転生者の友人を見送った話

風助

第1話

ああ、すみません。ぶつかってしまいましたね。

.........いえ、歩道の真ん中でつっ立っていた僕が悪いんです。

ああ、この花ですか? 先日、ここで友人が事故に会いましてね。

はい。死んでしまいました。トラックに跳ねられて。即死だったんです。

...........え? ああ、そうです。僕、彼が跳ねられる瞬間を見てたんですよ。

それで、なんでこんなに平然としているのかって? 

うーん、ちょっと長い話になりますけど。もし、お時間あれば聞いていきますか?




彼と出会ったのは、去年の九月頃でした。ちょうど、夏休みが終わってすぐですね。

夏休み明けの教室で、先生に促されて入って来た彼を見たのが、最初でした。

妙な時期に転校生が来たな、と思ったものです。

いえ、でも実際は、彼は転校生ではなかったんですけどね。なんでも、彼はもとから僕らの学校の生徒で、一年間休学してたらしいんです。それで、一年ぶりに復学したというわけだったんです。なんか、妙な話ですよね。休学っていうなら、まあそれなりの事情があったんでしょうが。それを差し引いても、夏休み明けに突然復学するというのが、時期としては変じゃないですか? まあ、比較対象がないので、分からないですが。


それで、ざわめく観衆を前に、彼はまあ月並みな自己紹介をしたわけですよ。その時の彼の顔が妙に印象に残っていましてね。変に強張っているというか。

......ああいや、そりゃあ勿論、久しぶりの学校で、知らない生徒ばかりに混ざるとなると、誰だって不安になるし、緊張するでしょう。でも、あの顔はどうも、それだけじゃないように思えましてね。まあ、そう感じたのは僕だけかもしれないですけど。


――なんというか、不満げに見えました。現状に不満があるというか.....この場にいることが、凄く不本意なように見えたんです。まあ、なんでこういう顔をしてたのかは、後々分かるわけですが。.....ええ? ああ、焦らしてるわけじゃあないですよ。こういうのは、ちゃんと段階を踏んで丁寧に説明したほうが、分かりやすいんです。

まあ、僕の美学みたいなものですが。


それで、彼が復学して少しした頃に、ぼくは彼に関するある噂をきいたんです。

なんでも、彼、一年間行方不明だったとか。それが、神隠しにあっていたんじゃないか、なんて風聞があったんです。さすがに、笑っちゃいますよね。神隠しだなんて。

でも、気になってあとで調べてみたら、彼が一年間姿を消していたのは本当だったみたいです。一年前の夏、彼は『近所のコンビニにアイスを買って来る』、と出て行って、そのまま家に帰って来なかったそうです。それで、去年の夏前に突然、戻ってきたんだとか。そこまで調べたら、ぼくもなんとなく思い出しましてね。そういえば、行方不明になった先輩がいるっていう話が、去年、噂になっていたなって。


もちろん、警察も動いていたようですが。全く足がかりはつかめなかったようで。

そんな警察をあざ笑うかのように、ある日忽然と、彼は戻って来たそうです。その後、警察とどんなやりとりがあったのかは、僕も知りません。でも、誘拐とかでは無かったみたいですね。家出、とかになったんでしょうか? なんにしても、大して事件性はないと処理されたようです。まあ、これも妙な話ですが。


彼はですね、見た目は平々凡々、十人十並、可もなく不可もなく、といった普通の容姿でした。日本人らしい黒髪に、日本人らしい黒目。特段優れたところも際立って目立つようなところもありません。

ですが、中身がね。ちょっと変わっていましたから。

クラスでは、正直浮いていましたね。ああいや、クラスのみんなは気の良い人ばかりですよ。だから、いじめとかは全く無かったんですけど、ちょっと遠巻きに見ていた感じはありますね。


なんといっても、彼の発言が、ときどき妙に幼いといいますか.....分かりやすくいえば、厨二病? みたいな。うーん、やっぱりちょっと違うかな。そこまで露骨な感じでも無かったですね。でもなんか、『自分は特別なんだ』みたいなそんなニュアンスのようなことを言ってましたね。それで、稀にクラスの人や先生のことを下に見るような発言もありました。ただ、そこに悪意は無かったんですよ。


悪意なく、人を見下すって、うまく表現できないですけど.....なんていうか、慈悲深い王様みたいな感じでした。彼は特に優れた人間ではないはずなのに、誰に対してもちょっと不遜で、傲慢で、それでいて寛大? みたいな感じ。

