よろしくま・ぺこり聖獣激烈伝

よろしくま・ぺこり

第1話 よろしくま・ぺこりの最期……

 横浜市港北区大豆戸町にできた華麗宗親慈山天熊寺の地下にある、ボランティア・テロリスト『悪の権化』の秘密アジト。まるでアリの巣のように地下に広がる基地の最深部に『最高首脳会議室』がある。最近は新型コロナウィルスの流行のせいで、この組織のトップである、棟梁で大元帥、よろしくま・ぺこりが完全なる引き篭もり状態になっているために、会議など全く行われていなかったのだが、この日になって突然、組織のNo.2である、総大将代理兼ぺこり十二神将筆頭のネロ・ウルフが、重臣たちに緊急会議の招集を掛けた。内容は明かされていない。


「はて、最近はコロナも弱毒のオミクロン株だから特に『見廻り先生』をやることもないよな?」

 十二神将一番の暴れん坊、悪童天子が隣りを歩く、同じく十二神将の知将、普賢羅刹に喋りかける。

「いや、また変異した可能性もあるでしょう。オミクロン株は予想外に感染力が強かったから、仮にそれに強毒性が加わった変異株になれば、また危険ですよ」

「そうかあ」

「しかし、悪童さん。『見廻り先生』なんてネロ総大将代理に行ったら『ふざけるな、普通にパトロールと言え!』って怒られますよ」

 とこれまた十二神将の萬寿観音が笑いながら言った。

「そうだな。総大将代理どのは冷静沈着すぎて洒落がわからんからなあ」

 悪童がそう言って笑うと二人もつられて笑った。まあ正直、それほどの緊張感はない。『新型コロナウィルス』については『悪の権化』の上級医療チームがほぼ完璧なワクチンを開発、生産に成功しており、組織や近隣住民らにはこっそり接種している。さすがに全世界に行き渡らせるほどの生産力はないのだ。だが、組織の回りにおいてはこの先に、他地域でどんな変異株が出ても罹患者は出ないのだ。


「じゃあ、なんのための緊急会議なのでしょう?」

 統合参謀本部第一総長の羽鳥真実が後方から訊ねて来る。

「本格的な核兵器全面強奪・廃棄作戦では? わたし、草案作成の命を半年前に大元帥がら頂いていて、二ヶ月前に原案の初稿を大元帥に提出したのですが、以後なしの礫で気になっていたのです。仕事の早い大元帥らしからぬ遅滞です」

 さらに後方を歩いていた統合参謀本部第二総長の天馬翔が言う。

「天馬さん、そんな命令受けていたの? わたしは全く訊いてないよ」

 羽鳥がかなり動揺している。

「やっぱり大元帥って古株のわたしより、若い天馬さんの方を買っているんだなあ」

 羽鳥がしょぼくれる。

「でも、羽鳥さんには毎朝の町内清掃監督がありますから。近隣の方とのコミュニケーションは重要ですよ。羽鳥さんは奥さま方に人気がありますしね」

 と天馬がとりなそうとしたが、どう考えても逆効果である。奥さま方とはおばちゃんたちという意味だ。


 十二神将を先頭に、統合参謀本部上席、軍事大将格、軍師団、忍者衆頭領、文官長官クラスたちが勢揃いして、この会議の司会役である総大将代理兼十二神将筆頭の“孤狼大将軍”ことネロ・ウルフのお出ましを待つ。ここ数年『悪の権化』創設者であり棟梁、大元帥・エゾヒグマの聖獣である、よろしくま・ぺこりは生来の横着な性格からほぼ全てのミッションをネロに丸投げして、天熊寺の敷地の森の奥、一般人には絶対に見えない場所に建てられた仏舎利五重塔、通称『青龍塔』の最上階に拵えた自室に万年床を敷いて、趣味の読書とネットでの駄文書きをずっと寝転んでしている。


 しかし、今年の春にはユーラシア大陸で起きた数々の軍事クーデターや人権弾圧をテレビで観て大激怒し、愛馬であるユニコーンとペガサスのハーフで超巨大な『青兎馬』に誰にも伝えずに騎乗・飛翔して、単騎東南アジアの軍事クーデター発生国家ミャンボー、少数民族人権侵害の中華共産国、お話にもならない独裁国家ノースコリアン、民主主義の根幹を揺るがす独裁大統領がのさばりすぎたロシナ連邦、イスラーム原理主義者が乗っ取り女性を中心に人権を侵害しているアフガニスチャンなどにに空中から高速で乗り込み、悪徳政治家や軍人たちをその前脚の爪と鋭い牙で首級を獲りまくり、慌てて追いついてきたネロたちが到着した時には、庶民や民主的活動家以外で生き残ったものはほとんど皆無という、ある種の血の一頭暴力革命を成し遂げて、民衆と陽気にソシアル・ダンスパーティーを開いて愉快に笑っていた。十二神将たちは「大元帥、未だ衰えなしか!」

 と全身からの冷や汗が止まらなかったという。やろうと思えば今持ってして、世界を地獄にも極楽にも作り替えられるのが、よろしくま・ぺこりなのだった。


「結局さあ、美味しいとこだけ持っていって、世界中のメディアにチヤホヤされて、エリザベス女王からエゾヒグマ史上初めての大英帝国勲章を頂いて、日本の岸部総理もしょうがないからって、慌てて『国民栄誉賞』をくれちゃってさ。いつも大元帥は与党批判ばっかりしてるくせにさあ。それに、エゾヒグマなのになんでテレビカメラの前で笑顔が作れるんだろうなあ? くまに表情筋ってあるのか?」

 所定の座席についても悪童天子は回りの神将たちに喋り続けていた。一見、上司批判のようにも見えるが、実際には悪童こそが最もぺこりに心酔して信頼もしている部下であった。悪童は幼少期より心に天使と悪魔が同居する真性の二重人格障害があり、むかしはそれをコントロールできず一人で悩んでいた。その気持ちを察して、いろいろと親身になって相談に乗り、的確なアドバイスをし、良いメンタルクリニックを紹介したのがぺこりである。そのおかげで徐々にセルフコントロールが可能になり、戦闘時には悪魔の如く残酷に敵を殺すが、平時にはのらねこを拾って保護猫活動をしているNPO団体に預けたり、寄付もしたり、道で困っている人たちをスマートにさりげなく手助けできる身体のやたらでかい兄さんにもなれたのである。ぺこりがいなければとっくに国家に抹殺されていたであろう。

