【6-20】報告

 ヘイズや事故の真相が報じられて早一ヶ月近く。すでに退院し、領域内外の交通機関が動き出した事で、俺はユマと共に家に帰っていた。

 まともに連絡を取れなかった事もあり、突然帰ってきた俺達に、お袋は泣き出し人目も憚らず俺達を抱きしめてきた。親父も親父で、珍しく笑みを浮かべ「おかえり」とどこか嬉しそうに言うものだから、二人には沢山心配をかけさせてしまった。

 そんな二人に出迎えられながら、俺達は家に上がる。お袋は棚からパスタとレトルトのミートソースを取り出すと、慌てて作り始めた。


「まさか今日帰ってくるとは思わなかったから……」

「あー……ごめん。いつ切符取れるか分からなかったから」

「それでもせめて連絡くらいはしときなさいよ」


 そうユマに突っ込まれ何も言えなくなると、荷物を部屋に置き、お袋の手伝いをしに台所に向かう。

 先にユマが来ていたが、俺も来た事でお袋はきょとんとしてこちらを見つめていた。


「珍しい。まさかレイが自ら手伝いにくるなんて」

「い、良いだろ別に。それに今は籠手もないし」


 珍しがるお袋に俺はムッとしながらも、腕を捲り手を洗う。入院している時からそうであったが、今の俺の腕にはもうあの白い籠手はない。

 あの戦い以降、神衣化は外部からの指摘もあり、完全に廃止され、白い籠手は没収となってしまった。

 確かに身体的な問題があったとはいえ、他のメンバーはともかく、それによって蒼い城の担い手を隠してきた俺はかなりの死活問題だった訳だが。それの代わりとして、俺の知らぬ間に手術によって胸元に蒼龍そうりゅうの神器が内蔵されたチップが埋め込まれていた。


「てっきり傷の縫合手術だけかと思ったら……」

「遅かれ早かれ君には受けてもらうつもりだったからね」


 手術後、病室で目が覚めた時に説明され唖然としたものである。しばらくは数ヶ月に一度の検査が必要だが、生活運動共に支障なく過ごせるらしい。

 そんな事を思い出しながら、濡れてキンキンに冷えた手を拭って待機していると、パスタを茹でていたお袋が俺に指示を出す。


「レイ、棚から皿を出して」

「はーい」


 返事をして棚に向かえば、奥にあった皿を四枚取り出す。そこでふと、後ろで聞こえるユマとお袋の楽しげな話し声に、俺は小さく笑んでしまう。


(やっと、帰ってきたんだな)


 そうしみじみと思ってしまったのは、全ての事がひと段落ついたからだろうか。

 ほっとする自分を二人から悟られないように、静かに台所にあるテーブルに皿を並べていくと、ザルにあげたパスタを鍋ごと抱え、お袋がやってくる。


「お腹空いたでしょ。これだけで足りるかしら」

「うん。足りるよ」

「そう?」

「うん。……なあ、お袋。後でちょっと良いか」


 これからの事について話したい。そう言うと、お袋は瞬きした後、真剣な表情になり小さく頷いた。

 

