#A

「しゅんちゃん、やっほー☆彡」


 いつも通りのあいさつをする。



 もう、会えないかと思ってた。

 しゅんちゃんがまた会いに来てくれたことがうれしかった。

 でも、これでさいごだよね。



 しゅんちゃんは明らかに、何を話せばいいかわからずに困っている様子だった。

 しゅんちゃんは優しいから、あづさとバイバイできないのかもしれない。

 そう思った。



 死んでまで、あづさはみんなに迷惑をかけてしまっている。

 みんなの重荷になりたくなくて、みんなにはなんの悩みもなく暮らしてほしくて、あづさは自殺したっていうのに。

 この1年、しゅんちゃんを縛り付けてしまった。

 あづさは、迷惑かけっぱなし。助けられっぱなしだ。

 でも、さいごくらい、しゅんちゃんを助けたい。

 みんながあづさを助けようとしてくれたように。

 しゅんちゃんがいつでも、あづさのところに駆けつけてくれたように。

 


 

 きっとお話が終わったら、あづさは消えちゃうんだろう。

 いや、どうなるかわかんないけど、しゅんちゃんの世界からは消える。

 それは怖いことだ。悲しいことだ。

 でも、しゅんちゃんが進むためには必要なことだよね。

 きっとあづさは、この瞬間のために今、ここにいる。

 さあ、”峻平作戦”を発動しよう。



「ばれちゃったね、ほんとのこと」

「…………お前は……俺の中の妄想、だったんだな……」

「ぶっぶー! はずれです」

「……はずれ?」

「あのね、しゅんちゃん、あづさはあづさなんだよ。今ここにいる私は、間違いなく、小杉あずさだよ」

「…………」


 しゅんちゃんは、私を見て何度か瞬きをした。


「……そうだな。俺にはそんな妄想力、ないもんな」

「そうだよー。もしこの1年のことがぜーんぶ妄想なら、しゅんちゃんはラノベ作家になった方がいいねー。えっへへー」

「…………」

「…………」

「…………なあ、あずさ」

「ん? なあに?」

「俺のしていることは、正しいことだと思うか?」

「うーん……ごめんね、あづさにはわかんないや」

「……そうか」

「でもね、しゅんちゃん。自分のためじゃなくてね、周りのみんなのために一生懸命がんばり抜くことができるしゅんちゃんが、私は昔から、大好きなんだよ。だから私は……ううん、私だけじゃない、お姉ちゃんも、のぞみちゃんも、エスくんも。みんなしゅんちゃんが進んだ道を、笑っていくんだよ」


 私の中の正義の味方はきっと、みんなの道しるべなんだよね。

 ……やっぱり、ちょっと寂しいな。


「あずさ、俺はまた、俺の道を進んでいくって決めたよ」

「うん」

「だから……」

「うん、わかった」

「俺はまだ、何も言ってないぞ?」

「言わなくてもわかるよ」

「さすがだな」

「…………」

「…………」

「…………」


 しゅんちゃんと話していて、わかったことがあった。

 私が、まだここにいる理由。

 この考えはきっと、ほんとうはただの自己満足。

 だけど私は……


 私は。


「ねえ、しゅんちゃん。さいごに一つだけ、いい?」

「ああ」

「私ね、しゅんちゃんと、お話ししてて、なんで、ここにいるのか、わかっ、ちゃったんだー……」


 夢の時間はもうすぐ終わる。

 だけどその前に、ちょっとくらい、私のわがままを許してほしい。


「私はね、ほんとうはまだ、しゅんちゃんといっしょに、いたかったんだ。しゅんちゃんと、おねえちゃんと、みんなと、いっしょに、笑ってたかったんだ……」

「あずさ……」


 もうしゅんちゃんと会えなくなると思うと、涙がとめどなくあふれてくる。

 でもここで泣いちゃだめ。


「でも私は、もう、みんなといっしょにはいられないから……たまに、私のこと、思い出してくれないかな? 縁の形が左右で違うメガネ買ってきたバカがいたなって、小杉あずさっていう人間がいたなって、忘れてほしくないな……」

「…………お前は、本当に、馬鹿だな」

「ひどいなあ……なんで?」

「俺がお前を忘れるはずないだろう……俺はお前を離さないって……言ったじゃないか」

「そっか、そうだね。ありがとう」


 しゅんちゃんに歩み寄っていく。

 やがて私たちはお互いに触れられるくらいの距離になる。

 私は、しゅんちゃんが掛けているメガネに手を掛けた。



 さいごに笑おうと思った。

 私はいつだって、みんなと笑いあっていたいから。

 でも、どんなにがんばっても泣き笑いにしかならなくて。

 しゅんちゃんも泣き出しそうな子どもみたいな顔をしていて。

 早く消えなきゃって思うけど、なかなか気持ちの整理がつかなかった。


「しゅんちゃん……じゃあね……」


 やがて私は、しゅんちゃんの顔からメガネを――しゅんちゃんに、私のことをいつまでも覚えていてもらうためのものを――外した。





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