 他の神将たちや大将たちも多かれ少なかれぺこりから愛情や信頼を受けていた。それはぺこりがただのエゾヒグマでも怪獣でもなく聖獣であるからだと皆が思っている。ぺこりは神仏に選ばれて地上の守護獣としてこれまで働いてきたのだ。


「あれ、大軍師がいらしていないですね?」

 若き十二神将、曲垣凡太郎がいう。彼は十二神将一の馬の乗り手である。大軍師とは通称“宇宙一の大軍師”諸葛純沙、女性・26歳、スーパークールビューティーのことである。実際に遠い銀河出身の宇宙人である彼女はぺこりの親友、孤雲堂主人という人が日本最古の帝国『大涼帝国』の皇帝に時空のずれでなってしまった時に『お百度参り的な礼(百顧の礼)』を行ってわざわざ地球に連れて来たほどの、恐るべき能力を持つ軍師である。孤雲堂主人と淡い恋仲になったこともあるが、宇宙での戦闘中に突然発生したブラックホールに突っ込んでしまい、頭を強打して記憶喪失になってしまった。その間に案外と薄情だった孤雲堂主人は養父の噺家・萬願亭道楽から長年断られ続けられていた弟子入りを、突然に許され萬願亭洒落という、現在では実力もトップクラスの超人気噺家になってしまって、あまりに忙しすぎ、二人の関係は自然消滅してしまった。その後、記憶自体はほとんど回復して、一人の中年文学部教授と犬猿の中になった。ところが肝心の天才的軍事力は全然戻らず、天熊寺の経営する学園の理事長などをしていたが、これまたある日突然現れた謎の空間『ホワイトホール』に巻き込まれて、地上に叩きつけられて奇跡的に軍事の記憶が戻った。その後、ぺこり配下の大軍師という称号を与えられ統合作戦本部の頂点で戦略を立案し、無敗の女王となったのだ。だから緊急性の割と高そうなこの臨時会議に彼女の姿がないのはおかしなことである。


「そういえば、水沢舞子さんや、かっぱくんもいませんね。いつもなら資格もないのに特例で来ているのに」

 これも若手十二神将、足利頼輝である。この男はぺこりの組織の剣豪の系譜、狂気の剣豪・銘抜刀老人、超速の太刀筋を持つ、とても無口な剣豪・目黒弘樹の二人の薫陶を受けた現役最強の剣士である。


 水沢舞子は、作者の駄作をご覧の方ならご存知だろうが日本を代表する大女優で、永遠の24歳である。元はロシア、ノースコリア・中華の重なる危険な場所で、兄の水沢舞踊とともに捨てられていた、男女の一卵性双生児であり本当の国籍や氏名などは全くの謎である。満州帝国の王子と王女という噂もあるが時間的には矛盾があり憶測の域を出ない。そこに、たまたま一匹狼ゆえに放浪の旅をしていたネロに拾われ、新天地を求めて日本に来たネロが、横浜文化体育館でかっぱくんと『家臣募集中』をしていたぺこりの前に現れ臣下になる条件として、幼い二人を養育するという約束を取って一匹狼がエゾヒグマの忠実な片腕となったのである。男子の舞踊は身体に多数の障害があり特殊な車椅子と酸素吸入が必要だった、頭脳だけが途轍もない天才であり、ずっとスペイン・アンダルシアでぺこりの知り合いのだった腕利き医師の治療を受けていたが、なんと不自由な身体をフル活用して自分で自分のサイボーグを作り、脳までも一人で移植して健常な人工の肉体になり、現在は『悪の権化』科学技術部門のサブ・リーダーとして新しいツールを日夜作っている。リーダーにまでなれないのはぺこりの組織に古くからいて、年長でもあり能力がほぼ拮抗している仲木戸東がいて、二人は天才同士で仲が良いからである。舞踊はハンディーな装置、仲木戸は巨大兵器作りが得意なので棲み分けは容易なのだ。


 舞子は子役から天才的な才能を持ってマスコミに注目されていたほど、生まれついての俳優であり、大作映画からホームコメディーまでなんでもこなせるし、ダンスもバッチリである。ただ、ミュージックの才能が……音痴とは言わないのだが、いつもは美しい声なのに、ミュージックを歌うと葛城ユキになってしまい『Bohemian』しか披露できないのだ。ゆえにミュージカルの舞台はNGである。ここ、笑うところだよ。


 かっぱくんというのは本物の妖怪の河童なのだが、不幸にも手足に水掻きがないという、河童としては致命的なハンディキャップがあり「カナヅチ」なのだ。

 必死に練習しようとスイミングスクールに入ろうとしたが「プールが生臭くなる」という妖怪偏見で拒絶され、仕方なく鶴見川で実践練習を試みて「リアル河童の川流れ」となって溺れているときに、まだ貧乏なエゾヒグマだったぺこりに救われた。とても賢くないというか超おバカさんでやることなすことダメダメな河童なのだが、実は河童王国の元皇太子で、廃嫡されるとき父王河童から10億円の手切金を貰っていた。ぺこりはそのお金を借りて現在の組織の基礎となる資金をその頭脳をフル回転して作ったので、結局のところ、お互いに恩義があるのだ。元来『悪の権化』は実力本位なので無能なものはすぐに切り捨てるのだか、かっぱくんはおバカさんなのに唯一、皆から許されている。実はぺこりのストレス発散の精神安定剤だという説も唯一の親友という説もある。


