#18

 2025年9月27日土曜日、『フリーダム』にて


 午後4時50分。

 約束の時間の10分前にあずさと共に『フリーダム』に入ると、既に夕食会に参加するメンバーはほとんど揃っていた。

 ひかりとのぞみとエスで何か楽しそうに話している。


「おー、みんな早いねー。やっほー☆彡」


 あずさが挨拶すると、3人とも俺たちに気付いたようだ。


「あっ、佐田さん。……お誕生日おめでとうございます」

「ああ、ありがとう、のぞみ」

「おめでとう、しゅんぺーどの。先に楽しませていただいてるでござるよ」

「エスもおめでとうだな」

「ちゃんと荷物持ってってくれた?」

「無論だ。俺は約束は守る男なのだ」


 ひとしきり話した後、席に着く。

 もちろん、いつも通り窓際の席だ。


「ところで、エスと2人は初対面だったよな?」

「……はい、そうです」


 のぞみが答えた。


「もう自己紹介とかは済ませたのか?」

「もちろん。じゃなきゃこんなに仲良く話してないでしょ」


 と、ひかり。


「何の話題について話していたんだ?」

「それはもちろん、しゅんぺーどののことでござるよ」

「俺のこと?」

「そう。しゅんぺーどのは昔、どれほどのやばいやつだったのかを2人から聞いていたのでござる。いやあ、拙者もびっくりの厨二病でござるな。『”慶喜作戦”』とか、なかなかひどいでござる」

「お前に言われたくないな、プロフェッサーエスよ。俺はもう大学生へと成長したがお前はまだ中二のままではないか」

「いや、この国を治めるとか言ってる時点で十分、中二だと思うのだが」


 ひかりがチャチャを入れる。


「そうですよね。いまだに『兄者と呼べ!』って言ってきますし」

「ね、困るよねそんなこと言われても」

「おいお前ら! 口を慎め!」

「ほらほら、貴殿も拙者も大差ないってことでござるよ。客観的に見て」



 オーナーのおばさんが水を持ってきてくれた。

 ありがたく受け取る。


「今日はずいぶん賑やかね」

「はい、すいません。うるさかったら言ってください」

「大丈夫よ。実は今日、貸し切りにしといたし」

「えっ、そうなのですか?」

「うん、のんに『どうせほかのお客様に迷惑になるからその方が良いニャ!』って言われて、そうしたの」


 あいつ、気が利くな。


「それで、のんのんは今は――」

「のんなら今は買い出しに行ってるわよ。たぶん30分もしたら帰ってくるんじゃないかしら」

「そうですか。あとでお礼を言わないと……」

「ま、そういうことだから。ゆっくり騒いでいってね」


 おばさんが厨房へと戻っていくのを、全員でなんとなく見ていた。





「……今日、9月27日ですね…」


 沈黙を破ったのはのぞみだった。


「そうだね、9月27日、だよ……」


 ひかりも口を開く。


「んんー? 9月27日って何かあったっけー? ……あっ! しゅんちゃんとエスくんのお誕生日だよねー。あづさはちゃんと覚えてるよー」


 あずさがいつものように笑顔で答えた。

 でもその言葉を無視して、ひかりとのぞみは話し続ける。


「もう、あれから1年か……」

「……はい」


 ただならぬ雰囲気。

 1年前?

 何もなかったはずだが。


「1年前の今日、何かあったか?」


 確かめようと、訊いてみた。

 すると、なぜか途端に目の奥の方が痛んだ。

 なぜだろう。

 涙が出てきそうになる。


「しゅんぺーどの?」


 エスが心配そうに俺を見ている。


「大丈夫だ。問題ない」


 また沈黙。

 やはり雰囲気はさっきとは打って変わって、重苦しくなっていた。


「ごめん、のぞみ……あたしにはやっぱ無理」


 ひかりが意味不明な言葉を呟く。

 彼女の瞳はなぜか濡れていて。


「……しょうがないな」


 ため息交じりにそう言ったのぞみもなぜか涙が頬を伝っていて。



 また沈黙。


「みんな、どうしちゃったの? せっかく集まったんだし、楽しくしようよー」


 あずさがそう言ったけれど、誰も何も反応できない。



 やがてのぞみが俺の方を見つめて言った。

 その声は震えていた。


「ねえ佐田さん。もう、やめにしません?」


 …………

 意味が分からなかった。


「もう、現実から目を逸らすのなんて、やめましょうよ。そんなことしても、みんな、辛くなる、だけだよ……」

「な、何を言っている……?」


 のぞみは床を見て、そのあと天井を見て、一つ大きく深呼吸をした。

 意を決したように俺へと向かってくる。

 そして、俺のメガネに手をかけ――


「やっ、やめろ! のぞみ!」


 メガネを外してこようとするのぞみに俺は必死で抵抗する。

 それがないと、俺の世界が見えなくなるから。

 俺がこの国を統治できなくなるから。


「やめろ、やめてくれ、そんなことしたらっ!」

「やめて! のぞみちゃん! 乱暴はよくないよ!」


 あずさが叫んでいる。

 でもその声はのぞみの耳には入っていないようで。


「いい加減、目を、覚ましてっ!!!」


 メガネが外れて、床へと叩きつけられる。

 レンズにひびが入る。


 その瞬間。

 俺の世界が。

 見えなくなった。


「あ、ああ……」


 あずさが、俺の世界から、消えた。














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