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第1話
「なにサークルにするか決めようぜ」と言うケンジに誘われて、ビックエコーに来ていた。
わざわざカラオケまで行く必要もないだろうと思ったし、実際にそう言ったのだが、彼の言い分としては、
「もし誰かに聞かれててパクられたら最悪だろ?」
誰がパクるというのか、無計画にサークルを作る連中の計画など。
とはいえ、ゴネて言い合いになるのも嫌だし、なんとなく大学生らしい気もするので、大人しく従うことにした。
さて、よほど客の来ない時間だったのだろうか、ぼくらはパーティールームに通された。
壁一面が鏡張りになっていて、ステージとマイクスタンドが設えられている部屋だ。
これからやるのは、打ち合わせだ。打ち合わせに、ステージとマイクスタンドは不要である。だからステージもスタンドマイクも、ぼくらを喜ばせるに及ばない。
そう思っていたが、ケンジは「ステージじゃん!」と浮かれ騒いでいた。
「早くサークル決めようぜ」
冷静な口ぶりは、カナトだった。
まるで存在感のない彼だが、意外に落ち着いたタイプらしい。
「どういうのにする?」
ぼくも冷静な口ぶりを心掛けて答えた。
ソファに腰掛けて、ルーズリーフと筆記用具を、なんとなく取り出す。
「そうだなぁ……」
カナトが腕組みをして唸る間、ルーズリーフに「どんなサークル?」と書いてみる。
「滝田ぁ」
「ケンジでいいぜ」
「何でもいいけど、何か案とかないの?」
「そんなことよりさ、お前ら歌わねえの?」
言いながらケンジはリモコンを操作している。
言い出しっぺがサークルを「そんなこと」呼ばわりするとは。
身勝手さにムッとしないこともないが、本音を言えばぼくだって歌いたかった。しかし優先順位というものがある。
まずは決めごとを決めてから……とカナトの方を見やる。
「歌うよ」
彼はそう言ってリモコンを受け取っていた。
どうしよっかなー、と呟きながらピッピッピッと操作する様を見ている内に、気付けばぼくも、サブスクのマイリストを開いていた。
「さて、どうっすかなー」
やがてケンジが歌い終わると(名前は分からないがとにかく大声で叫ぶ箇所の多い曲だった)、マイクを握ったまま切り出した。
「とりあえずマイク置けよ」
もう片方のマイクを握るカナトが、釘を刺すと、ケンジはマイクをテーブルに置きながら、ぼくの隣に来た。
「何かアイデアは?」
「ない」
キッパリと答えたつもりだったが、カナトの歌声と被ってしまった。
聞いたことのない、初音ミクの曲だった。
「ない!」
もう一度、大声で答える。
「だよなあ」
「適当にプログラミングとか?」
「そんなんやって何になるんだよ」
「めちゃくちゃ有用なスキルだと思う」
「そういうことじゃなくてさ」
と言ってケンジは、ボールペンを拾い上げる。
「それぼくの」
「借りるぜ」
「いいけどさ」
彼はルーズリーフに、大きく「デカいこと」と書いた。
デカいことがやりたいんだな、と思った。
「どうだ?」
「どうって?」
「デカいことって何だと思う?」
「大富豪になるとか、有名になるとか、そういうこと」
「そうだよな。どうすればいいかな」
「知らないよ。起業するのは?」
「それはちょっとめんどくさい」
「めんどくさがってたらデカいことなんかできないよ」
「でももうちょっと軽いものがありそうじゃん?」
「えっと……」
「ボカロPになるのはどうだ?」
マイク越しに、カナトが割り込んで来た。
ぼくは首を横に振る。
ケンジはルーズリーフに「ボカロP」と書いている。
「もっと現実的になりたいんだけどさ」
「例えばどんな?」
「えっと、ユーチューバーとか」
言った後で、自分でも、あり得ないと思った。アメリカンドリームもいいところだし、何というか、バカっぽい。
今のなし、と言いかけたが、既にケンジがルーズリーフに書き留めていた。