 若干の欠席者がいるようだが、なにかのミッション中の可能性が高い。科学技術関係の者は作業をしつつリモートで参加するものも多いだろう、現に仲木戸は来ているが、水原舞踊は不在だ。天熊寺住職と十二神将兼任に戻された雷音金愚も来ていない。法事がまた立て込んでいるのだろうか? それとも初詣用の供物や御酒などの準備監督か? 天熊寺は御朱印状や御神籤、御守り等の販売は一切しない。基本的には境内に作られた庭をのんびり観ていただくのが目的だ。「賽銭箱など愚の骨頂である」雷音は言っているが参詣客の中には六地蔵や、不動明王の眷属たちの像の前に小銭や時には紙幣を寄進される方がどうしてもいる。そう言うお金は全て、悪童天子が寄付しているNPO団体『ねこちゃん愛護協会』に寄付している。最近ではそちらが預かっている保護ねこのうち、おとなしい仔を境内に放している。しかも家出をしないようICチップを埋め込めて『悪の権化』内の追跡カウンターで妊娠したり、怪我をして動きが辛い隊員がねこの監視をしている。参詣者の中には「なんでイヌは飼わないんだ!」などと無意味なクレームをつける人もいるが、ぺこりがイヌ苦手なので仕方がない。しかし、そうは言えないので「イヌは保健所の観察がいるんですよー」などと言って納得させる。それでも納得しない人にはもれなく山法師衆が接待するこちになっている。もちろん薙刀もついてくる。(模擬刀ということになっている。『悪の権化』は警察庁上層部とツーカーなので問題なし)


 さて、扉が開き、総大将代理兼ぺこり十二神将筆頭・孤狼将軍ネロ・ウルフが入ってきた。彼の威圧感のため、会議室の空気が一気にピリッとする。彼とて穏やかな時もあるし、部下には大変優しいが、ミッションが始まれば目の色が変わる。元々シベリアのホワイトウルフの血が混ざった獣人という噂のある男だが本人がぺこりにしか身の上話をしていないのでわからない。ぺこりはいい加減そうで口がかたい。ネロもぺこりの前では忠犬のようになり、口が軽くなる。

 オオカミは集団で狩をする動物だ。だから、ネロの集団戦でのリーダー・シップは優秀である。それ故に誰一人、彼が総大将代理であることに不服はないのだ。ぺこりとネロの唯一の違いはユーモアと鷹揚さああ二つだね。それ丈だ。


「全員、敬礼!」

 奏上官役の鶴一声がよく通る声で警蹕を発する。

「直れ!」

 すると、ネロが、

「座ってくれ」

 と若干疲れのようなものを見せる。なにかあったのか?

 皆が動揺を抑えているのがわかる。


「皆に、とても大事なことを伝えなくてはならない」

 ネロが口を開いた。

 その瞬間、張り詰めた空気が一気に爆発し、皆の喧騒が乱反射した。

「静粛に!」

 鶴一声の響きわたる声でようやくざわめきが落ち着いた。

「ネロの兄貴、なんなんだよ。おかしいよ! なにが起きたんだ!」

 悪童天子が立ち上がって詰問する。

「悪童、座れ。今からその話をするのだ。お前が騒げばみな騒ぐ。自重しろ」

 ネロの声は鋭い。まるで牙のようだ。

「わ、わかった。もったいぶんなよ」

 悪態を吐きつつも悪童は着席した。

「よし。皆、一回、深呼吸してから訊いて欲しい」

「はっ!」

 会議場の皆が深呼吸をした。もちろん悪童もだ。

「うん、では皆にお知らせをする……我らが親愛なる棟梁、大元帥、よろしくま・ぺこりさまが後危篤……我が組織の名医グループの診断の結果……難病、エキノコックスに罹患……多臓器不全で……もって、あとい、五日。いいか! あとたった五日でぺこりさまは旅立たれるのだ。皆、ぺこりさまには大恩を頂戴しているはずだろう。いいか、騒ぐことなく、職位の上位のものから心静かにお別れのご挨拶をする頃……ぺこりさまは既に意識は不明。もはや意識を取り戻すことはない、と医師団が言っておる。彼らに誤診はない! 間違っても医師団に当たらぬこと。面会時には取り乱さぬこと。取り乱したる者はすぐに放り出す。さあ、十二神将らよ、自分らのことだけ考えず、あと5日で全員がご挨拶をできるように調整をしろ。統合参謀本部も一緒だ。いいか、たとえなにがあっても我らの組織のシステムや、ネットワークなどは一切止めないこと。地方従事者のご挨拶は不可能である。各部門の本部長から、リモートで連絡を任せる。悪いが、質疑応答をすることは、この私であっても今はできない。許してくれ。深くお詫び申し上げる……以上。散会!」

 そういうとネロは深く皆に一礼して、足早に退室した。


「全員、聴かれよ。総大将代理が仰った通り、十二神将及び地烏合参謀本部幹部は共同で、大元帥へのご挨拶のスケジュールを調整されよ。他の者は、心中の動揺を鑑みできる範囲で通常業務につかれよ。だだし、それが無理であれば所属長に申告した上、休憩を心落ち着くまでしてよし。緊急ベッドルームも開放します。倒れそうなほど動揺したものは心身を休めよ。無理は不要だ。大元帥も皆が具合を悪くしたら悲しまれよう……あのお方は……大元帥さまは心優しきお方である。よし配置に釣られよ!」


 鶴一声は目を赤くしながらも、冷静に命令を伝達した。この男とて、五十代で勤めていた建設系の大企業で派閥争いに巻き込まれ、辞職させられて自殺を考えていたときに、なぜかぺこりにここへ呼び出されて、とうとつに組織入りした。

 ぺこりは日本、いや世界中の主要企業内部リサーチをさせていたのだ。鶴は実のところ過去もの建築、大型施設の建設のプロデュースのプロフェッショナルだったのだ。しかし、派閥の中の一人に気に入られ、管理職として経理部長という畑違いの職につけられモチベーションが下がってしまった。そして、派閥の長の不正出金の片棒を喝がされそうになって、それを拒否したために馘首されてしまったのだ。そういうもったいない人材をリサーチグループは見つけ出しぺこりに上げ、ぺこりは詳細な職務経歴のほか、人格や金遣い、ギャンブル、家族、女癖などをちょいと閲覧して、半分は勘で人材を呼びつけて、面接チームに会わせて報告を訊いて合否を決定していた。ぺこりは元来、なんでも一頭でやりたいクマなのだが、組織を大きくするためにはそれぞれの部門にプロフェッショナルかつ部下を育成することができる者を取り立てて、自分は戦争の時以外は、横着を決め込んでいたのである。故に『悪の権化』は表立ってはあるのかないのかわからないようなテロリスト集団として地下にこもっているが、実際には日本の大中小企業の70%は『悪の権化』の覆面企業であったり取引企業なのであった。当然、官公庁や国政、地方じちにも食い込んでおり、もはや無敵の組織を一代で作り上げてしまったエゾヒグマの成獣だったのだ。その他、宗教団体や皇室にも人は入っている。最も巨大なのは華麗宗密教であり、この末寺は全て、組織へ情報を送る出先機関である。もちろん、仏教他派はもちろん神道、キリスト教隔宗派、イスラーム教とも有効な関係を構築している。ただし、新興宗教は規模の多寡を問わず敵視していた。「あいつらはねえ、集金マシーンの詐欺集団なの。全然神仏も信者も愛していなんだ。だから、可能な限り潰すんだよ」というのがペコリの口癖であった。ああ、まだ「あった」と過去形で言ってはいかんな。


