死臭、或いは馴染みの海。
◇
『ソレ』は、狂いながらも両の手を縋る様に他者に向けた。
間もなく叩き落とされたが。
『ソレ』は、蹲りながらも体を畝らせその舌で求める所を叫んだ。
寸暇もなく斬り落とされたが。
『ソレ』は、唸りながらもその眼に希求の光を宿しその内に焔を浮かべた。
逡巡なく突き潰されたが。
——足らぬ。
世界や、所謂神に準ずる者が気紛れや手慰みで創り上げたのかと思う程、『ソレ』は歪だった。有るべきものが無い。人で例えるなら、血は流れているのに心臓が無い。
——満ちぬ。
ある物で、あり合わせで、『ソレ』は生きるしかなかった。高望みなどしている暇などなかった。今自分が許された事の中でやりくりする他なかった。
——在らぬ。
不毛なる荒野が全身に広がる。
沃土が、森林が、叢雨が、白雲が、岩壁が、湖水が、氷河が、溶岩が、雪華が。
手にしたい。妬ましい。欲しい。
アレら全てが己のモノであったらいいのに——。
『お前はどうだ』
唐突に『ソレ』が語り掛けてくる。世界に生まれた歪み、粘着質でヘドロの様なノイズ。そんなものが形を取って、顕れる。
人、であった。人の形象に輪郭を揃え、泥人形はその口で問いを投げた。
『不足でなく、欠落。生まれ落ちた時から与えられなかった。理不尽とは思わないか、満たしたいと思わないか』
誘う。簒奪のススメ、只管に奪い尽くし己が内の寂寞を埋めんと叫ぶ。
魂を沈める、鈍色の泥濘。
『奪い、我が物としないか』
「——冗談言え」
対するは、目に痛い程の、紅。
血、血、血、骸、骸、血、腑、肉、血。
「俺が求めるのは、流し流され、繁吹を上げる赤色のみ。その果ての、血塗れのみ」
死の薫りを纏う。これまで斬り伏せて来た者らの屍が足下を転がり、既に足首まで鉄錆色の海に浸かっている。
「——血塗れの、終わりのみ」
その一部に、いつか、己も成るのだ。
◆
リシュー村の北門と南門の近くにはそれぞれ牧場がある。有事の際に村の外を回る為の馬が其処で育てられているのだ。森の苔や泥砂に足を合わせられる血統を厳選した結果、悪路甚しい森の中でも速度を出せる豪脚の馬が輩出される様になった。ノウスルーツでも此処が生まれの馬は多い。
柵に寄り掛かり口笛を短く吹くと、屯する馬群から飛び出してくる栗毛が一頭。足取り軽く、何なら柵も飛び越えんばかりの身軽さである。
「よぉう、元気にしてたかぁ?」
語りながら鼻を撫でれば機嫌良さそうに目を細めながら嘶いて見せた。
何時ぞやの事だったか、厩の雑用を任された折に懐かれた一頭だ。見知らぬ己を警戒する馬が多い中、もっと飯を寄越せと言わんばかりに鼻面を押し付けて来たのがこの栗毛である。聞くところによれば、この村に居る馬の中でも特別寂しがり屋なのだとか。
殊更に懐かれていたので、此度己がこれの背を借りる事になった。
柵に引っ掛けていた鞍を手早く取り付け、手綱を引いて南門に向かう。様子を後ろで見ていたルシアが感心した様に零した。
「手慣れてるんですね」
「まぁな。乗馬の経験は一度や二度じゃない」
人よりは馬を駆る経験はあった。特に己は空を飛べる訳でも任意の場所に瞬間移動出来る訳でもない、そういう意味では重宝していたと言っていい。
ノウスルーツで魔力による半永久的な脚力強化の術式が開発された当初は馬の存在意義が一瞬疑問視された事もあったが、常日頃から魔力を運用する疲労、倦怠と馬の世話に掛かる各苦労を天秤に掛けた結果、今でも四つの蹄があの国の石畳を蹴っている。
徒歩が最大の移動手段である己の様な人間には、馬というのは最高の相棒なのだ。
「来たか」
