【6-21】会長

 それから結局、ウィーク領域に戻るまで両親には生徒会長の事でいじられ、気が休まるどころか疲れただけの帰省を過ごした後、寮に戻るとジェンマとエリゼオが待っていた。


「あら、帰ってきたわね」

「どうした? 生徒会関連か?」

「はい。正式に時雨しぐれさんが生徒会長になった事をお知らせに」

「あー……わざわざ」


 おめでとうございます。とエリゼオは笑みを浮かべ、投票の結果用紙を渡してくる。

 今年度は前年にも増してジタバタしてしまったが為に、本来夏の長期休暇にある筈だった選挙が今の時期になってしまった訳なのだが、生徒個人が持つタブレットからの選挙を行った結果、無事に俺が会長に選ばれたらしい。

 ジェンマ曰く会長が推薦したというのも選ばれた理由の一つではないかという事だが、実はもう一人生徒会長の候補者がいた。


「レオ先輩も一応会長候補だったんだ……」

「私達の推薦でね。次四年だし、生徒会やってるからどうかなって思ったんだけど……さすがエースなだけあるわね。勝てなかったわ」

「この際エースとか関係ない気がするけど……というか、どちらにしても副会長にはなるんだな。先輩」

「はい。ちなみにそちらはレオさんの立候補です。何でも時雨さんを支えたいからとの事で」

「なるほど……」


 けど、今の三年を差し置いて二年の俺が上に立っても良かったのだろうか。そんな違和感も感じながらも役職を見れば、ジェンマとエリゼオの名前がなかった。

 あれ。と二人を見ればエリゼオは苦笑いを浮かべる。


「実は僕達それぞれ別の委員長任されまして」

「そうなのよ。何でもなりたがらないだの、人手不足でね。だからこれからは風紀委員長と図書委員長としてそれぞれ頼むわね」

「りょ、了解っす。……んじゃあ、書記と会計は」


 そう思って改めて結果を見てみると、書記にはヨム、会計には日向ひなたの名前があった。ここにサナの名前がないのは、恐らく仕事があるから出来ないという理由からだろう。

 それにしたって、こんなに同じ班で固まらせて問題はないのだろうか。


「何か会長変な権力振りかざしてない?」

「偶然よ」

「偶然ですよ」

「……偶然と書いて必然と読みそう」


 やけにニッコリで答える二人に、俺はより不安を感じた。まあこうして投票で決まった以上、特に見知ったメンバーだし文句はないのだが。

 息を吐きながらも了解し、今後の予定を聞いて二人と別れた後、自室に入り荷物を置いてそのままベッドの上で横になる。

 廊下にいる他の寮生の声や物音が微かに聞こえる中、カーテンの隙間から差し込む夕日に目を細めながら、じっと天井を見つめていると、不意に何とも言えない寂しさを感じた。


(そっか……もうそんな時期なんだな)


 すっかり忘れていたが会長は四年生であり、数週間後には学園を卒業する。

 こんな状況だから、かなり早急に引き継ぎとかしなければならないだろうが、それはそれとして、自覚してしまうと寂しく思えた。


(最初に出会ったのって、確か新入生の班別テストだっけ)


 それこそ自分でいうのも何だが、能力が能力だけに俺の欲しがる班が多かったのだが、戦闘中倒れる事が多々あり、班をたらい回しにされていた。

 力はあるが使えない。使いにくい。そんな腫れ物扱いされていた俺を、会長は拾ってくれた。


(最後の最後まで迷惑を掛けっぱなしだったけど、会長がいてくれたからこそ、ここまでやってこれたしな)


 決して本人の前では言えない。けど、感謝はしている。

 そんな事を考え、思い出しているうちに感傷的になってしまって、目頭が熱くなってしまうと、起き上がり慌てて目元を擦る。

 こんな事で泣いてたまるか。なんて強がりながら、頭を横に振った後、ベッドから立ち上がり制服に着替えれば、部屋を後にする。

 寮を出た後、まだ戦いの痕跡の残る校舎に向かえば、生徒会室のある上層階だけ灯りが付いていた。もしかして会長がいるのだろうか。そう思って、校舎の中に入り階段で上まで上がる。エレベーターもあったのだが、戦闘によって故障していた。

 長い階段に疲れを感じつつ、何とか生徒会室まで歩いていくも、あまりの静けさに不安を感じた。せめて先に連絡しているか確認した方が良かったかもしれない。

 そう考えている内に辺りがより暗くなり、足を早めると、生徒会室の扉を引いて中を見る。そこには、会長がポカンとした様子でこちらを見ていた。


「……どうした? 急に」

「いや……ちょっと」


 引き継ぎ? なんて言うと、会長はより驚き、珍しそうに呟く。


「引き継ぎ? あんなに嫌そうにしていたのに、まさか自ら来るとはな」

「……悪いっすか」

「いや別に。だが、すまんな。こちらの準備がまだ出来てないんだ。しばらく溜まっていた仕事がまだ済んでいなくてな」

「じゃあ手伝いますよ。どうせ自分もいつかしなきゃだし」

「そうか? じゃあ、すまないが」


 会長に言われ俺は部屋に入ると、会長の机に溢れる資料を手に取る。確かに数ヶ月前の日付が書かれていて、手が付けられていないそれを苦笑いして見つめれば、側の机で会長に教えられながら済ませていく。