 天熊寺の敷地内ながら深い森に隠され、一般参拝客が見ることのできない場所にあるのが『青龍塔』、これは通称で正式には五重塔であり五重塔は釈迦はゴーダマ・シッダールタの仏舎利を納める建物である。これをサンスクリッド語でストゥーパと言い漢語にすると卒塔婆になる。お墓の後ろに納める板状のものであり、あれは五重塔っぽい形状になっている。用途は変わっているが。インドから中華に仏教が伝来した時、サンスクリッド語から漢語にいろいろなものが翻訳されたのであるが、当然、天竺側ではわかっている物事であっても、受け取る中華側では初見のものばかりなので、多く誤解されて解釈されている。しかし、この小説では、それどころではない事態が起きているので、いずれまたの機会があれば。


 この『青龍塔』の最上階に和室が一つある。ぺこりの居室である。襖を開けるとわかるのだが、狭い。十畳くらいか? 十畳なら広いとお怒りの読者もおられるだろうがこの部屋の主人は体長6メートル弱、体重700キログラムのエゾヒグマの聖獣、ぺこりである。これで、モノがなければまあなんとかなりそうではあるが、ペコリの趣味は読書。しかも読むより買うのが大好きな積読のクマであるので、書籍のヒマラマ山脈と書籍のアルプス山脈に単独峰がいくつかあり、どこかに故・植村直己氏のご遺体が眠っていそうな絶景が見られると思うのは本好きの方だけで、この塔で働く、美人腰元たちは、ぺこりの部屋に入る時は、本の雪崩で死ぬ覚悟をしないといけないのである。だから、ちょっとぼる塾の二名や3時のヒロインの二名のようなふくよかな方は臀部や胸部でドーンと特撮怪獣映画の一シーンのようなことが起こるので採用は見送れせて貰っていたのである。しかし、この本たちの所有者は大きな敷布団に大きな掛け布団。そしてチューブ類やコード類がたくさん身体に繋がれ、人工呼吸器も特注の物がグレーというが銀色の毛だらけの顔に装着されている。ただ、丼一杯分のモルヒネを強引に口から入れて2リットルの『南アルプスの天然水』十本分と一緒にぶち込んで、屈強な男性看護師が胃の方へ押し込むのである。その痛々しい状況に、水沢舞子は号泣し、クールビューティーの諸葛純沙の瞳までが涙に滲んでいる。一番大泣きしているのはかっぱくんで、もうお皿のお水が無くなってしまっている。気の利いた女性ベテラン看護師が500mlのペットボトルの水をお皿にかけ流している。こっちまで死んじゃったら怪獣と妖怪が一遍に死んじゃって、天国の水木しげる御大が大喜びしそうだが、他に喜んで迎えるものがいるかどうか?


「でも、なんで聖獣のぺこりさんが死んじゃうのよ? 不死身じゃないの! おかしいよ!」

 世界にまでその名と美貌を知られてきた大女優、水沢舞子が刻々と迫るぺこりの死に納得がいかず、涙を悔し涙に変えて叫んだ。

「舞子、エキノコックスは内臓を特に腎臓や肝臓なんかを食い破って破壊してしまうんだ。流石のぺこりさんも内臓がなくては生きていけないんだ」

 兄の舞踊が冷静に妹を宥める。

「舞踊のようにサイボーグにできないの?」

「実はね、あまり言いたくなかったんだけど、エキノコックスがぺこりさんの脳内にまで侵入しているんだ。脳が死んでしまっては、あとはもうDNAを残しておいてクローンを造るしかないが、クローンではもう、今のぺこりさんとは別になってしまう……」

 舞踊は下唇を強く噛んだ。サイボーグだから痛みなどないはずなのに痛む。その痛みで泣くのを耐えているのだ。自分がまだ、多数の障害や疾病を抱えて内心苦しかった頃、ぺこりはなにかとアンダルシアまでテレビ電話をして、面白い話をしてくれた。それに舞踊がヘンテコな新兵器を製造すると必ず、面白い! と感嘆の声をあげて、すぐ送ってと楽しみにしてくれた。一方でもう一人の大天才、仲木戸にいち早く紹介してくれて、二人でリモートでディスカッションさせてくれたので大いに刺激を受けた。舞踊は世間を斜に構えて見がちだったが、ぺこりが忙しい仲木戸に「なるべく舞踊とテクニックお遊戯してあげてね」などと声がけしたので、どちらかといえばオタク科学者で孤高のひとだった仲木戸も舞踊と会話し「初めて話の通じる相手ができたよ」と喜んでくれたのだ。ぺこりは舞踊に舞子以外に信頼できる人間を紹介してくれた大恩クマだったのだ。


「でもなぜ、出不精なぺこりさんがエキノコックスに侵入されるのですか?」

 ぺこりが重篤だと聞いて、ずっと帰還を拒否していた、元十二神将で木曽に引き篭もっていた座間遥がとても久しぶりに現れて枕元に座った。遥は高校生の時から琉球空手の超天才でぺこりにスカウトされた。そしてそば近くでセッちのたためにぺこりの大きくて陰が一切ない明るさに種を超えて好きになってしまった。しかし、皇室からやんごとなき方の隠し子、北陸宮を頂戴したぺこりは遥の気持ちに気づかず北陸宮との婚姻を決めてしまう。ショックを受けた遥は結婚式の前夜遅くにペコリの鋸歯地に行き、自分の想いを告げる。人間とエゾヒグマの恋愛など不可能だとあしらっていたぺこりに遥の想いは限界を超え錯乱状態になり暴れ出した。ぺこりもその無茶苦茶な行為にブチ切れて「そこまで言うなら抱いてやる! 脱げ、ぜんぶ脱げ! おいらは元々丸裸だ!」と吠えて絶対に挿入できない狂気の逸物を無理やりぶち込んだらまぐあえてしまい精まで放ってしまった。しかし遺伝子構造が違うから妊娠はないと思われ、遥も落ち着き北陸宮と婚姻したのだった。