「おう、道案内は任せたぜ……腰をやるなよ?」
「戯け」
門に程近く、アルバロが腕を組みながら此方の到来を待っていた。昨日の格好と何ら変わりはない、矢筒を背負わず弓は背負っている。
軽口を交わしつつ馬に跨って鐙に足を通す。首の付け根を軽く叩いて仕事の時間だと告げれば、準備万端と言わんばかりに体を震わせた。
「サカキさん、これを」
「おっ、コイツのおやつか」
「はい……どれくらい掛かるか分かりませんから、一応」
ルシアから棒状に切り分けた人参を数本貰い、鞍に備え付けられた鞄に入れる。
実際、件の鎧の手管次第で事の進み具合は大きく変わるだろう。ただ基本的に、サカキの戦法は短期決戦が主。それを成すには、対手の防備が此方の攻勢を凌ぎ切れる程盤石でない事に期待するしかない。
コレばっかりは、出たとこ勝負である。
「ふむ、まぁ上手く事が進めばそう時間は掛からないな。失敗した時はもっと早いだろうが」
「どうかお気を付けて。村長も、ご無事で」
「あぁ……」
「応」
そう言って頭を下げる少女の気遣いに、軽く喉を鳴らして応える。
腰に左手を添える。大小二本の得物を今一度意識し、視線を正面に。
丸太作りの大扉が、開門する。
栗毛の腹を蹴った。
◆
木の根や一見では看破し難い窪みなど、一歩間違えれば転倒しかねない悪路を、その一歩も間違えずに栗毛は駆けていく。『ウチの馬は足も頭も良い』とは、厩で働く禿頭の親父の言である。
この馬も例に漏れず、中々の優駿である事よ。
「爺さん、あとどれくらいだ?」
「あともう少しだ。それと、乗馬中に喋るな。舌を噛み切っても知らんぞ」
「安心しろ、慣れてる」
頭上に向けて気持ち大きめに声を出せば、木々の枝を足蹴に移動しながらアルバロが返答する。魔力強化込みとは言え、素晴らしい軽業である。リシュー村の人間で森の探索に出る時に馬を使わないのは、彼を含め片手の指で事足りた。
出っ張った木の根を飛び越して更に前へ。
「そう言えば、あの娘……ルシアはいつから村に?」
「二年は前だ。森の近くで倒れていた所を回収された」
「倒れてた、だぁ?」
「それまでの記憶も思い出せんという事で、取り敢えず村に入れている。あまり他人と馴染まん質だが、牛馬の世話には精を出してくれている」
記憶喪失、村の近くに倒れている、他者との関わりが疎遠。
この三要素が揃うとなれば、否応なく思考の端に浮かぶのは一つ。
「『魔女の落とし子』、か?」
「だとすれば少し奇妙な事が——待て」
問いに対する答えが完結する事は無かった。馬より前にアルバロが降り立ち、左手を掲げ止まる様に指示する。手綱を引いて急停止を促すと、四つの蹄が地に線を引いた。
己も腰に手を掛け、打刀の鯉口を切りながら周囲の気配を探る。
アルバロの『色彩の深眼』と己の気配感知が、木々を掻き分ける風と成って森全体を巡り、視る。
「——居たぞ」
「————見つけた」
片や属性を色彩と視る魔眼で、片や磨き上げた五感による感働きで。
馬を降り、後ろに方向転換させてから尻を叩いて遠くに離脱させる。先んじて気付いたアルバロはその眼をか、と見開いて件の輩を視ていた。
「どうだ、変わりはあるか」
「無し。前に見た時と同じだ」
「作戦に変更の要なし、だな。それじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
言いながら左手で脇差を逆手に抜き放つ。順手に持ち替え、構えるは片手上段。
「幸運を祈る」
そんな言葉を背に、軽く振り下ろしつつ前に一歩。
——景色が瞬時に背後に流れ、開けた場所に出た。