 いつか振りの二人だけの生徒会室。ストーブの温かさが身に染みる中、何件目かのファイルを片付けた所で、傍にコーヒーの入ったマグカップが置かれる。

 顔を上げれば、会長がコーヒーを口にしながら立っていた。


「あっ、ありがとうございます」

「砂糖とミルク入ってるからな」

「ん、覚えてくれてたんですね」


 そう言いながら口にした後、俺はふと会長に訊ねた。


「会長が生徒会長になったきっかけって何だったんですか」

「俺か?」

「はい」


 俺の質問に会長は「そうだな」と呟いた後、真剣な眼差しで語り始めた。


「俺もお前と似た感じだったかな。推薦されてなったんだが、まさか二年連続とはな」

「……もしや俺も二年連続とかじゃないですよね?」

「それは知らん」


 だが続くといいなと微笑みながら言われ、俺は何も言い返せなかった。本音を言えば一年で良いのだが。

 そんな会話をしつつ、会長はコーヒーを挟み、きっかけの続きを話してくれた。


「俺の前の生徒会長は、上房かみふさイチコという女性の生徒会長だった。何もかも不慣れで、人付き合いも悪かった俺を助けてくれてな。……あの人がいなかったら、俺はここにはいなかった」

「……」


 会長は懐かしくもどこか寂しげに呟く。

 上房イチコ。二年前にあった大きな戦いで、命を落とした彼女は、とても明るく面白い人だったと言われていた。

 もし生きていれば会ってみたかったなと思いつつ、会長の話を聞いていると、会長は何かを思い出したのか、コーヒーを机に置いて、ファイルの置かれている棚辺りを探る。


「確か、ここにあったはず……あ、あった」

「何ですか?」


 普段は開けた所を見たことがない、棚の下にあるアルミ製の引き戸。そこから出てきたのはアルバムであった。

 会長はそれを持ってくると、俺の前で開いた。

 そこに写っていたのは、まだぎこちなく硬い表情を浮かべる会長と、そんな会長に肩を回しピースを向ける、長い髪の女子生徒の姿だった。

 かちこちな会長に思わず笑いが込み上げるも、その女子生徒が目に入ると、会長はくすりと笑みを浮かべ言った。


「いつも笑顔の素敵な人だった。気になる奴がいれば常に話しかけていって、励まして。そんな人柄だったから、色んな人に好かれていた」

「……みたいですね。全部笑ってますし」

「ああ」


 常に誰かと一緒。年相応な無邪気な笑顔を向け、楽しげに写っていた。

 その時の生徒会の写真を眺めた後、アルバムの表紙を閉じた会長は、ぽつりと小さく呟いた。


「生徒会長の推薦を貰ったのは、彼女が亡くなった後だった。もしもの事があったら学園を頼むって。……正直、俺ですら生き残れるかも怪しかったというのに、そんなの最初から分かっていたかのように準備されていたんだ」

「……」

「最初は無理だって思ったんだが。彼女の願いだったから」


 そう優しく会長は言う。その表情はまるで愛した人を想うような、切なく儚げな笑みだった。

 何だかこのまま消えてしまいそうな気がして、俺は会長と呼ぶと、会長はアルバムから顔を上げ俺を見る。

 つい呼んでしまったとはいえ、何を言おうか迷っていると、不意に頭に手が置かれた。


「会長……?」

「……今となっては、なって良かったと思う。お前達に会えて良かった。大変な事も多々あったが、すごく楽しかった」


 ありがとう。そう礼を言われ俺は笑う。けど、何故か頬を熱いものが伝うと、声を震わせながらも「こちらこそ」と何とか返した。

 恥ずかしくて言えやしないけど、ただただ嬉しく、そして離れるのがすごく寂しかった。

 そんな俺の気持ちを助長させるように、会長が頭を撫でると、俺は強がるように声を上げる。


「こ、子ども扱いしないでください」

「そんな顔で言われてもな」

「ううっ、だって」


 会長が優しくするから。そんな事を言うから。

 そう返しながら止まらない涙を拭う。まさか最後に会長にここまで泣かされるなんて思ってもいなかった。

 悔しいと漏らしながらも目元を拭えば、会長もまた「俺もだ」と返し、顔を逸らした。


「全く。卒業式までまだ数週間あるんだぞ。泣かせるな俺を」

「先にそうさせてきたのは会長でしょ〜!」


 男二人密室で泣きまくってる姿なんて、死んでも他の人には見られたくない。

 泣くな泣くなと、自分に念じながら何とか涙を引っ込めると、空気を変えるように会長に言った。


「さっ、仕事しましょ‼︎ 日が暮れましたし‼︎」

「ああそうだな。後お前鼻出てるぞ」

「ティッシュ‼︎」


 そう叫び、会長から箱ティッシュを受け取ると、数枚取り出し鼻を噛む。

 日が完全に暮れ外が暗くなる中、気合いを入れ直し、改めて仕事に向き合った。

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