 幻の元皇族男子とまだ幼く可愛らしい新妻は世間で評判となった。その裏でぺこりは、いずれ北陸宮を正当な形で衆議院議員にし、最終的には内閣総理大臣にしてこの国を平和な国にするため、北陸宮を小出しにメディアに登場させ、血統の良さと穏やかで賢く格好の良い男性というイメージをじわりじわりと浸透させようとしてほぼ計画は上手くいっていた。そして遥は妊娠、皆が祝福して十月十日が経ち、ついに出産となる。なんと三つ子だと産婦人科医はいうが少し変な顔をした。それをめざとく見つけた北陸宮が訊ねると「お一人だけ平均よりちょっと、うーん、もうちょっと大きいので、出産時に遥が苦しむかもしれない」と告げた。北陸宮は遥が琉球空手の達人と知っていたので大乗馬と考えた。

 そして破水。当然ながら北陸宮は分娩室に一緒に入り遙の両手を包み込む。第一子誕生、男子。すぐに第二子誕生、またも男子。さあ、ちょっと問題の第三子。苦悶する遙。「焦らず。君ならだ丈夫だよ」と語りかける北陸宮。叫ぶ遙。強烈な痛みが彼女を襲う。そして「グガーッ!」生まれた! 毛むくじゃらの赤ちゃんぐまが。

 世界が色を失った。


 そに日のうちに遥は赤ちゃんぐまを連れて失踪。今日まで遥はぺこりの支援を拒否し続けた。北陸宮は皇室、政府、自衛隊、警察庁の全面協力を得てぺこり追討軍を結成。関ヶ原の乱以来の日本国での大内乱を勃発させ、ぺこりを討ち取る寸前までいったが、最後の最後に神仏方がぺこりの組織を国外脱出させたために撃ち漏らした挙句、野党から「皇室や自衛隊、警察庁を私怨で利用したのは憲法違反である」と追及され、潔く謹慎生活を送っている。

 あの時の赤ちゃんぐまはどうしたか?

 今、ぺこりの枕頭にてぺこりの身体を必死にさすっている。名前はたろうと言う。ぺこりの後を彼が継ぐのかどうかはまだわからない。


「しかし、ここから出もしない、大将どのが、その『駅のキヨスク』とかなんたら言う死病に取り憑かれたのじゃ。蝦夷羆ゆえ、わしと年齢の区別は単純にできんがのう。この前までピンピンしてダイエットコーラを優勝した力士が口をつけるような大盃で何杯も飲んでおったろうに。若すぎるわい」

 組織最年長、92歳の老剣客、銘抜刀がもはや、口の人工呼吸器のグリーンのマスクも吐息で白くならなくなったぺこりの顔を見て嘆く。この老人は普段は飄々としていて好々爺に見えてしまうが『人斬り抜刀』の恐怖の異名を持つ暗殺者である。腕は今も衰えてはいない。

 若い頃は真面目に剣道の修行をしていて剣道十段という無類なき剣の頂点で、本来なら勲章を貰っていてもいい腕を持っているのだが、病気の奥さまの治療費を稼ぐため、現代の『仕事人』的な組織に入っていて「悪党限定」の約束で人斬りをしていた。その剣は居合斬りで一瞬で相手の急所を超速でやってしまうので刃こぼれしたことがない。

 しかしある日、組織から「悪党じゃない人」を切るように命令され拒否し脱退を申し込んで、生命を狙われた。抜刀の生命ではない。奥さまの生命だ。

 抜刀は、標的を何日かこっそり尾行して人目につかないロケーションをシミュレートしていた。繊細なのである。そのためにターゲットが「悪ない!」と気がついたのだったが、妻の生命を狙うと脅迫されてさすがに少し動揺した。


 すると、突然電話が掛かって来て、

「畏れ入ります、武芸者・武道者専門人材紹介センター小坂と申します。お世話さまです。銘抜刀さまでよろしいでしょうか? ただいま約5分ほどお電話でお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 と言い出す。正直抜刀には意味がわからなかった。抜刀は特に暇な老人、シルバー人材でもないし、誰かに自宅の電話番号をお言えたことはない。携帯やスマホも持っていない。ただ、小坂と名乗った恐らくはかなり若い女性の電話応対と声質の美しさにちょっと気になり、悪戯電話気分で少しだけ聴いてやろうと思った。抜刀はジジイのくせに女好きなのだ。

「少しくらいなら聞こうかなあ」

「あっ、ありがとうございます。とても嬉しいです。感謝いたします。それでは単刀直入に申し上げます。銘抜刀さま、あなたを幹部職員として採用したいと言う特殊な団体がございます。もしよろしければ、その団体の人材管理部門の責任者と面接というより、ライフ・プランニングと詳細な勤務内容を含めて、銘さまがご納得いただけるまでお話しを向うさまからさせて頂くようになるのですが? もちろん、ご不審であったり、気が重い、電話自体に不快感を感じられるようであればすぐにわたくし失礼いたします。さらに、時間が必要であれば間を置いておかけ直しいたします。いかがしましょうか?」