「……あちぃな」
焦土、である。
闘技場を思わせる真円に拓かれた——焼かれた森の跡地。灰が舞い、残火があちこちでちろりと顔を出す。
その中央にソレは居た。
紅く、赫灼に染まる全身金属鎧。全長は己より頭二つ分は上、肩幅も似た様な物だ。バケツをひっくり返した見た目の兜に、妖しげに明滅する紅の目が一対。
籠手、特に拳に当たる所に武器としての意匠アリ。指の付け根辺りから生える棘、拳打の際に確実に傷を抉る、という意図を感じる。
そして胸の中央に嵌る、赤石。
「魔石を軸に高速循環……魔力炉、ってやつか。しかもこの気配……」
びりびりと、肌の粟立つ感覚。経験則で言うならば緑龍を相手取った時と同じ。既に得ている知識を統括し、至る結論は一つ。
四界が一たる『火界』、その眷属。赤竜の魔石が、あの鎧に使われている。
成る程、確かにコレに対するならば弓では足りん。極点制圧に能を振り切れば或いは、という所だが、少なくとも十分は鶴瓶撃ちにしなくてはならないだろう。
今はもっと、噛ませに便利な阿呆が此処にいる。
「——呵々ッ」
鼓動が早まるのが分かった。今、己は死地に居る。死が隣に座り込んで、瞳を覗き込みその奥底に控える恐怖を捉えて離さないと言わんばかりに。
心の臓が踊り狂う。死の恐怖に臆したか——否。
「らしくなって来たじゃねぇか——麗しの戦場だ」
一度脇差を納め、改めて両の手でそれぞれ大小を掴む。二刀を抜き放ち、構えるはだらりと腕を落とす無形の位。
前進。
更に、一歩二歩。
「……」
無造作な歩みだった。手にしている物騒な物に目を瞑れば、長閑な昼下がりに散歩する男という様な印象しか持たれないだろう。
足を前に運び、地を踏んで、蹴って更に前へ。
一連の動作はひどく静かだった。筋肉の収縮、骨の軋み、身体が押し退ける空気の動きさえ。
綿を踏んで歩いているように。
間合が詰まる。
「————!」
鎧が先んじて動いた。激しく地を踏み砕き、その反動を推進力に。零から最高速度到達までは一瞬。
得物、体格差諸々を加味した上での間合の差はほぼ無し。故の先手必勝、初撃必殺。繰り出すは何の衒いもない正拳突き。
空の弾ける音を——背後で聞いた。
がしゃん、という音がそれに続く。
——下げられた二刀は、既に跳ね上がっている。
「先ず、右腕」
音の正体は、斬割された鎧の右腕が地面に転がる破砕音だった。
◇
跳躍して後退、間合を取得。
状況確認。右腕を肘先から喪失。不可解な損傷。接敵前の戦力予想に修正の要あり。
右腕魔力循環異常…‥
敵対生命の脅威判定を上方修正。外殻及び内核の破壊可能者と認定。
各魔力機関回転率上昇。放魔機構作動、余剰魔力を
内部温度臨界点——限定気候『熔壊焔乱』発生シークエンス開始。
◆
それは、赤色の拍動だった。
装甲の各部が開き、吐き出されるのは蒸気化した魔力——などと一言で済ませられる物ではない。
魔力は、それ自体が現象を起こす物ではない。術式に通し、属性を帯び、指向性を与えられて初めて効力を発揮する。滝壺の水は、高所より落下する故にあれ程までに力強い。
しかし、自然界には自ずと属性を得た魔力が湧き出る事がある。往々にして、そうして生まれた魔力は環境に満ちる潤沢なマナの助けもあり、恐ろしく強大に膨らむ。
代表されるのは矢張り、『四界』のソレ。
火、水、風、土。主流とされる四元素の名を冠し、この世界の四隅に鎮座する異界。その只中では、各属性を纏った魔力の風が吹き荒ぶと言う。
今、あの鎧が全身から発散させているのは恐らく火界のソレ。
一度其処で息を吸えば肺を焼き、瞬きすれば目の水分が蒸発し、ただ居るだけでも肌が焼け爛れる火界の気候。
