#10

 2025年4月中頃、名京大学飯田橋キャンパスにて


 俺は教室の隅の席で授業を受けていた。

 すると、ちょんまげ姿の男が近づいてきた。


「隣、空いてるでござるか?」

「ん? ……ああ、空いている」

「では、失礼つかまつる」


 その日は、俺がござる口調を創作物以外で初めて聞いた日だった。

 正直、だいぶ引いた。



 関わらないようにしようと思って、授業が終わった後すぐに教室を出た。

 そして、用事があって大学の近くに来ていたあずさと合流し、武蔵小杉に帰った。

 しかし、駅に着いて電車から降りた瞬間に背後から声を掛けられた。


「そこの御仁、少しよろしいか」


 振り返ってみると、そこにはなぜかエスがいたのだ。


「お前、さっき隣になった……」

「覚えててくださってかたじけない」

「んー? しゅんちゃん、おともだちー?」


 隣からあずさが訊いてきた。


「いや、友だちではない。というか知り合いですらない。ただすれ違ったことがある人、程度の関係だ」

「そうなのー? でもあの人、しゅんちゃんに用事みたいだよー?」

「……そうみたいだな。心当たりがないが」


 エスがなぜか訝しげな目でこちらを見ているのに気づく。


「して、なんの用だ? まずは名乗ってもらおうか」

「ああ、自己紹介が遅れて申し訳ない。拙者、プロフェッサーーーーーエス!! でござるっ!!」

「……は?」


 なんだこいつ。

 絶対関わらない方がいい。

 隣に目を向けてみるとあずさも言葉を失っている。


「よし、あずさ。帰るぞ」

「う、うん……」


 俺たちは彼に背を向ける。


「ちょっと、まだ話は終わってないでござるよ」


 エスは俺の肩を掴み、引き留める。


「俺はお前に話など無い。相談ならよそを当たってくれ」

「まだ拙者は自己紹介しただけでござる。何も申してないのに相談と決めつけるのはやめていただきたい」

「……だったらなんだ」

「ゆっくり話がしたいでござる」

「断る」

「なぜ」

「俺は忙しいのだ」


 彼の手を振り払い、俺はあずさと共に歩き出す。


「いいのでござるかー?」


 後ろからエスの良く通る声がする。

 無視しようとした。


「拙者、貴殿のスマホ持ってるんだけどなー」


 まさかそんなこと。

 念のため鞄を確認してみる。

 ……ない。

 ポケットにもない。

 ……なん……だと……?

 振り返る。

 エスは俺のスマホを顔の横に掲げ、ニンマリ笑っていた。


「お前、いつスマホ取った⁈ とりあえず返せ!」


 俺がスマホを奪い取ろうとすると、エスは俺からスマホを遠ざけた。


「ならばスマホと引き換えに、拙者と話をしていただくということでよろしいか?」

「それとこれとは話が別だ!」

「……仕方あるまい。とりあえずパスワード入力して、と……おお、合ってた合ってた」

「おい! やめろ!」

「人のスマホを勝手に覗き見るのは、いけないことだよー?」


 エスは俺とあずさを無視し、操作を続ける。


「……んとラインのお友達追加で……よし、これで拙者と繋がったでござるね!」

「わ、わ、分かったから話を聞く!」

「やっと聞き入れてくれた」

「お、お前……なぜ俺のパスワードを知っている」

「ああ、そのことでござるか。うーん、拙者から申し上げられることは、『貴殿は隙が多すぎる!』ということでござる。そんなんじゃあ、この国の主にはなれないでござるよ」

「ま、待て……! なぜそれをっ」

「授業中にノートに一生懸命計画を書いていたでござろう?」

「なっ……⁈ ならばパスワードは⁈」

「それも授業中にいじっていたのを見ただけでござる」

「普通見ねえよ……」

「視野が広いと言っていただきたい」

「……はあ、ほら行くぞ。あずさも来い」

「はーい☆彡」


 俺は渋々、エスを『フリーダム』に連れて行ったんだ。

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