哀れな民草に、慈悲深く情けをかけてあげる.....そんな態度でした。

恐るべきことに、誰に対してもです。

うんと年嵩の人間に対しても、子猫に餌をやるみたいな感じで接していましたからね。いや、あれほんと凄かったですよ。


でも、彼の凄いところはそれだけじゃないんです。なんか、妙に自己肯定感の強い人でした。誰もが自分のことを大好き、という前提で話を進めるんですよ。この共感の時代に、彼の様に生きることは、ある意味理想なのかもしれませんがね。流石に、こういう態度には、クラスのみんなも気味悪がってました。でも、あまりにも彼が、それを世界基準のように平然と過ごしているものですから、なんだか、困惑が勝るようになりましたね。所謂、変人っていうのは、クラスに一人や二人はいるものですが、そういうのでも、大抵は常識の範囲内で変人をやっているものです。でも、彼は完全に別次元にいましたね。どこか、違う世界の常識を振りかざしているような、空恐ろしい感じ。分かりますか? まあ、分かんないですよね。


僕と彼が仲良くなったきっかけがありまして。下校途中、道路の端にね、鼠の死骸が転がっていたんですよ。ほら、たまにそんなことあるじゃないですか。烏にやられた雀の死骸が落っこちてたりね。そういう感じで、道の端にぞんざいに転がってたんです。腹が裂けてて、赤黒い血がアスファルトに染みついてて、虫がたかってました。ああ、ご気分を害されたらすみません。え? グロイのは大丈夫なんですか? はは。あなたも物好きですね。


でも道行く人は、当然みんな避けて通ってましたよ。女子高生なんて、見るのも怖いーって。僕も、当然避けて帰ろうと思ったんですが。

彼がね、その鼠の死骸の前で急に立ち止まったかと思うと、そのまま手づかみで鼠を持ち上げて、さっさと歩いていったんです。僕、驚いてしまって。だって、手づかみですよ? 手袋とかも無しで、素手でした。ほんとに躊躇なく平然と死骸を持ったんです。それで、僕、好奇心に勝てずに彼についていったんです。


そしたら、ちょっといったとこの雑木林の土にね、彼が穴を掘っていたんです。何をしているのかと思ったら、鼠の死骸をそこに埋めて上げてたんですね。埋葬をしていたわけです。それで、僕は初めて彼に話しかけたんです。

「なんでそんなことをしてるんだ?」って。

そしたら彼は

「あのままだと可哀想だろ」

って言ったんです。

それで、なんというか.....僕は彼のことを、本物だな、と感じたわけです。

なにが本物なんだって? そう問われるとうまく説明できないわけですが......こう、彼の傲慢な慈悲深さは、薄っぺらいだけのものじゃないのかもしれない、と思ったんですね。彼の中には、彼なりの正義と理念がちゃんと通っているのだろうと、そんなことを思いました。


それから、僕はよく彼に話しかけにいくようになりまして。彼の方も、最初の頃は僕に対して、疑心の目を向けていましたが、段々と心を開くようになってくれました。

それでも、彼のどこか横柄な態度は変わりませんでしたが。でも、話してみると、非常に倫理観のしっかりした、優しい人だということが分かったわけです。


ただ、一つ気になった点がありまして。

彼は努力というものを全くしかなったんですね。勉強も運動も全くなんにもしなかったんです。授業はまあ、ぼんやりでも聞いている感じはありましたが、テスト勉強なんかはほんとに一つもしなかったみたいです。運動も、体育の授業でもあまりやる気がある感じには見えませんでしたね。ああ、でも一度だけ、体操の授業の時に何を思ったのか、よく分からない異国の言葉を叫びながら、八段の跳び箱から飛び降りて、頭からマットに落ちて怪我をしたことがあるんです。その時は、ちょっと騒然としていましたね。彼が何を思ってそんなことをしたのか、僕には分かりませんが、なにかが失敗したんでしょうね。彼は不満そうな顔をしていました。


でも、それよりも異様だったのは、彼の平然とした態度でした。普通、勉強も運動も出来なかったら、落ち込みませんか? 理想と現実のギャップに打ちひしがれたり....いくら自分のことを「出来が悪いから仕方がない」なんて自嘲していても、どこかでは努力しないと、って思ったりしますよね。将来のこととかで不安になったり.....いつまでもこのままじゃダメだって思ったり。

そういうのが、彼には全くと言う程ありませんでした。運動も勉強も出来ない、向上心もなく、努力もしないのに、妙に自信有り気なのが僕には不思議でしょうがなかったです。


でも、これまで感じて来た諸々の彼に関する謎が、ある時突然解けたんです。

ええ、気になりますでしょう?