『熔壊焔乱』。
「ハハ、良き化粧だ」
それを前に道化を演じるは、揶揄いの虫が弁えずに顔を出した故。
それに腹を立てた訳ではあるまいが、鎧は余りの左腕を絞り、その紅眼を一層烈しく光らせた。
ジャキ、と硬質な物が擦れる音が耳に届く。発生源は足から。
見遣れば、くるぶし辺りの装甲が展開している。目的は炎海の更なる拡大に非ず。
火を吐く、気配。
「————ッッ!」
爆発と見紛うばかりの熱波が、鎧の超重を先の一幕を凌ぐ速度域に連れて行く。踏み込みがそれに連動すれば、最早視界内全てが間合と言えるやも。
加え、火界の縮図を顕現させたアレが近付くだけで、魔力を微塵も持たぬ己は反属性による抵抗さえ出来ないまま産毛の一本も残さず焼き尽くされる事だろう。
この状況、実は殆ど詰みである。
己が身一つであったなら。
「よっ……と!」
左の脇差を振るう——自身の後背へ。
同時に一歩後退すれば、既に己はかの武者より遠く。つまりは拳撃は勿論あの燎原の域からも逃れ得ていた。
空気の爆ぜる音が、今度は前から届く。
当たれば、絶命は免れぬだろうよ。
「さて、様子見は下策だったか」
かの気候が、この焼け焦げた空間に更なる火を入れた。一見して鎧を中心に円形に広がる熱波、己の持つ能ではどう足掻いてもアレを掻い潜る事は出来ぬ。
同時に得物の間合も難ありだ。金属鎧の断裁には両の刃が必要不可欠、特に左は。コレの異能あってこそ、先の一合にて右腕の斬割を可能にし、彼方には不可解であろう高速移動が出来る。右の一振りのみでは、同じ芸当は成し得ない。
——さて、本当に?
「試してみようかねぇ……あぁ、それが良さそうだ。結果如何じゃ死ぬが、なぁに元より捨ててる様なもんだ」
言いつつ脇差を構える。顔の左面まで持ち上げ、ざり、と両脚で地面を咬む。
「そら、コレが手前のたった一つの能だろうが——仕事の時間だ」
腰の捻り、しなる腕により運動力は遠心する。上半身の
「フンッ!」
投擲。回転しながら空を裂き散らして、脇差は高速射出された。
本来、この鎧には有効と言える手ではない。目測ではあるが、諸手での唐竹割りが通じるかどうか怪しい硬度。斬撃の完成度、得物の刃味、何方も今この場では如何ともし難い。
ならば、これは悪手か——否。
此処にある気配は三つ。己、鎧、少し離れた所にいるアルバロ。
もう一つ、膨れ上がった純なる『意』。
一尺七寸ばかりの刃金から溢れ出るその思念は、己の手から離れたその瞬間に自ら獲物を定めた。
飛翔する刃が焔界を貫き行く。その終着点は、我が狙いと違わぬ。アレもそれが価値ありと気付いたか。
鎧の胸に埋め込まれた赤石。
鎧は当然妨害に動く。腕を軽く振るえばそれで済む、左手は指を揃え手刀の形を取った。小虫を払う様に鎧は難なく脇差を弾——かない。
——簒奪。
脇差は払い手を一人でに躱して、正確にその鋒で赤石を突き貫いた。
◇
——異常発生、異常発生。
駆動式変更、全術式を
◆
前進移動、間合はいとも容易く零になる。
無音、であった。少なくともこの耳が拾える音は皆無だった。或いは鼓動の喧しさに掻き消されただけかも知れぬが。
既に肌身に感じる熱波は昼間の砂漠に太陽が照り付けるそれに近く——つまり既に人体の許容範囲まで。
鎧の困惑は、此方の接近を気取った瞬間にその厚い装甲の内に引っ込んだか。己の袈裟を斬らんとする構え、それを見た瞬。
「シィッ!」
『——!』
左の籠手を斬線上に割り込ませ、受けの姿勢。左半身に構え衝撃を抑え込む。
耳を劈く金属音が耳朶を震わせた。此方の放った一刀はがちり、と難なく受け止められている。