「なるほど、YouTubeね」
「ほい、次はお前だぞ」
取り消そうとするより先に、カナトにマイクを差し出されて、気付けば初音ミクは終わっていた。
仕方なくマイクを受け取って立ち上がる。スピッツで、『ロビンソン』。
新しい季節は 何故か切ない日々で
川原の道を 自転車で 走る君を追いかけた
目の前の曲に集中して、しっとりと感情をこめて歌う。採点は入っていないが、ちゃんと歌いたい。ぼくは、カラオケは好きなのだ。
集中している内に、ケンジとカナトが何を話し合っていようが、どうでもいい気がしてきて、ましてやユーチューバーのことなど、綺麗に忘れた。
歌い終わると同時、ケンジが「決まったぞ!」と言った。
「俺らは動画サークルだ。動画撮りまくって、バズりまくるんだよ」
ぼくの案をちょっと改良した良いアイデアだと思った。
しかしマイクを手放さず、ケンジが入れていた『小さな恋のうた』を歌ってやった。
☆
カラオケを出たのは7時前。空の薄暗い、夕方から夜に切り替わる淡い時間帯だ。石畳の道には人と車の往来が激しい。
「次はどうするの?」
ぼんやりと駅へ向かいながら、言った。
「とりあえず飯食おうぜ。中華でいいよな、中華」
先導するケンジは質問に答えない。歩調を緩めないので、「帰る」と言っても帰らなさそうだった。
カレーや肉を提案しても拒否されそうだった。そんな風に考えていたら、カナトが「二郎行きたい」と言い出して、ケンジは「バカ言えあんなんは昼に食うから美味いんだよ」と返した。
「部員を集めなきゃな」
中華屋のカウンターに、並んで腰を下ろすと、右隣のケンジがメニューも見ずに口を開く。
「メンバー募集より先にやることがあるでしょ」
「例えば?」
「サークル名決めたり、どういう動画撮るかも決めないとだし、いつどこでやるのかとか……」
「それもそうなんだけど」とケンジが制するように言って、思わず口を閉ざす。「部員が5人以上いないとサークルは作れない」
ぼくはため息をついた。
ため息しか出なかった。
彼の無計画っぷりに心が慣れたらしい。そういうことなら仕方がない、と本気で思っている自分に驚く。そして実際に、仕方ない。
「オレは炒飯と餃子のセットにするけど、お前らは?」
カナトが言った。
ぼくは、カナトと同じセットにして、ケンジはラーメンのセットにした。
「どうやって募集するの?」
「さて、どうするかな」
「とりあえずTwitter作ろうぜ」
スマホをいじるカナトが、画面から目を離さずに言う。
「そうしないと何も始まらない」
「いいね。どうせ動画も載せるし」
「じゃあオレが作っとくよ」
ぐいぐいと話を進めるカナトが頼もしく思えた。
ボカロ好きなオタクだと思っていたが、歌で人は判断できない。
「サークル名はどうする?」
たしかに大事だ、と口に出そうとした矢先、ぼくらの炒飯やら餃子やらが出てきた。
レンゲと箸を持つと、心の内はたちまち、食欲で満たされた。大事な決めごとをケンジに丸投げしたら、どこかでツケが回って来そうだが、中華の湯気には何者も敵うまい。
そして、ツケは帰ってから回って来た。思いのほか早かった。
このたび新しく動画サークル「ビッグムーヴィー」を作ることになりました!
動画編集に興味ある方、動画見るのが好きな方、
ぜひお気軽にご参加ください!
リプライ・DMお待ちしております!
ビックリマークの多いツイートと、BじゃなくてVであることを問い詰めたところ、ケンジ曰く「ビックエコーで結成したから」らしかった。
ビックリマークが多いのは、カナトのセンスらしい。そしてVである理由はよく分からないままだ。
ぼくがサークルの広報担当になったのは、それをダサいと思えるセンスを持つ、唯一の人材だったからだ。
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