#2

 2024年9月16日月曜日、川崎市中原区、『フリーダム』にて


『フリーダム』に入ると、元気な女の子の声が響いてきた。


「いらっしゃいませー! 空いてるお席どぞー!」

「あー、のんちゃんだー!やっほー☆彡」

「おお、あづにゃん、やっほー☆彡 」


 あずさと親しげに挨拶を交わしているのは、のんのんというこの喫茶店のバイトである。

 本名を聞いたことは無いが、もちろん源氏名だと思う。

 俺ら3人はよくこうして『フリーダム』に顔を出すので、彼女とは友人なのだ。


「兄者もひーにゃんも、いらっしゃいませだニャ」

「今日もお邪魔するね、のんのんさん」

「邪魔だなんてとんでもないニャ、ひーにゃん。 ゆっくりしてニャ~」

「今日も精が出るなあ、のんのん。お前に休みはないのか?」

「のんのんには休みなんて無いニャ。このお店を全国一のメイド喫茶にするまでは、休むなんてありえないニャ!」

「のんちゃんはがんばりやさんなのです」


 いや……ここ、メイド喫茶じゃないと思うのですが……。


「……? 3人とも制服ってことは、今日は学校の帰りかニャ?」

「ああ、今日は全校集会しかなくて早く終わったのだ。そういえば、お前の通う学びはどこなのだ?」

「ニャフフ……のんのんを誰だと思っているニャ? のんのんは、武蔵小杉に舞い降りし、稀代のプリンセスなのニャ! 後世に語り継がれること間違いなし! 歴史好きな兄者も、のんのんのことは覚えておくべきなのニャ!」


こいつ……俺の問い掛けを思いっ切り無視したぞ……


「……記憶しておこう……して、お前も学生だろう? そんなに毎日バイトしていて大丈夫なのか?」

「…………あっ、お客様をこんなところに立たせておくなんて……のんのんとしたことが、不覚ニャ。3人とも、いつものお席空いてるニャ。ご注文のときは声をかけてニャ~」


 そう言って彼女は厨房の方へスタスタと行ってしまった。

 俺らも、いつも通り一番奥にある窓際のテーブルへと歩き出す。

 背後から、「今日もしゅんちゃんとのんちゃん、絶好調だねー」だとか、「あんな厨二の会話、ついていけんわ」だとか言っている小杉姉妹の声が聞こえてくる。





 のんのん。

 彼女は、一言で言えば、変わり者である。

『フリーダム』はただの喫茶店であるにもかかわらず、秋葉原にいるメイドのような格好でいつもバイトをしている。

 おまけに語尾に「ニャン」を付けたり、客のことを「○○にゃん」と呼んだりしている。

 まあ、俺のことは『兄者』と呼んでくれているのだが。

 話によると、さるゲームのキャラクターであるカリスマ猫耳メイドに心酔し、このようになってしまったということだ。

 まったく、おかしな奴だ。





 注文が決まり、店内をぐるりと見渡す。

 ピンク色のツインテールのロリっ娘が猫耳カチューシャをしている姿は店内のどこにいても目立つ。

 すぐにのんのんを見つけ、オムライスを注文した。





「そういえばしゅん。結局、夏休みの宿題って終わったの?」


 注文し終わると、ひかりが尋ねてきた。

 今年の夏、俺とひかりは勉強に明け暮れていた。

 まあ高3で受験生と呼ばれる学年なのだ。仕方がない。

 と言っても、俺は将来、この日の本を統治することが決まっているので大した勉強はしていないのだが。

 しかし、俺らの高校ではそんな忙しい高3にも大量の宿題を求めるのが伝統になっている。

 まったく何を考えているんだか……。


「ふっ、無論だ」

「ほんと? 夏休み終わる3日前くらいには確かなんも手を付けてなかった気がするのだが」

「無論、終わっているわけがなかろう」

「……おいおい」

「だがしかし! そんなこともあろうかと俺は先手を打っている」

「と、言いますと?」

「名付けて、”慶喜作戦”、だっ! 概要を説明してやろう。時は慶応3年10月14日……」

「はいはいいつものやつね。どうせ夏休み終わる前に先生に『提出遅れます。すみません』って連絡しただけでしょ」

「さすがひかり。分かっているではないか」

「あんたさ……内部推薦で名京大行くつもりなんでしょ? 提出物は出さないとまずくね? ねえ、あずさ?」


 ひかりがあずさに話を振ったが、彼女はぼんやりと窓から外の風景を見たまま動かなかった。

 その顔がひどく寂しげに見えて、俺もたまらずに呼びかける。


「おいあずさ……あずさっ」

「……んああっ、ごめんごめん。ボーっとしてたよー。えっへへー。で、なあに?」

「いや、ひかりが――」

「お待たせしましたー!」


 声の方に振り向くと、のんのんがカートに4つの皿を乗せて持ってきたところだった。


「ご注文いただいたオムライス3つだニャン。それと……」


 そう言ってのんのんはちらりとあずさの方を見やる。

 そして言葉を続ける。


「ちょっと元気のなさそうなあづにゃんにサービスのロールケーキだニャ」

「え? いいの?」

「もちろん!これ食べて元気出すニャ~」

「ありがとー、のんちゃん。でもあづさは元気いっぱいだよ」


 あずさはそう言っているものの先ほどの様子は少しおかしいように感じた。

 普段いつでもどこでもへらへらしている彼女があんな深刻そうな顔をするなど、よっぽどのことがあったのだろう。

 ひかりは彼女の姉なので事情を知っているのかもしれないが、俺は何も知らない。心当たりもない。

 まあ、注意深く見守っておこう。

 俺の妹みたいなもんなんだし。

 あずさにはいつも笑っていてほしいし。



 それにしても……

 のんのんは俺らが席に着く前のあの短い会話で、あずさの様子が少しおかしいのに気づいたのだろうか。

 つくづく恐ろしい娘だ。

 飄々としていて何を考えているのかまるで読めない。



 そんなことを思いながら彼女が運んできたオムライスを口にする。

 そのオムライスにはいつもと同じようにケチャップで文字が書かれていた。


 ”正義って何ぞ?”









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