目論見通りに。
「おやおや、大袈裟だねぇ」
中身に意識があるのなら、恐らくはこう呻いて見せただろう——衝撃が軽すぎる。同時に己の失策を悟りもしただろうが、どの道遅い。
袈裟は右片手のみで振られていた。ならば左手は何処に彷徨わせているのか。
身体は既に体勢を整え、左の掌は脇に引き絞られている。彼方が反射的に防備に動かしたのは、今はない右腕の余りだった。
「カアァッ!」
気合を弾けさせ、裂帛は衝撃と成って掌底と共に放たれる。
赤石に埋まる脇差の柄頭、其処にダメ押しの一打が突き刺さった。鎧は刀身をその根本まで呑み込み、その背中まで貫通する。
破砕が根の様に鎧全体に広がり、上半身を蜘蛛の巣めいた罅が覆い、堪らず偉丈夫は無様に蹈鞴を踏みながら後退した。
痛みに呻いた。
「——カカッ」
その音声、この感触、あの様子。
一つの予測が確信に変わる。中身入りだ。それも一角の戦闘者、人を殺す事に特化した拳法の使い手、冷徹な鏖殺者——暗殺者と見た。
その意識、思考が今この瞬間に醒めた。同時にこの鎧が傀儡回しの法よりタチの悪い、生きた人間を部品として中身に詰める魔鎧である事も理解する。
「随分と窮屈な服じゃねぇか。脱ぎ捨てりゃあ良いものを」
体一つで敵の頭蓋を破り、心の臓を貫き、腑を壊す。軽々しく木々や建物の合間を跳び、黒き外套を闇夜に溶け込ませる暗殺の徒。
それがどうしたものか。豪奢に炎熱の白光を纏い、味方である筈の月が地に落とす深い影を散らす鎧に身を納めている。
断じて生き馬の目を抜く闘争に身を置く者の発想ではない。その者の利する所を奪い、その代替を与える。いくさを取り巻く諸々の要素に欠片も理解を示さず、力の総合を簡単に足し算引き算で算出出来るとし、理屈と理論にて結果を類推する思考——研究者のソレ。
何とも不理解な依頼人を得た者よ、と同情の念を禁じ得ないが、しかしそれはそれ。
「
気息を整え、青眼に構える。
武人の真似事を口にすれば、鎧は左掌を此方に向け、それを握り、右足を一歩前に出すと同時に脇に側めた。
片や己の悦楽を故に殺す者、片や飯の種を欲して殺す者。目的は違えど、互いに自身の都合で他者の生命を蔑ろにする立派な人でなし、落伍者だ。
そんな薄汚れた人間同士の
せめて今、この時を。
「無所属、サカキ。返礼無用——参る」
名を贈る。これから貴様を戮殺せんとする者はこう音にすると手ずから示す。
応えはハナから期待していない。無口なのか、鎧を纏う副作用で口も利けなくなったのか。口惜しや、と一抹の憐憫に思いを馳せた、その時。
『……ッ、ァ、ァアッ』
「……!」
それは、正しく、人の声。
水底で空気を求め喘ぐ様な、想像を絶する業苦に堪え兼ねた様な。鎧よりくぐもる重低音から男女の区別など付けようもないが、しかしながら続く音声は確かに、言葉として意味を纏った。
『ノウス、ルーツオウコ、く……とくむたイ、オーヴィス……まい、る』
——その文言に、思う所は存分にあれど。
我が名乗り、我が勝手に応じた。名乗る義理など欠片も無いと言うのに。
武を奮い、今より貴様を殺すという宣言に、『出来る物なら』と言ってくれた。
死を、遣り取りしてやると言ってくれた。
「——応、とも……ッ」
この身を巡る、悦楽、喜悦、歓喜。
五体を、三度満たして余りある。
「その身に刻むとも……ッ、我が刃の轍をォッ!」
待ち望んだ、心底希求した死闘の予感に、胸の裡が騒いだ。
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