#1

 2024年9月16日月曜日、川崎市中原区、名京大学付属高校にて


「いいないいな、にんげんっていいなー♪」




 全校集会が終わると、俺らのクラスはすぐに解散になった。


「よお峻平しゅんぺい、この後昼飯行かない?」

「あー申し訳ない、先客があるのだ」

「ひかりちゃん?」

「ひかりも来るのではないかな?」

「うわー、ま、うまくやれよ」

「何度も申しているが、俺とひかりはそんな関係ではないのだからな」


 クラスメイトは俺が弁明をし終わらないうちに向こうの方へと去ってしまった。




 俺は待ち合わせ場所の第一校舎の玄関へと向かう。

 第一校舎は13階建てであり他の校舎とは一線を画している。

 中にはエスカレーターもあるが、高校生は使用禁止という謎のルールがある。

 教師や職員はエレベーターを使っているため、誰が使っているのかは不明である。

 それはともかくとして、とにかく目立つ外観のため、待ち合わせ場所にはうってつけなのだ。




 第一校舎の玄関に着くと、見慣れた姿があった。


「早かったのだなあ?我がいもよ」

「わあ、しゅんちゃんだあ!!! やっほー☆彡」


 こいつは小杉あずさ。

 ド天然でいつもニコニコしている。

 いつも俺についてきてくれる健気なやつだ。


「あっ、こんにちは、佐田さん」

「おお、のぞみ。お前もいたのか」


 彼女は中原望海なかはらのぞみ

 あずさのクラスメイトだ。

 小学校時代から仲が良く、家にも遊びに来ることが多いので、俺もよく知っている。

 それにしてもこいつは小さい。

 自称、身長152センチのあずさにすら隠れてしまう程だ。

 だからいるのに気付かなかった。


「それにしてもお前、相変わらず背が低いなあ」

「あー、しゅんちゃんそんなこと言っちゃいけないんだよー。のぞみちゃんはこれから伸びるのです。ねー」

「いやあ、私は小5で身長止まっちゃったから……」

「牛乳をいっぱい飲んで、お魚をいっぱい食べるといいよー。そしたら、しゅんちゃんを見下ろせる日が来るよー、えっへへー」

「うん、そうしてみる」

「ふん、それは無理というものだな、のぞみよ。諦めるのだ。それとあずさ! いつも言っているが俺のことは『兄者』と呼べ」

「えー、しゅんちゃんの方がかわいいよー?」

「かわいいかわいくないの問題ではないっ。俺はお前の『兄者』なのだ、分かったな?」

「ふうん、そうなんだー」


 こいつ……絶対分かってないな。

 事実、何度こいつに注意しても直さないのだ。


 ここで、少しだけ自己紹介をしておこう。

 俺は佐田峻平。

 名京大学付属高校の3年生、いずれこの国の天下人になるであろう人物である。

 以上。


「あっ、もうこんな時間。私、もう行かないと」


 のぞみが声を上げてあわあわし始めた。


「えー、のぞみちゃん一緒にご飯行かないのー?」

「うん、ごめんね」

「今日もバイトなのか?」

「はい、そうなんです……ご一緒できなくてごめんなさい」

「ねーねー、そういえばのぞみちゃんって、なんのバイトしてるのー?」

「……それは乙女の秘密ってことにしといて」

「えー、あづさは立て続けにガッカリなのです」

「まあ、頑張って来いよ」

「はい!ありがとうございます。それじゃあずさちゃん、また明日」

「うん、じゃあねー☆彡」


 のぞみが慌ただしく小走りで去っていった後、入れ替わりのように茶色い髪をポニーテールにした女子生徒が現れた。


「お待たせ」

「お姉ちゃん、やっほー☆彡」


 彼女は小杉ひかり。

 あずさの実の姉である。

 俺とこいつは同い年で、幼稚園からの付き合いだ。

 まあ、腐れ縁というやつだ。

 それにしても……こいつらは本当に血がつながっているのだろうか。

 全く似ていない。

 ひかりは茶髪だが、あずさは黒髪。

 ひかりは女子にしてはそこそこ背は高いように感じるが、あずさは先述の通り、152センチだ。

 3年間一緒に住んでいても似たところを見出すことができないのだ。

 そんな疑いの眼差しで2人を見比べているとひかりが俺を睨んできた。


「しゅん、あずさに変なこと言ってないでしょうね」

「まさか、言っているわけないだろう。ただ俺のことをいつまで経っても『兄者』と呼ばないから、そう呼ぶよう教育していただけだ」

「そういうのをやめて欲しいわけ。アンタの変な趣味が妹に乗り移ったらどうすんのよ⁈」

「良いことではないか。俺はいずれこの日の本を統べる男。故に俺が正義なのだ」

「はいはい分かりました。行こ、あずさ」

「うん、行こー、お姉ちゃん」

「おい! 俺を置いていくでない」




 夏休みが終わったとはいえ、まだまだ暑い。

『フリーダム』への道をのんびり歩くだけで汗ばんでしまう。

『フリーダム』というのは武蔵小杉駅前にある、俺たちの行きつけの喫茶店のことだ。

 昼食はそこで済ますことになった。


「ねーねーしゅんちゃん、なんでうちの学校の校歌ってあの歌なのー?」

「ああ、あれか」

「なんでも、名京大学の総長さんがあの曲が大好きみたいで、そのまんま校歌にしちゃったらしいよ」

「えっ、そうなのお姉ちゃん?」

「パパが言ってた」

「へー、そうなんだー。すごいねー、パパは」


 小杉姉妹のパパさんはこの土地の大地主の末裔で、町内会の役員をしているみたいだ。

 その会合の中で、そういう話になったことがあったのだろう。

 全くその総長さんっていうのはどんな変人なのだろうか。

 俺は既存の歌を校歌にするのはなんか違う気がするし、それも『にんげんっていいな』を選曲するのは悪趣味だとしか思えないが。


 そんなくだらない話をしていると、気づけば『フリーダム』の店頭にいた。







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