「質問をしても良いかね?」

「はい、もちろんです。なんなりとお訊ねくださいませ」

「ありがとう。ライフ・プランニングという英語の意味がねえわかりませんのよ」

「大変ご無礼いたしました。ライフ・プランというのは直訳しますと『人生設計』となります。銘さまとの接触を希望されている特殊団体は銘さまが仮にそちらの特殊団体にお入りになった場合の毎日の勤務内容や食事や清掃その他の家事どをどうされるか、お病気と登録されている奥さまの治療大系は今のままでいいのか他の病院に移られた方が良いのかか? さらには銘さまが今後後期高齢者になったら、働けるのであれば、体力・記憶力に合わせて無理のないお仕事をご紹介できますし、ご病気や体力の低下で日常生活に支障が出るのであればご予算に合わせた施設やホーム、長期型の宿泊施設をご紹介しますし、万が一、独居の状態で亡くなられたら葬儀から焼場、お寺のお墓地、散骨、遺産の配分のための節煙者捜索までいたします。申し訳ございません。亡くなるお話までしてしまいまいて。しかし、今の葬祭ビジネスは暴利を貪るというかどんぶり勘定がのさばっているので事実は事実としてお話しいたしました」

 さすがの名抜刀も(この小坂という娘は信じるに足りるな)と思い始めた。

「ええと、娘さんではなくて小坂さんだったね、ご無礼。わしはねえ、まあ戸籍上の年齢は随分食っておるがね、幼少時から剣の道の鍛錬は欠かしておらんから、他のことを新たにどうこうは無理だが剣の道に関わるもの、町の子供相手の

例えば道場、もちろん有望な若者の指導くらいはで来ると思うのじゃ。まだホームに入る必要はない。しかし、なんで知っとるのか、かなり不信感があるのだがわしの連れ合いは可哀想だが持って三ヶ月だというのになあ……」

 抜刀はうっかり脅迫されていることを言いそうになった。すると、

「銘さま、正直に申し上げます。我が社と、お取引先の特殊な団体のリサーチャー、ああ申し訳ございません、調査担当者なのですがどちらもエース級の者をかなり投入しています。それだけお取引先の団体のトップの方が銘さまのことをお気に入りのようで、本当のところ、銘さまが『受ける』と言っていただいたら人事の責任者は飛ばしてトップがお出ましになる気満々の様子なのですが」

「ふーん。小坂さんね、その団体ってなんなの? あなた、本当は何もかも嫉妬ってとぼけてるのじゃないかね?」

 銘の頭脳はボケていない。

「はい、とりあえずノーコメントという言葉を使わないとわたくしの仕事がなくなるか、北海道でジャガイモの大きさ選別のお仕事に転職となり、嫌だなあっと思っているということでお察しいただけませんでしょうか?」

 小坂がうまくはぐらかしたがちゃんと銘が「イエス、高須クリニック」までは言わないけれど、次のスッテップに上手に誘導した。この娘はできる。Androidではないのないのでろうか? ええと、AI搭載ってやつだなと銘は考え、疲れてきたのでショウ・ザ・ホワイト・フラッグしてしまった。

「ああ、ありがとうございます。いいことをお教えしますね。これで銘さまの心配のほとんどは雲散霧消します。ただ、奥さまのご病気だけは厳しいと……」

「うぬ、それはもう覚悟がついておるからな。気遣い痛み入る。で、わしは明日以降どうすればいいんじゃ?」

 小坂は銘が訪問すべき建物の場所や経路、緊急電話番号を丁寧に教えてくれ、最後に、

「残念ですが、わたくしの担当はここまでで、もうお電話もお会いすることはなくなります。ただし、銘さまが大活躍をされて、メディアで拝見するかもしれません」

 と言って電話を切った。名抜刀には子どもも孫もいなかったが、そういう娘と長電話をしたような感覚になった。


 いけない、この話は銘抜刀一代記ではない。なので、以後を要約すると、翌日に銘抜刀は当時『悪の権化』秘密本部があった横浜・野毛山動物園内の公園の敷地に横浜浜市長と談合して作ってしまったゲストハウスの応接間でぺこりがいきなり登場して、内心銘抜刀を仰天させたが外面はさすが平静を装ってぺこりの話を訊いたところ、抜刀の所属する『仕事人的組織』が一般人を惨殺するようになって腹が立つので殲滅する。ただ、秘密の内定の結果、抜刀のみは悪党しか殺していない。腕がいいから相手が苦しまない。奥さんのことで脅迫されていて不憫だし、あれだけの剣の使い手は貴重で戦力にも指導者にもなれるから欲しい欲しい。とダダをこねて、組織総動員した。もう、この時点で鬼畜どもは地獄へ送ったし、奥さんも守りも完璧だから。でも、組織に入るのは自分の意思で決めていい。仮に来てくれるにしても、奥さんを看取って、落ち着いてからでいいから。ただ、ここでおともだちにはなっておくれ、などと一気に捲くしまくられて、抜刀も感に耐え難く、組織入りを即決したということである。

 ぺこりというのはそういうエゾヒグマの聖獣なのだ。ゆえに『人斬り抜刀』も心痛なのだ。


「ねえ、土佐さん。大元帥は本当に一歩もここから出ていないの? もしそうだとしたら、青龍塔内で働いている美人連や、あたしたち出入りがある者全員の検査をしなくてはならない」

 今まで涙を瞳にためて黙ったいた、大軍師諸葛純沙が、袖で涙を振り払いクールビューティーな顔にある整った口を小さく開き氷柱のような鋭い声で正した。


 諸葛純沙に詰問された、ぺこりを守護する大将格、土佐鋼太郎の大きく頑丈な体躯に微かな震えが作者には見える。

「ええ、このことが今回の事態と関係があるかまでは、私には分からないのですが、ちょうど半年前に大元帥さまが急に『おい、鋼太郎よ、おいらさあ、ひつまぶし食いたくてしょうがないんだけど。ああいうのってさあなんとかイーツとか出前あーんだっけ? ああいうので持って来て貰えるかなあ?』と訊ねてこられました。私はデリバリーを一回もしたことがないのですが常識で考えまして『大元帥、普通の鰻重ならば可能だと思いますが、ひつまぶしは名古屋まで行かないことにはどうニノならんでしょう』と答えました。たぶん、名古屋へ行くといえば、億劫になって諦められると思ったのです。そういうお方ですから」

