【6-17】これからの事
更に数日後。退院の目処が立ち、より出歩けるようになった俺はユマと共に病院中庭に来ていた。
まだ一月中旬という事もありパーカーやポンチョを上に着て、雪の降りそうな曇り空を見上げつつ、ベンチに座って話をしていた。
「それで、やっぱりそっちも学兵廃止って感じか」
「ええ。思ったよりもバッサリいったわよ」
まあ、仕方ないよな。と苦笑いしつつ返せば、ユマは息を吐いて「まあね」と言った。
俺も同じ事を会長から言われたが、上が思う以上に世間からの存続反対が強く、廃止命令が出たらしい。
これによって各学園で改革が求められ、職員や役員達が連日話し合いをしていた。
その間俺達は長期休暇を与えられているが、学園からはこの休暇の間に来年以降も在校するか、それとも退学、または転校するか考えてほしいと言われている。
俺としては全てが終わった以上、この学園にいる必要もないと思うのだが、正直なところ迷っていた。
白い息を吐いた後、ミルクティーの缶を持ちながら遠くを見つめるユマに今後の事を訊ねる。
「お前はさ、これからも残るの?」
「ええ。そのつもりよ。一応これでも霧嶋の娘だしね」
「ああ、そうか。……ま、そうだよな」
「……レイは帰るの?」
「んー……」
唸った後迷ってると答えれば、ユマは身体を向けて見つめる。
パーカーの両側のポケットに手を入れて、脱げそうになるスリッパを足先で揺らしながら、しばらく無言のまま考えていると、ユマも正面を向いた後傍に寄ってくる。
間を置いてこてんと寄りかかる感覚がすると、ユマは瞼を閉じて言った。
「私としては、残って欲しいとは思うけど」
「!」
「最終的に決めるのは貴方よ。でも、私としては傍にいて欲しいなって」
滅多に聞かないユマの頼みに、俺はユマを見つめ返す。そして小さく俺も笑った後、「ユマがそう言うなら」と言って、ユマの肩を引き寄せた。
「残ろうかなここに」
「私が言わなかったら残らなかったの?」
「いーや、それでも多分残ったとは思うけど。でも、ほら母さん達がさ心配してたから」
「あー…… じゃあ、帰りなさい」
「嫌だよ」
「なんでよ」
「何でって……」
それは勿論あれである。言われて嬉しいのだが、いざ自分で言葉にすると恥ずかしく感じた。
目を逸らし、頬を指で掻いて逃げようとすれば、ユマが何か言いたげにじろりと見てくる。
こうして無言の攻防戦が続いた後、押し負けた俺は息を吐いて言った。
「そ、そりゃ。好きな幼馴染だし? お前から離れたくないし」
「‼︎」
「だから、欲しかったんだよ。お前にいて欲しいって言って欲しかった」
「な、な……!」
俺以上に顔を真っ赤にして、ユマは声を震わせる。
まあ、そう言う前に彼女の方から言ってくれたので、かなり嬉しかったのだが。そんな俺の考えを知ったユマは沸騰してフリーズした後、ベンチの上で膝を抱え、顔を隠すと小さく「バカ」と言った。
「何でそんな恥ずかしい事いうのよ」
「お前が先に言ったんだろ」
「そう言って欲しかった癖に」
「……ま、ありがとな」
「意味わかんない」
何も言い返せず、ひとまず礼を言った俺にユマが照れながら返す。
寒さで赤くなっていた耳元がより赤くなり、顔を合わせようとしない彼女の様子が可愛らしく感じていると、ユマはゆっくりと足を下ろした。
そして、両手で持った空き缶を揺らしたりしながら、「それで」とユマが話しかけてくる。
「残るという事は
「あの件? ……あ、ってか、何でお前知って」
「言われたのよ。貴方の会長に」
ええ……と俺はげんなりしながら頭を抱える。
あの件というのは、次の年度の生徒会長についてである。前々から言われていたのだが、改めて俺が生徒会長に推薦される事になっていた。
とはいえ、在校するかも考えている所だった為、昨晩の時点で回答は保留にしていたのだが。いくら幼馴染とはいえど、部外者であるユマになぜ話したのか。
(ハッ、もしや会長は元からそのつもりで)
退路を塞ぐために敢えてユマに……? そう一人で問答を繰り返していると、ユマはくすりと笑って言った。
「私も引き続き来年リーダーだから。よろしく頼むわよ」
「あーもう決定事項になってるんだな。俺の気も知らないで」
