【6-22】笑顔

 その後日を分けて仕事を手伝い、生徒会の大まかな引き継ぎも無事に完了した後。新生徒会会長として、ついに表に出る日がやって来た。

 卒業式を三日前に控え、未だ修繕工事が学園内のあちこちで行われている中、全生徒が集まったアリーナの前のステージに登壇すると、緊張で身体が強張りながらもひとまず礼をする。


(こんな大勢の前で話した事あまりないんだけど……)


 早速逃げたい気持ちになっている中、顔を上げればガツンとマイクに頭が当たり、雑音が辺りに響く。それによって周囲から笑い声が聞こえてくる中、クラスメイトのタツの声が響いた。


「頑張れー! 時雨しぐれ会長っ!」

「よっ、新会長! かっこいい!」


 タツに続いてライラの声も聞こえれば、俺は引き攣った笑みを浮かべながら、マイクで打った所を摩る。

 気を取り直して、マイクを調整し深呼吸を置いた後、緩んだ顔を引き締め口を開いた。


「本日を機に新しくウィーク学園の生徒会長となりました、前線特科二年時雨レイです。よろしくお願いします」


 思ったより声は出た気がした。一歩下がり、頭を深々と下げれば大きな拍手が耳に入ってくる。

 良かった。そう安堵して顔を上げれば、隅で控えていた日向ひなた、ヨムが登壇する。そこに先に上がっていた会長とジェンマ、エリゼオ、そしてレオ先輩がやってくると、それぞれ腕章の受け渡しが行われた。

 それぞれの腕章の引き継ぎが終わり、最後に会長が左肩に着けていた生徒会長のマントを外すと、それを俺に渡してくる。


「後は頼んだからな」

「……はい」


 頷き、会長がしていたようにマントを左肩に着ける。思った以上に重く感じたがすぐに慣れると、顔を上げ会長と握手した。


「頑張れよ。会長」

「……なんか、会長から会長って呼ばれるの変な感じですね」

「そうだな。変な感じだな」


 なんて話しながら手を離せば、俺はふと会長を見て考えこむ。もう会長は会長じゃなくなったのだから、何て呼べば良いのだろうか。

 黙り込んだ俺に、会長はどうしたと言ってくると、俺は恐る恐る会長にこう呼んだ。


「こ、小刀祢ことね先輩……?」

「……急にどうした」

「あー、やっぱり馴れない。まだヘアピン会長の方が呼びやすい」

「まだそれで呼ぶか!」


 ヘアピン会長という呼び名に会長が怒りの声を上げれば、どっと笑いが辺りに巻き起こる。

 レオ先輩やジェンマは呆れ、日向達が苦笑いを浮かべれば、そこにキャスタル先生も現れ「楽しそうだね」と呟く。


「ほら、二人とも。まだ引き継ぎ式の最中だから」

「おっとそうだった」

「ったく、お前は」


 先生に言われ思い出すと、会長にぶつぶつ言われながらも定位置に立ち、引き継ぎ式を続ける。

 それから、来年度に向けて生徒会の目標などを挙げ、何とか生徒会長としての初仕事を終えた俺は、レオ先輩と共に生徒会室に向かっていた。


「はあ……疲れた」


 向かっている最中廊下でそう呟けば、レオ先輩は小さく笑みを浮かべ「お疲れ様」と声を掛けてくる。

 背後ではあの白いマントが歩幅に合わせて揺れる中、引き継ぎ式くらいはと思い、ちゃんと留めていた制服のボタンを外していると、バシンと背後から頭に何かが叩きつけられる。

 足を止め振り向けば、バインダーを手にした会長の姿があった。


「会長……」

「元だがな。会長になったら制服ぐらいきちんと着ろ」

「きついんすよ。締まって」


 不満げに言えば会長はため息を吐いて、前に回ってくる。何をするんだと不審げに見つめれば、外していたボタンを無理やりはめられ、潰れたような声を出す。

 だがそんな俺の声を無視し会長は一歩下がると、顎に手をやりながら唸った。その横にレオ先輩も立つ。


「サイズ、あってないんじゃないか?」

「ですね。補正は出してないのか?」

「去年から出してないです。前開けてたし」

「じゃあ今年は出せ。長期休暇の間に出せば新学期には間に合うだろ」

「はーい……」


 会長に言われ、面倒だなと思いながらも渋々頷き合くと、首元まできちんと閉める。

 するとそこにサナの声が聞こえてきた。


「あ、いたいた。生徒会室にいなかったからどこに行ったかと思ったら」

「サナ。それに日向達もどうした」

「会長が卒業間際という事で、班メンバーで写真でも撮ろうかと」


 首に掛けていたカメラを持ち上げながら日向がいう。

 それを聞いて俺達は納得すると、会長が辺りを見回しながらサナに訊ねた。


「ここでいいのか?中庭とかは?」

「あ、良いですね。中庭」

「行きましょう!」


 会長の提案にサナとヨムが賛同すると、俺達も頷き揃って中庭へ向かう。

 まだ時期が早いのか大半の桜は咲いていなかったが、中庭にある濃い色をした桜の木だけ満開の花を咲かせていた。

 メジロが数羽、桃色の花の中で飛び回る様子を眺めていると、日向に声を掛けられ振り向く。

 そこにはいつの間にかジェンマとエリゼオが居て、エリゼオがカメラを構えれば、俺達はそれぞれ笑みを作り、ポーズをする。


「はーい。撮ります。はい、ちー……」


 言い切る前に押されるシャッター。

 それに合わせてハラハラと花弁が舞い散ると、雲の狭間から青空が見え、光が差し込んだ。

 早く撮れてしまった写真に皆で笑った後、折角だからと元生徒会だけでも写真を撮った。

 カメラを渡された俺は、構えると四人に向けて言葉を掛ける。


「行きますよー。はいチョコミント」

「何だそれは」

「チョコミントって」


 俺の言葉に会長は不思議そうに呟き、ジェンマもくすりと笑う。シャッターを押し確認すれば、自分なりに上手く撮れていた。

 レオ先輩がやってきて確認してもらうと、先輩は会長を呼んだ。


「会長。時雨と二人で撮りませんか」

「時雨とか? というかもう会長じゃないんだが」

「もう馴染んで変えずらいんですよ」


 レオ先輩まで会長呼びを続けた事で、会長は困ったように笑う。やはり会長呼びが馴染んでいて、今更呼び方を変えるのは難しかった。


「じゃ、会長。写真撮りましょ」

「あ、ああ……って、結局お前もか」

「レオ先輩のいう通りやっぱり会長の方が言いやすいから」


 そう言って会長の肩に腕を回せば、桜の木の下に向かう。

 レオ先輩の掛け声に合わせて、ピースを向け笑顔を見せれば、腰に腕が回され会長が寄ってくる。

 シャッターの音が響いた後、レオ先輩がやってくれば、カメラに写った自分達に、俺は思わず会長を見た。


「……今までにないくらいにいい笑顔してる」

「何だ。悪いか」

「いえ」


 むしろ、いいんじゃないですか?

 そう笑って言えば、会長はにこりと笑った。

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