#11
2025年4月中頃、『フリーダム』にて
「いらっしゃいませー!」
『フリーダム』のドアを開けると、いつもの明るい声が響く。
厨房からひょこっと、のんのんが笑顔を見せた。
「おおー、兄者。いらっしゃいませだニャン。今ちょっとお取込み中ニャから、空いてるお席、どうぞニャ」
俺は頷き、いつもの窓際の席へと歩みを進める。
後にはあずさ、そしてエスも続く。
午後6時前。
少し早いが、ここで夕食も済ますことにした。
注文をして、料理が運ばれてくるのを適当に話をしながら待つ。
「よく、電車の中で俺を見つけられたな」
「ああ、乗るときに駅のホームでたまたま見つけたのでござるよ。そのメガネが頭に残っていたのでござる。まあ確信は持てていなかったのだが、結果は大正解でござった」
大正解ってなんだよ。
誰かとクイズでもしているのか?
声には出さず、心の中で突っ込む。
「にしてもそのメガネ、すごい形でござるね……」
痛いところを突かれた。
俺が掛けているメガネ。どんな形かというと、右は四角い角ばったレンズ、そして左はまん丸のレンズなのだ。
「あー、それはあづさがいけないのです」
あずさが口をはさむ。
「それはね、あづさが選んだの。しゅんちゃん、珍しいの好きだから喜んでくれるかなって。でもそれはないって怒られちゃったよー、えっへへー」
「そ、そうなのだ。こいつから去年の誕生日にもらってな、こんな形で本当は恥ずかしいのだが、使わないのは失礼だと思って毎日掛けているのだ」
エスはなぜか一瞬、きょとんとした表情になる。
でもすぐに応答してきた。
「誕生日プレゼントでメガネを渡すとは、なかなか粋な恋人を持っているでござるな」
「何を勘違いしている。あずさは妹だ」
「そうなのでござるか」
ひとしきり会話が終わったタイミングで、猫耳メイドが夕食を運んできた。
「お待たせいたしました。オムライスニャ」
オムライスにはいつも通り、”正義って何ぞ?”と書かれている。
皿を音を立てずに置き終わると、のんのんはエスに話しかけた。
最初に言っておく。
この二人の会話はかーなーり、気持ち悪かった。
なんせ片やニャンニャン語、片やござる語なのだ。
「ところで……あなたは誰かニャ?」
「ん? 拙者でござるか?」
「そうニャ! あなた以外は、もともとのんのんと722年前からの知り合いニャ!」
「な……そうなのでござるか? 拙者てっきり、貴殿は拙者よりも年下だと……何を隠そう拙者、421年前にこの世に生まれ落ちたのでござるよ」
「なら、この世ではあなたの方が年上ニャ。722年前ってのは……前々前世の記憶ニャ! 兄者の前々前世からのんのんは、兄者を捜し続けたのニャ。もしこの世で兄者がぜんぜんぜんぶなくなって散り散りになったって、迷わずにまた一から捜し始める覚悟ニャ!! ……それで、お名前を教えてほしいニャ」
「ああ、拙者としたことが、失礼いたした。拙者の名は、プロフェッサーーーーーエス、でござるっ!」
「プロフェッサー? 何かの研究をしているのかニャ?」
「不老不死の細胞をつくる研究の手伝いをしているでござる」
「ニャるほど……それでエスにゃんは、そんなにも長生きという訳ニャ」
「そういうことでござる。ちなみに貴殿のお名前は……のんのん……どのでよろしいか?」
「その通りニャ! のんのんは、この武蔵小杉に舞い降りたプリンセスなのニャ!」
………………。
…………………………。
……………………………………………………。
これはひどい。
突っ込みどころが多すぎて逆に突っ込めなかった。
ていうか、会話に歌詞を使うなよ。
俺も厨二病といわれることが高校時代あったが、それでもついていけなかった。
ちなみにあずさは早々と会話の理解を諦め、オムライスをおいしそうに頬張っていた。
エスが不意に立ち上がって、のんのんを見つめて手を差し出す。
握手を求めているのだろうか。
エスの目に氷のように冷たい光が宿った――気がした。
おそらく気のせいだ。エスはニコニコしている。
のんのんはエスの手を握った。
「よろしくお願い申す。のんのんどの」
「こちらこそニャ、エスにゃん」
挨拶を交わすと、エスはのんのんを軽く引き寄せた。
何かを囁く。
その声は俺までは届かなかった。
「 」
のんのんはビクッと肩を震わせて、目を見開いた。
その表情のままエスをちらりと見る。
エスは笑顔のままだ。
やがてのんのんもゆっくりとぎこちない笑みを浮かべて、小さくうなずいた。
普段、飄々としているのんのんにあんな態度をとらせるとは、エスは何を言ったんだ?
まあ、きっと俺には関係のないことだ。
話題を変えよう。
「そういえばのんのん、取り込み中ではなかったのか?」
「…………」
「のんちゃん?」
あずさが心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。
「のんのん?」
俺も再度呼びかける。
「ニャ? 何か言ったかニャ?」
「取り込み中ではなかったのか?」
「ああ、そのことかニャ……」
のんのんは少し難しい顔をする。
「実は……秋葉原のメイドカフェの人が、のんのんをこのお店から引き抜こうとしてきたのニャ」
「えー、のんちゃんここからいなくなっちゃうのー? あづさは寂しいよー」
あずさが隣で肩を落としている。
のんのんはいつもの小悪魔的な笑顔に戻って言った。
「でも大丈夫ニャ! のんのんは武蔵小杉に舞い降りたプリンセス! さっきビシッと! バシッと! お断りしたら、そそくさと帰っていったニャ! まったく……人気者は大変ニャ」
「のんちゃんはすごいねー☆彡」
あずさが意味不明な賞賛をした。
「じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
のんのんは去っていく。
それから、俺とエスは、親しくするようになったんだ。
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