放課後の教室、たまたま僕と彼しかいないときにね、彼がこっそり教えてくれました。

「俺は、異世界に居たんだ」って

この一言だけで、僕はピンときましたよ。彼が居なくなっていた空白の一年間のことを指しているのだと。正直、僕は興奮していました。やっと、彼がそのことを話す気になってくれたのかって。だって、彼がこんなにも周囲と違う人間であるのは、一重にその一年間に原因があるものと思っていましたから。


なんでも彼は、一度死んで異世界に転生したって言うんです。コンビニの前で何者かに刺されて死んで、気が付いたら異世界に居たとかって。


彼が言うには、その世界は、所謂RPGゲームのような、剣と魔法のファンタジーみたいな場所だったようです。そこで彼は、剣と魔法を使って悪い敵を倒すことを目的として冒険をしていたとか。その世界では既に、彼は最強に近い力を持っていて、仲間や街の人々からも人望も厚く、英雄のような扱いをされていて、加えて美少女の恋人もいるのだとか。


.......ええ、まあはい。陰キャの妄想にしてもひどいですよね。流石の僕も失笑してしまいました。これって、あれみたいじゃないですか? ほら、最近流行りの異世界転生モノっていうやつ。あまりにも男の都合の良い妄想が詰め込まれてる感じが......いや、理想ですけどね。もちろん。そりゃあそんな世界あったらいいなって思いますけど、現実まで引きずってくるのは、流石に痛すぎやしませんか?


それでも、彼は本気のようでした。考えてみたら、彼は出会ってから一度も嘘をついたことが無かったんですよ。だから、なんかこう.....ただの妄想にも思えなくなりましてね。でも、これで彼の今までの不可解な行動や態度の謎が解けたわけです。彼が努力を全くしなかったのは、この世界でのことは、あっちの世界では関係ないから、らしいです。彼は、その異世界とやらに帰りたがっているようでした。この世界は自分の生きるべき世界ではない、と言っていました。


冬が過ぎて、春が来た頃には、彼はすっかり元気を無くしていました。彼は相変わらず向こうの世界に帰りたいとずっと言っていて、同時にこの世界は俺の本当の世界じゃない、と言っていました。

僕は、まるで売れない作家みたいなセリフだな、と思いました。結果が出ないのは自分が悪いのではなく、自分を受け入れない世界が悪いんだ、と言っているように聞こえました。


僕は正直、彼の言っていることがすべて本当だとしても、彼はこっちの世界の人間だと思いました。だって、彼はこの世界で生まれて十何年生きてきたわけですよ。たかだか一年そこら別の世界で過ごした程度で、その世界の人間っていうのは、変じゃないですか。だから、彼はきっとこっちの世界に帰されたんじゃないか、って思ったんです。それなのに、いつまでも戻れない世界に執着し続けるのは、滑稽を通り越していっそ哀れでしたね。

真実、そのころには、僕の目には彼はとても可哀想な人に見えていました。彼はこの世界で希望を見出すことが出来なかったんです。このままこの世界に居ても、彼は一生なんの努力もせずに、いつか向こうの世界に帰れる、という淡い期待だけを抱いて生きることになったでしょう。


だから、そこの横断歩道で彼がトラックに自ら飛び込んでいったのを見た時は、もちろん驚きもしましたが、同時に納得もしました。

彼は、自殺というよりも、もう一度異世界に転生するためにトラックに轢かれたんだと思います。彼が実際に、異世界に転生できたのかは、分かりません。そればっかりは、神のみぞ知る、というやつでしょう。でも、死体はしっかり残っていましたし、ちゃんと荼毘に伏して埋葬されたようです。この場合、転生に成功していたとしたら、やはり魂だけが向こうの世界に行ったってことになるんでしょうかね。いやでも、そしたら一度目の転生でなんで死体が残らなかったのか.......まあ、いいか。そのあたりはファンタジーですもんね。便利な言葉ですね。僕大好きですよ、ファンタジー。


でも、彼が転生できていたとしても、普通に死んでしまっただけだとしても、僕はどちでも良かったんじゃいかって思うんですよ。え? 友人が死んだのにひどいって?

そりゃ、もちろん悲しいですよ。僕は、彼のことは好きでしたからね。


でも、どのみち彼には自殺しか残されていなかったような気がするんです。このまま届きもしない願いだけを夢見て、がらんどうな人生を送るよりも、思い切って行動に起こすほうがよかったんじゃないかって。彼が実際、転生できずに死んでしまっていたとしても、彼は死ぬその瞬間まで向こうに行くことを信じていられたわけじゃないですか。だから、生きているうちにこれ以上絶望せずに済んだわけです。

僕としては、この話をめでたしめでたしで締めくくっていんじゃないかと思うんですが。


え? 僕が怖い? あはは.......参りましたね。でも、確かに酷薄に聞こえるかもしれませんね。まあ、これはあくまでぼく個人の視点から見た彼の話ですから、もしかしたら、彼には別の思惑があったのかもしれません。


――随分、話し込んでしまいましたね。そろそろ雨も降りそうですし、もう僕もこれで失礼します。

どこかで会うことがあれば、また。






























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