛けて、ぼんやりしながら「どうするかー」と唸っていた。
「もっとイメージしとくんだったなあ」
ケンジが言った。まるで他人事の、抑揚のない口調だ。
「せめて流れは決めとこう」
カナトは、リュックサックからルーズリーフと筆箱を取り出して、ベンチの上で書きつける。
立ち上がって、彼のためのスペースを開けると、カナトは「お、ごめん」と短く言った。
「何分くらいの動画にする?」
「だいたい3分か」
「俺そんな喋れねえよ」
「だからお前が喋らない動画にするんだよ」
「どうやって?」
「たとえばなんかのPVっぽくてしてさ……」
あれやこれやと言い合っている内に、ルーズリーフがどんどん埋まっていく。
埋まっていくだけで、何ひとつ、具体的なことは決まっていなかった。
決まったことと言えば、声を別録りにしてみるとか、編集のやり方を調べるとか、そういうようなことだ。
初歩的なことだが、ケンジは「確かな1歩だ!」と意気込んでいた。
机上の空論を語っていても無駄なので、今日はもう終わりにしようと、荷物をまとめていると、
「動画サークルさんですか?」
控えめな声がして、そちらを見ると2人の女子学生がいた。
片方は不安げに笑みを浮かべていて、もう片方はスマホ片手にすまし顔である。
「はい」
ケンジが即座に答えた。やたらと素早い。
どうしてぼくらが動画サークルだと分かったのだろう、と怪訝に思っていると「新聞に写真あったから」とすまし顔の方が言った。顔に出ていたのだろうか。
「あの、見学とかってできますか?」
不安げに笑う方に訊ねられて、ぼくらは誰も答えられなかった。見せられるものがないからである。
「あーえっと、入部希望的な?」
おずおずとケンジが言う。彼女の臆病な笑顔に釣られて、似たような感じに笑っている。
「そうです」
「2人とも?」
「私は別です」
すまし顔の方が言った。かなり毅然とした喋り方だった。
改めて見ると、彼女の方が綺麗な身なりをしていて、笑った雰囲気も滑らかだ。
しかしサークルに興味はないらしい。
ぼくは少し考えて、
「申し訳ないんですけど」
言いながら、歯を見せて笑う。
「まだお見せできるような活動はしてなくて」
「そうでしたか」
じゃない方の女の子から、笑顔が薄れる。不安の色も同時に消えるかと思ったがそんなことはない。
とても悪いことをしてしまったかのようだ。
「なので、お話だけでもしていきませんか? もしよければだけど」
「お話ですか?」
彼女は一転して、キョトンとした表情になる。不安そうな気配は消え去っている。
とても良いことをしたかのようだ。
「はい。適当に喫茶店でも行って」
「えっとそれは……」
「とりあえず、入部を拒否するなんてこともないので」
笑顔を絶やさないまま言い切ると、やがて「はい」と控えめな了承を得られた。
チラリと両脇を見ると、ケンジもカナトも、思いがけない展開に目を回しているみたいだった。
だが、内心で浮かれているに違いない。ぼくだって浮かれている。
「よかったらLINEとか交換できますか?」
スマホを取り出しながら、じゃない方の女の子に言った。
「あ、はい」
答えながら、彼女もスマホを取り出す。
「いろいろ連絡事項とかあるときにね」
などと、ブツブツ言いながらIDを交換した。アカウント名は『はな』だった。
ぼくは下の名前をそのまま登録している。恥ずかしいニックネームとかではない。
「はなさん、ね」
「あ、はいそうです」
「下の名前?」
「いえ、本名は華に歩くでカホって言うんですけど、上の方のハナをとって……」
「なるほどね」
説明が長くなりそうだったので途中で切り上げた。
それから本命の女の子に向き直って、「せっかくなんで、LINE」と冗談めかす風にして言う。
「んー、まあいいよ」
女の子は一瞬、間を置いてからスマホを取り出す。
彼女のアカウント名は『莉緒』だった。これはおそらく本名だろう。
「りお?」
「そう、普通に名前」
「マジか」
ぼくは屈託なく笑う。
「同じ名前だ」
ぼくらは揃ってキャンパスを出た。3人と2人で、計5人。
傍から見たら、学生の一団に見えるのだろう。さり気なくリオの隣に行って、彼女も頭数に含める。
「私も?」
リオは目を丸くして言う。口角は上がっている。
先陣切って歩き出すとみんながついてくるので、彼女も、流されるように並び歩いた。
「せっかくだしさ」
いいじゃん。そう言う前に「まあいいよ」と返ってきた。
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