#7

『のぞみちゃんへ

 やっほー☆彡 あづさです

 最近、二学期が始まったときくらいからかな? クラスのみんながあづさのことを避けるようになったの、自分でも気づいてるよ

 のぞみちゃんも、もうあづさとは関わらないほうがいいよ

 もう話しかけないで。いままでありがとね』






 メモ用紙には、そう書かれていた。

 シャーペンか鉛筆かで走り書きしたような筆跡。

 その手紙の最後の二行は、きっと何度も書き直したのだろう、紙がぼこぼこになってしまっている。




「これを……いつ?」


 俺は目の前で目を伏せているのぞみに訊いた。


「昨日の放課後、帰ろうと思って靴を履こうとしたら中に入れてあったんです」

「このことで昨日も俺に連絡を?」

「はい」


 俺の馬鹿!

 なぜ昨日、返信しなかったんだ!

 自分への怒りが募っていく。

 しかし、のぞみに八つ当たりするわけにもいかない。


「心当たりは……あるんだな?」


 怒りを押し殺して話を進める。


「……一学期のことなんですけど、実は私、クラスでうまくいってなかったんです」


 初耳だった。


「そう、なのか……だが、それとあずさにどんな関係が?」


 そう尋ねると彼女は手の平を俺の方へ向けると同時に何回か頭を下げた。

『質問はちょっと待て』ということだろう。


「邪魔してすまない。話を続けてくれ」

「……私たちのクラスはけっこう積極的な子が多くて、私ははじめからあんまりなじめませんでした」


 まあ、のぞみは引っ込み思案だからな。


「それで……6月に体育祭あったじゃないですか、そこでも私たちのクラス、優勝を目指してたらしいんです。私はあんま知らなかったんですけど」


 俺たちの高校の体育祭は、順位が付けられる。

 短距離走などの結果でポイントが得られ、その合計が最も高かったクラスが優勝、というごくありふれたタイプのものだ。

 それにしても、高校生にもなって本気で体育祭で優勝しようなんてクラス、あるんだな。


「結果は二位でした。一位と一ポイント差だったって聞いてます。私は長距離走に出たんですけど、もちろんビリでした。それで私、戦犯扱いされたんです。『中原がせめてドベじゃなければ』とか『なんで本気で走んなかったのよ』とか、こんな感じのは全然序の口で、まあめちゃくちゃ言われましたよ」

「……お前らのクラスメイトはお子ちゃまかっ!」


 おっと、思っていたことが口から出てしまった。

 のぞみは、ぷっ、と少し笑った。

 今日になって初めて、彼女の笑顔を見た気がする。


「……そうなんです。お子ちゃまなんです、感覚が。それでムカついて、ある日、言っちゃったんです。『じゃあお前らが走れよ。きついのやだからって私に押し付けといてギャーギャーうるさい』って」


 こいつも普段おっとり系なので、そんなことを言ったなんてよっぽどムカついたのだろう。

 というか、今もムカついているのだろう。

 話し方で分かる。


「ほんとのこと言っちゃうと、人って怒るじゃないですか……それからだんだん、私はもともとなじんでなかったクラスからさらに孤立していきました。でも、あずさちゃんだけはずっと私と一緒にいてくれたんです。嫌な顔一つしないで、私といてくれたんです」


 …………。

 さすがは我がいも

 心の強さが違う。


「二学期に入って、私に対するクラスの反応はだいぶマシになりました。でも……それと入れ替わりになって、こんどはあずさちゃんが……」

「……なぜ、入れ替わりだ、と?」

「……私、聞いちゃったんです。あずさちゃんがクラスのカースト上位の女子に、私と関わらない方がいいって言われてたのを……」

「あ……」


 そこから後の出来事は、俺には察しがついた。


「その後あずさちゃん、どうしたと思います? ……あずさちゃん、その子のこと引っぱたいたんですよ」


 そんなことだろうとは思った。




 小杉あずさが怒る場面は二つある。

 一つは自分で買ってきたお菓子を勝手に他の人に食べられること。

 これはちょっと拗ねるくらいだし、特に問題はない。

 もう一つは自分が親しくしている人が、悪口を言われたり、侮辱されたりしたときである。

 こちらは、通常運転のときからは想像できないくらい荒れる。

 手とか足とかが出てしまうこともあったりする。

 クラス全体でのぞみに集中攻撃を浴びせていたときは自重していたのだろう。

 しかし、その陽キャ女子の一言には自制が効かなくなってしまったのだ。

























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る