【6-19】たとえそれが偽善でも(多村side)
時雨君に呼ばれた視聴会から数日後。
ウィーク民間放送局の
"あの列車事故は偶然ではなく、故意だった。"
"半神による哀しい復讐劇"
"利用された子ども達"
……等、連日様々な見出しで、これらはニュースのトップに上がっていた。
そして、その裏で繋がっていた
四校との一件もあり、元総理大臣であった霧宮ハジメは議員辞職後、検察からの取り調べを受けているという。記者仲間によれば、疑惑のある他の議員も目を付けられているらしい。
どうかこのまま膿を出し切り、浄化してもらいたいものである。
(とはいえ、報じる側にも問題があったわけだが)
そう思ってしまうのは、今回改めて名前が上がっている歌姫・
時雨君と初めてコンタクトを取ったのは、彼女と事故の事がきっかけだった。
以前から過熱した報道が問題視されていたこの件は、今回を機に再び議論されている。そしてそれをより示唆するように、ヘイズ・シルヴァー教授の最後の言葉が頭から離れなかった。
『私が全ての原因とはいえ、罪のない子ども達を苦しめたのは君達マスコミと世間だ。真実を追い求めるのは良いが、くれぐれもその正義を間違った方向に使わないように』
(正義……か)
僕が独立したきっかけは、その正義に疑問を感じたから。
事故で傷つき悲しむ子ども達に、僕達は容赦なくその傷を抉った。真実を知る為そう言って、彼らの心を見て見ぬふりしてきたのである。
その中でも、被害者であり加害者と親戚関係にあった真燃さんは、誰よりも多く傷ついてきただろう。話を聞けば命を狙われたとも聞く。
今思うと、真実すらまともに明かせなかった僕達は、かえって彼女の立場を危うくしていただけで、彼女を傷つけるだけであった。
先日、彼女はとある報道番組の取材に応じ、その時の話を少しだけしてくれていた。時折言葉を詰まらせ、離席する事もあったが、それでも勇気を出して伝えてくれた彼女に感謝したいと思う。
(僕達大人は身勝手だ。当たり前の事ですら守れなくて、言い訳ばかりする)
そう思いながらも、自分だって無意識に流されている部分はあると思う。業界のルールだの、何だの。よく考えればつまらないものだと分かっていても従ってしまう。
自分だって言えた義理じゃないなと思いながらも、こうして誰かの悪事を暴こうと、記事を作っている自分がいた。
「はあー……」
「なーにため息ついてんだよ。
「ん、ああ。来てたんだね。
声が聞こえ、振り向けばニヤニヤしながらこちらを見つめる月木の姿があった。僕は苦笑いして「色々とね」と答えると、作業を止めパソコンにロックをかけ、席を立った。
気付けば部屋は暗く、時刻は十七時を過ぎていた。部屋の明かりをつけ、休憩がてらにコーヒーでも飲もうかとキッチンに向かう。
ついでに月木の分もと、マグカップを二つ用意し、コーヒードリップを取り出すと、月木がカウンター越しに背後から声を掛けてくる。
「今回の件、良い方向に向かいそうで良かったな」
「ん、ああ。そうだね」
そう言いつつも、電子ケトルを台に置き黙ってしまうと、月木は不思議そうに嬉しくないのかと訊ねてくる。
嬉しい嬉しくない。そんな言葉で言い表せる資格はないと思っていた。
「まあ、何というか……償ったって感じはする」
「何だよそれ」
僕の返しに、月木は呆れたように言った。
湯が沸く間、俺は月木を向いて困ったように笑えば、月木は目を細め、カウンターに頬杖をつく。
「そういや多村が独立したのって、報道のやり方に疑問を感じたからだよな」
「……うん」
けど、結局同じ事をしている気がしないでもない。
そう言うと、月木は息を吐いて「その道にいる以上は仕方ないだろう」と言った。それはそうなのだが。
「時々不安になるんだ。自分がやっている事が正しいのかとか。傷付けてはいないかとか」
「何だ。そんな事か」
今更だろうと月木は笑う。それに対して僕はムッとしてしまうと、それに合わせるかのようにケトルからボコボコと音が聞こえ始めた。
沸騰間近になった事で月木から背を向けると、そんな僕に対し月木は言った。
「一つ言っておくけど、馬鹿にしてるわけじゃないからな。俺だって考えた事あるし。けど、それで気負い過ぎるなよ」
「気負い過ぎてはいないさ。……多分」
言い返したくても言い返せず、口を閉ざすと無言のまま湯をドロップの入ったマグカップに注ぐ。本当は少し冷ましたほうが良いのだが、面倒になった。
辺りにコーヒーの香ばしい匂いが広がる中、出来たコーヒーを月木に渡せば、彼はそれを受け取り口にした後口を開く。
「人間ってのは、後悔して生きる生き物じゃないか。誰だって正解なんか知りやしない。だからビクビクしながらも意地を張って生きてるもんじゃないの」
「正解……か」
「そうさ。この世に絶対的な正解なんてありやしない。そもそも持っているものは人によって違う。傷の多さもさ。今はさ、こうして技術も発展して誰でも何でも出来るつもりでいるけど……違うんだよ、本当は」
怖がりなくせに、大人になると怖がる事が許されない。だから、騙し騙しで生きていくんだろ。
月木の言葉に、俺はコーヒーを口にしながら静かに頷いた。身を守る為、本音を言わないように、流れに身を任せて。
けどそれがふと、胸を刺してくる。走り続けるのはきついから立ち止まった時に、目を逸らしていた闇が容赦なく襲いかかってくる。
口を離して、「生きていくのは大変だ」と言えば、月木はフッと笑って「気にするとな」と返す。
「でも、そんな騙し騙し、目を逸らしでやってきた結果、本来ならば問われる筈の悪事を見逃してきた。お前は問う事で誰かを傷つけるのを気にしてるけど、それはそれとしてお前は誰かの為にはなっているんじゃないのか」
「……そうかな」
そうだったら良いけど。ぽつりと漏らし、コーヒーを再び傾けていると、室内に電話の音が響く。デスクトップのそばに置いていた携帯を手に取れば、そこには時雨君の文字があった。
電話に出れば、昨晩僕が出したネットニュースの記事を読んだという。それを聞いて嬉しくもありドキドキしていると、一言「ありがとうございました」と告げられた。
『ちゃんと、報じられて安心しました。正直不安だったんです。また、これでユマ達が傷付いたらって。……けど、良かった。多村さんを信じて良かった』
「……!」
僕は目を丸くした後、目頭が熱くなった。まさかそう言ってもらえるとは思わなかったから。
彼に聞こえないように電話を遠ざけ、鼻を啜った後、「こちらこそ」と返すと、時雨君は笑っていった。
『あれ、もしかして泣いてます?』
「泣いてなんかいないさ。ちょっと風邪をひいてしまってね。でもありがとう。……そう言ってくれて嬉しいよ」
『……いえ』
ではお大事に。彼はそう言って電話を切る。
息を深く吐き滲んだ涙を拭うと、月木が背後から肩に腕を回してくる。
よろつき、危うく机の上に置いていたコーヒーをひっくり返しそうになりながらもされるがままになっていると、「良かったな」と月木に言われた。
「ああ。本当に」
「全く、良い子だよな。聞いてて痺れたわ。……本当、そういう子らの為にも、良い未来を作っていかないとな」
「……うん!」
強く頷き、気合いを入れる為に自分の両頬を強く叩く。僕が出来る事で、これからも彼らの味方になれたなら。
そんな偽善にも似た思いを新たに、僕は椅子に座ると記事作りを再開したのだった。
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