「そうね。でも違ったのね?」

 純沙はどんどん鋭さを巻いていく。真の意味で言葉の凶器だ。

「はい。ご指摘の通りです。あの日に限って大元帥は『そおかあ、じゃあ名古屋まで一緒に行こうか?』とポジティブだったのです。それで私は『素のお姿ではいけますまい。大元帥のお嫌いなウルトラ・アイを装着して物干団に変身して、窮屈な新幹線に乗るようになります。のぞみ号なら一時間と少しだと思いますが、結構自律神経には厳しいですよ。早すぎて車窓なんて見ていられません。こだま号なら時間はかかりますが、心身への負担はかなり軽減されます。新幹線に乗り慣れていない我々はこだま号の方が楽だと思います。のぞみ号は出張の頻度の多いビジネスパーソンがそれこそ、ビジネスライク思考で乗るものと思います』というようにご提言しました」

 鋼太郎が丁寧にその時のことを話した。すると諸葛純沙は、

「ごめんね、土佐さん。こだま号だとかのぞみ号のどちらに乗ったとかいう話は本筋に関係ないの。ただ名古屋に行ってひつまぶしを食べたかどうかと、入った店の名前、その後、散歩したのか、すぐ帰ったきたのか、最後に帰って来てからのご様子を教えて。一応、今後の組織の行く末を考えて忠告するけど、物語を聴かされている暇は私にはないの。我々の組織は軍事を中核としたグローバルなビジネス団体なの。今日は仕方がないけれど、今後は効率アップを第一に考えて報告してね」

 と、ピシャリと言い放った。

「は、はい」

 鋼太郎はガチガチになって直立した。純情な男なのである。一方、純沙は奇想天外な作戦を繰り出す“宇宙一の大軍師”であり、実際に以前『宇宙連邦』という天の川銀河最大の大帝国を『惑星ビリヤード作戦』という造物主を愚弄してしまったかと思える『ジオン公国のコロニー落とし』よりスケールが大きいという一部SNSで炎上したようなミッションで撃退してしまうほどのぶっ飛んだ思考ができてしまう乙女なのである。

「では、可能な限り簡潔に申し上げます。大元帥は物干団になり私と一緒に名古屋駅で行き、タクシーで長久手市まで行き『三英傑』というひつまぶし専門店で私はごく普通のひつまぶしを、大元帥は十人前のどか盛りの『天下統一総構え天守閣盛り』というマックス鈴木しか完食していなかった狂気じみたものをお代わりして十分で完食し、賞金二万円もらったんですが『店主、美味しいもの頂いて金なんか受け取れないよ』とおっしゃってお返ししました。そうしたらご主人が感涙してしまい『お菓子の詰め合わせだけでも持っていってくれ』無理やり私の方に渡してくるので大元帥にお伺いを立てましたら、

『美女連にでも配りな。店主気を遣わして申し訳なかったね。また食べたくなったら来るけどさ、今度は菓子もいらないからね。おいら、ISSからきづらくなるからさ、よろしくま!』とうっかり名前を言ってました」

 それを聞いた純沙が、

「土佐さん、ナイスジョークよ。続けて」

 と少しだけ空気と鋼太郎の心を暖かくした。純沙は実はツンデレというか心の壁が厚いのと、メンタルが縄文杉の倍くらいぶっとくてしなやかなので、強くて強風に対しても柳の葉の如く受け流せる。元気だった頃はしょっちゅう「純沙は結婚できるのかなあ。あまりにも隙が無さすぎるよな。だから、可能性があるのはなんにもできなくて温厚なだけのダメ男だな。まあ、今は無理に結婚しなくてもいい時代だから相性の良いのが出てこなきゃねえ」と人前ではバカ者扱いしているかっぱくんに話していたようだ。かっぱくんはリアルにバカだが、正義感が強く、口が堅いので、作者しか知らない話なのだ。この妖怪失格と聖獣ははじめのコンビなのでこの心の繋がりは自分たちにしかわからない。一方は大元帥、もう一方はいじられバカ。だが人外の者というっ共通点を持っているのはこの者たちだけ。ネロに狼の血が入っている可能性があるがもしそうであっても半分はロシア人だ。


 そのネロはぺこりが部屋に置いて祈っている不動明王立像の前に座り一心に祈り続けている。ネロは、マルキストで唯物論者で無神論者なのだが、どうしたことか、ぺこりが倒れて以来、時間の許す限り祈っている。

 ぺこりは不動明王の直弟子であり、八大童子の一品下ということになっている。だから、不死身であるはずなのにこんなことになっている。この組織で不動明王に直答できる格を持っているのはぺこりだけなので、みんながこの不条理な事態に対し、神仏界にクレームを付けたくてもつけられないのだ。

「神も仏もなにしてる!」悪童天子あたりはもし不動明王に出くわしたら食ってかかりそうだが、十二神将や百名いる大将格が一斉攻撃をしても不動明王は利剣と羂索の仏器二つだけで一瞬のうちに冥土へ送られてしまう。餓鬼畜生に対して不動明王は無慈悲である。なぜなら、冥土に送るのが大慈悲なのだ。ぺこりだったら議論もできたし抵抗もできたし妥協を引き出すことすら可能だった。

 つまりは『悪の権化』にどれだけの英雄・豪傑・勇将・蛮将・智将・知将・大軍師・参謀・大天才・天才・能吏・剣客・強弓・山法師・呪術師・忍者・道化・絵師……どれだけの者たちが梁山泊のように集結したところで、纒となり大徳を持ったもの。要するに、よろしくま・ぺこりというたった一頭の中心がなければなに一つとして機能しないのだ。ほんの一ヶ月前まで、いつものようにこの部屋のお布団に包まって読書をし、横着ばかりして、美人連をキャッキャと言わせてからかって笑っていたエゾヒグマの聖獣が身罷ることの大損失と大絶望と大喪失感は計りしれない。ひょっとしたらこの国、いやこの地球は崩壊するかもしれないと諸葛純沙は考えていた。ぺこりはしょっちゅうグローバリズム・地球全体の環境問題の解決・核兵器全てを強奪し最新テクノロジーを開発して無力にする・国境という概念を取っ払う・全ての宗教を一つにして平和と健康と幸福だけを祈るものにする・全地球統一政府、あるいは洒落で幕府を作り、イデオロギーではなくて全ての民族の代表者による定期的議会・もし可能ならば、全民族は自分たちの言語と統一言語を両方使えるようにする、などという地球を宇宙から見て言っているような話を純沙にしてくれた。今、この世界にこんな大局観を持ちえる権力者など……ああ、考えるだけムダだ。無駄は嫌いだって土佐さんを困惑させてしmsったことを心で詫びた。苛立っていたんだろう。あたしだって、宇宙人だけども、機能は地球の人と同じ。遠い過去は同一種族だったってことないと言える証拠はなにもない。


