#12
2025年9月26日金曜日、川崎市中原区、武蔵小杉駅にて
「………ぺ……の」
遠くから誰かの声が聞こえる。
「しゅん………の」
誰?
「しゅんぺーどの」
名前を呼ばれたと認識して目を開ける。
どうやら回想に浸っている間に寝てしまっていたらしい。
今日は一限だけだったから、まだ午前中なのに。
俺はエスと一緒に電車に揺られていた。
「もうすぐ、武蔵小杉に着くでござる」
「……そうか。起こしてくれて感謝する」
大学の講義が終わり、エスと一緒に武蔵小杉に帰ってきた。
この半年の彼との付き合いの中で、どうやらエスもこの近辺に住んでいるらしいことが分かった。
今度、彼を尾行して住居を特定しようと考えている。
これは単なる興味ではない。この国を統治するために必要なことなのだ。
「待ち合わせは5時で間違いないか?」
今日は、エスの知り合いと午後5時に会うことになっていた。
まあ俺もそこまで忙しいわけではないし、交友関係を広げておくことも必要だ。
別に大学でぼっちだからだという訳ではない。
幕末の志士、坂本龍馬もいろいろな知り合いを介して交友関係を広げていった。そして最後には、歴史に名が残る偉人となったのだ。
つまり、これもまた、この国を治めるために必要なのだ。
さしずめこれは、”龍馬作戦”と言ったところだ。
時間を確認すると、エスは頷いた。
「だったら少し東京スクエアに寄ってもいいか?」
「いいでござるよ。何か用事でも?」
「ああ。買いたいものがあってな」
「買いたいもの? あずさどのにプレゼントでござるか?」
「いいや違う。あずさではなくひかりにプレゼントだ。誕生日が近くてな。10月1日なのだ」
「ひかりどの……というのは、しゅんぺーどのの姉上? でござったか?」
「姉ではない。俺の方が誕生日が先なのだからな。ただの腐れ縁だ」
「左様であったか。それにしても、ひかりどのにもお目にかかりたいものでござる」
エスの言葉を適当に受け流しつつ、俺は三階の文房具コーナーに向かい、そこにあったルーズリーフを手に取る。
彼女に何が欲しいか尋ねたら、ルーズリーフと即答されたのだ。
「ところで、しゅんぺーどのって誕生日いつでござるか?」
清算が終わりエスカレーターで一階に下っているとき、エスが訊いてきた。
別に隠すことでもないので正直に答える。
「明日だが」
エスは細い目をまん丸にして驚いた。
「えっ! 明日⁈ 明日って、9月27日でござるよね」
「そうだ」
「なら、拙者と同じでござるよ。拙者も9月27日生まれなのでござる。奇遇でござるねえ」
「そ、そう、なのか……奇遇だな」
エスは嬉しそうに頷いている。
「ならば、明日の夜、『フリーダム』で夕食会をする予定なのだが、来るか? ちなみに出席者はひかり、あずさ、のぞみの三人だ。ひかりは明日の午前、大阪から帰ってくるらしい。のぞみとは会ったことあったか?」
「いいや、まだお目にかかったことはないでござる。確かショートカットの背が低い子だと、前にしゅんぺーどのが」
「そうだ。そこまで知ってるなら問題ない。あとは『フリーダム』なんだからのんのんもいるだろう。どうだ? 来ないか?」
エスは迷ったような表情をする。
「でも……そんなところに拙者がいてもいいのでござるか? なんだか失礼な気が」
「そんなことはない。悔しいが、お前には毎日、世話になっているからな。俺はお前の誕生日を祝いたいのだ。それに、女子四人に男一人はさすがに辛い」
「そういうことなら、ぜひ!」
エスは素直に俺の提案を聞き入れてくれた。
明日は楽しくなりそうだ。
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