※※※


 昼食を済ませ食器を片付けた後、俺とユマは両親に向き合うように卓を挟んで座り、これからの話をした。

 三月から引き続き今の学園には通う事、学科は変わっても卒業まで在籍する事。……そして、卒業後の事。


「卒業しても、俺はウィーク領域に残るつもりでいる。正直まだちゃんと考えてはいないんだけど、俺はユマの傍に居たいから」

「ちょっ、レイ……‼︎」


 恥ずかしがるユマを他所に、俺はまっすぐ両親を見つめる。緊張して二人の答えを待っていると、最初に口を開いたのはお袋だった。

 息を吐いた後「そう」と言って、眉を下げながらも笑うと、「そうよね」と言った。


「いいのよ。それで。貴方が無事でいてくれたら」

「お袋……」

「けど、残念ね。せめて孫の顔だけでも見たいのだけど」

「っ、見せるから‼︎ その時は見せるから……‼︎ ってか、ちゃんと帰ってくるって‼︎」


 というか何故突然孫の話になるのだろうか。

 気の早いお袋に呆れていると、腕を組んで硬い表情で聞いていた親父は口元を弛ませ言った。


「ま、お前が決めた事に俺達は何も言う事はない。今後はもう戦う事もないんだろ?」

「とりあえずは」

「だったら好きに生きろ。折角こうして生きて帰ってきたんだからな。……ただし、一度守るって決めたならちゃんと守ってやれよ」

「……うん」


 分かってる。親父の言葉に強く頷くと、親父は笑みを浮かべ、俺からユマに視線を移す。

 ユマは背筋を伸ばし姿勢をただすと、そんなユマに親父は優しく声を掛けた。


「昔からの付き合いではあるが、引き続き俺の息子をよろしく頼む。何かこいつがやらかしたら遠慮なく言ってきていいからな」

「お父さん……はい。分かりました。その時は遠慮なく言いますね」

「あれ、何かこのやりとり前にも見た気がするぞ」

「気のせいじゃない?」


 既視感のあるやり取りに俺は呟くと、ユマは首を傾げ返してくる。にしても何故やらかす前提なのだろうか。

 それを聞いているお袋もニコニコとして、「遠慮なく言うのよ」と親父と同じ事を言う中、外から猫の鳴き声が聞こえてきた。


「ん、レンタが帰ってきたか」

「レンタ?」

「少し前に飼い始めたのよ。猫を」

「猫」


 俺達を置いてさっさと離れていく両親に、俺は呆然として目で追う。

 ガラリと引き戸を開ける音と共に、サバキジの中猫が部屋に入ってくると、真っ先にユマの所へと向かっていく。


「あっ、可愛い」


 顔を綻ばせるユマに、レンタと呼ばれた猫は警戒もせずに擦り寄ると、やがてユマの膝の上に乗ってくる。

 それを見たお袋は「あらー」と嬉々とした声を上げる中、俺がそっと手を伸ばすと、レンタはその手を叩いてくる。


「なっ、お前」


 いった。と手を摩りながら見つめれば、触るなと言わんばかりに耳を伏せこちらを見つめてくる。俺何かした?

 無言の睨み合いをしていると、ユマが頭を撫でてきた事で、レンタは心地良さげに顔を上げる。その隙に伸ばせば、俺に対し凶変し勢いよく噛みついてきた。


「いっだ‼︎‼︎ 何でだよ⁉︎」

「上から手をやるから怖いのよ」

「えぇ……」


 ユマも上から手をやってるじゃん。と不満げに思いつつ、及び腰でゆっくり手を伸ばす。だが再び叩かれると、俺は舌打ちし背を向けた。

 そんな見知らぬ間に居着いていた猫と、拗ねながらも攻防戦を繰り返していると、日向ひなたから電話がかかってくる。日向も今実家に帰省している所であった。


「猫にユマを取られた」

『あー……それはお気の毒に』


 泣き付けば、日向は困ったように笑って返してくる。分かっている。言ってもどうにもできない事は。

 携帯片手に、今はユマの傍で香箱座りしているレンタの前で猫じゃらしを揺らしている中、日向の用件を訊ねれば、日向も先程の俺達の様にこれからの事を話したという話であった。


「で、どうだった。言って」

『まあ、好きにしなさいって感じでした』

「そっか」

『……所で、先輩』

「ん?」

『その、親御さんには生徒会長になるって話したんですか』

「……いや?」


 面倒だから話してない。そうきっぱりと言えば、日向は苦笑いする。

 と、その一言を聞いていたお袋が「何が面倒なの」と言って食いついてきた。


「何か隠してるの? 」

「え、いや別に……?」


 しらを切って目を逸らすが、近くで座っていたユマはため息を吐くと、呆気なくバラしてしまった。


「次期生徒会長に選ばれたんです。レイ」

「ちょっ、ユマ、お前……っ」

「生徒会長っ⁉︎ 貴方が⁉︎ ちょっ、お父さ〜ん‼︎」

「あっ、もぉぉぉぉ……‼︎」


 ユマから聞いたお袋は目を輝かせるなり、親父を呼び始める。

 お袋の声に親父も現れ、大騒ぎになる二人に俺は頭を抱えれば、電話口から日向の控えめな笑い声が聞こえてきた。

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