 もう、純沙にはなぜ、ぺこりがエキノコックスに罹患したか分かってしまった。満腹になったぺこりは歩くのが嫌いだが、胃の中のひつまぶしを少し消化しないとタクシーに乗れないくらい食べてしまったのだ。いつものぺこりの図体ならどうってことなかっただろう。しかし、その時ぺこりは物干団になっていた。身長190センチメートル、体重200キログラム。全ての器官、臓器がスケールダウンしていた。だからだらだらと長久手市を三作していた。エキノコックスは本来、北海道のキタキツネと、それに濃厚接触したイヌや猫などに寄生する。

 しかし、今年になって愛知県内でエキノコックスが寄生したイヌねこらが発見された流入経路は不明。そして、ぺこりは悪童天子の保護ねこ運動に触発されたのか、大のねこ好きになって、物干団に変身した時にはパンツのポケットにいつも『フリスキー』と『CIAちゅ~る』、散策の途中にねこがいたら、ぺこりがまっしぐらだ。そしてその、のらねこが小心で人間を怖がる仔だったら、噛む! はい、証明終了。


「あの、お話の続きは……」

 鋼太郎の言葉を左手の掌で純沙は制した。

 この地球の未来は一匹の小心なのらねこが強制終了させた。いや、普通、ねこはそれほど人間を嫌わない。きっと誰かは知らないが、そのねこを虐待したのだ。大柄な男性だったのだろう。ねこは小ちゃい脳みそにイヤなことを記憶していることが多い。イヌは人間と相互信頼関係を築くことができるが、ねこはエサを貰う。トイレ掃除をしてくれる。撫でてくれる。お布団で暖めてくれる。全て快感を与えてくれる人間の側に居たいだけなのだ。

 そう、この地球の最期の希望を殺したのは人間だったのだ。

「なんだ。自業自得じゃん」

 純沙は誰にも聞こえないように小さな声で言った。


 ついに、お別れの行進が始まった。ここで「俺が一番だ」と言いそうな悪童がとても素敵な提案をした。

「なあ、ネロ。俺たちはさあ側に居ようと思えばずっといられるし、あんまり言いたくはないが、確か総大将は『骨はさあ、顆粒の鰹出汁くらい細かくして、知床の海、オホーツク海って名称でいいのか? おいら、地理系統の学問苦手だからな。だから、夜戦下手のぺこりってなあ。笑って! わはは』と言ってたから、警察官僚と海上保安庁に海に撒くってのは上層部だけの儀式だ。だから、まだまだ辛うじて生きているうちはさあ、普段総大将に会うことが少ない連中から最期のお姿をさ……悪い。ネロ総大将代理、ぺこり十二神将・悪童天子。慎んで提案いたします!」

 奇跡だ。悪童がネロを上長として、軍隊的な提案発言をした。

「素晴らしい」

「見直した」

「男だ、悪童」

「大善の者、悪童天子にせめて祝福を」

 あれ、キリスト教信者って十二神将にいたかしら?

 皆が声の主を探すと、銀色のフルフェイスの兜を脱いで、

「いくら出番が少なくって、一回甲冑の重量が重すぎてスピードがないと大将格に降下、しましたが、甲冑を超強化セラミックに改良と言うか新規にしてだいぶ前に復帰してますし、私はオリジナル十二神将ですからね!」

 ちょっと、機嫌を悪くしたのは、ギリシャ神話の勇者の末裔、確かに、オリジナルで。スピードファイト重視に転換したぺこりに一等降下され、一念発起、地元ギリシャの軍需メーカーと共同開発し紆余曲折の上に、完成。去年の昇進降下閲覧会でぺこりから、サムアップの賞賛を受けて奇跡の十二神将・アキレタスであった。

「まあ、嘘っこのブチむくれはジョークとして、私、ギリシャの神人ですから当然の如き、ギリシャ正教、カトリックに分類されます。日本の方はキリスト教をカトリックとルター派、ああ、プロテスタントの二つだとおっもう方がほとんどでしょうが、仏教が滅茶苦茶あるのと同様イエスを唯一の預言者に、神はザ・クリエーターお一人が長い時間の中に様々な衝突と分裂をしました。しかし、ぺこりさまが仰った『地球上に宗教が多すぎるんだよね。不動明王には怒られるかもしれないけれど新斑なんて、人間一人一人の心を鎮め、怒り・恐怖・不安・緊張。発狂なんかを全部、テッシュをグシャグシャって纏めてゴミ箱にポーンと放り込んだら、知らず全ての不快感が雲散霧消しちゃって、そしたら静かに人間がまた前に進める。その程度でいいと思わない?』というお言葉心に刺さりました。ギリシャ正教のアテネ大主教に謁見してそのぺこりさまのお話をしましたら驚くことにアテネ大主教は号泣されて『そのお方こそ真の神である。なんとかしてお会いしたい。その方が全ての宗教のトップにあって話をしたらもしかしたら……』それ以上は涙がすぎてお話もままならず、アテネ大主教はご退室されました」

 そこまで話すとアキレタスは瞳を閉じた。

「それにしてもさあ」

 かっぱくんが喋り出す。

「どうしました? かっぱくん」

 萬寿観音が訊ねるとと、

「うん、アキレタスってハンサムだったんだね。ほら今回が初顔出しだもんね!」

 上層部隊員が諸葛純沙を除いてみんなずっこけた。空気読めなさすぎのかっぱくんであった。


 そんな時に突然ぺこりが、

「正……正露丸くり」と言い出した。純沙は思わず、

「思い煩う事なくゆかれなさい。糞尿の始末はあたしたちでやります」

 と引導を渡したが、

「貴様ら! おいらの末期にパンパースの…。メリーズパンツの恥辱をーーーーーー!」

 と、ぺこり往生際の鬼激怒! 慌てた、女中頭の長与がぺこりの口中に『正露丸』三錠をストラックアウト!


 そうしたら治っちゃった。


 なので、ぺこりは今日も良い子だ。

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