「あら、どうしても嫌なら降りてもいいんじゃない? 一応任意だし」
「任意と書いて強制だろ。全く」
仕方ないなと呟きながら、ベンチの背凭れにもたれかかる。どちらにせよ、これからは今まで以上の戦いはまずないだろうし大丈夫だろうと思いたい。
それに、色々と無茶はさせてくる人ではあったが、信頼は出来る会長からの推薦だから最後くらいは引き受け入れてやろうと思う。
深いため息を吐き両太腿を叩いた後、「分かりました」と言うと、しっかりとユマに告げた。
「じゃあ、今度からは学園の会長同士としてもよろしくな」
「! ……ええ、勿論」
頑張ってね。そう満面の笑みでユマは俺の背中を叩くと、ベンチから立ち上がる。
空からはチラチラと粉雪が舞い始め、寒さが増してくるのを感じると、俺もユマの後を追うように病棟へ向かった。
※※※
入って数分も経たない内に、外は雪で視界が白くなっていた。暖房の効いた廊下で身体を温めながら、自分の病室に戻ってくれば、中から
来客か? と、邪魔しないように恐る恐る引き戸を開ければ、米遣のベッドの傍に革鞄を背負った小学生らしき少女が見える。
俺が入ってきた事で、米遣は顔を上げるなり「おかえり」と告げると、その少女は俺を見て頭を下げる。
(あれ、どこかで見かけた事があるような)
肩で切り揃えられていたが、銀色の癖っ毛のある髪。会釈され、俺も小さく頭を下げると、米遣が紹介した。
「ツキだよ。蒼の城にいたでしょ」
「! ああ、あの子か⁉︎ 」
「……ツキ、です。よろしくお願いします」
驚く俺に対し、ツキと呼ばれた少女は若干緊張した面持ちで挨拶をする。蒼の城で会った時とは随分様子が違っていた。
見舞いかと米遣に訊ねれば、頷いた上で「レイくんにも用があるみたいだよ」と言われる。……はて、何故俺に?
首を傾げながらも、ツキに目線を合わせるようにしゃがみ込むと、ツキは背負っていた革鞄からチャック付きの透明バッグに入った書類とメモリーカードを取り出した。
「これ、オマ……じゃなくて、アナタに」
「ん、俺に?」
一体誰から。とバッグ越しにファイルを見れば、表紙にはヘイズの名前が書かれている。
バッグから取り出して見てみれば、そこそこの厚さのあるそのファイルには数年前の列車事故やデーモン計画に関する事が書かれていた。
茫然としてそれを眺めていれば、ツキは静かに言った。
「兄さんから言われて頼まれたんだ。アナタに持っていくようにって」
「兄さん?」
「
「!」
意外な関係にまたもや驚いてしまうが、こんなファイルを持っている事に納得もした。
ツキは表情を変えず淡々と俺に言った。
「この資料は自由に使ってくれってさ。何ならマスコミに渡しても良いって」
「マスコミにって」
「ああ、そうそう。そのメモリーカードには先生の最後の言葉が入ってるよ。それも自由に使って良いって」
用はそれだけだからと、ツキは言うと部屋を後にする。
呼び止める暇もなく、戸惑ったままツキを見送った後、俺はそれを抱えベッドに座り再度確認した。
米遣も気になるのか、身を乗り出してこちらを見つめる中、軽くファイルを読み進めていると、そこには事故の真相がしっかりと書かれていた。
(
ヘイズが隠そうとしてきたそれらが黒く塗り潰される箇所もなく、全てがそこに書かれてある気がした。
確かにこれをマスコミに渡せば、大きなスクープにはなるだろう。だが同時に再び
(真実を明かす事が、果たしてユマの為になるのだろうか)
迷いながらもページを捲っていると、最後の所で封筒が挟まれていた。宛先を見れば俺に宛てた手紙のようであった。
米遣と目を合わせた後、ファイルを傍に置きその手紙の封を切ると、中から数枚の便箋が出てくる。
そこに書かれていたのは、俺に対しての勝利の祝福と、これらの資料についてだった。
「餞別として、我々が行ってきた悪行や真実を君に渡そう。どう扱おうが君の勝手だ。好きにするが良い……か」
「先生らしいね」
「らしいのか」
「うん」
懐かしむように言った後、米遣は眉を下げて「僕も話さないとな」と呟く。
「もう一人の君には言っちゃったんだけど、僕はね。前々からずっと君達が繰り返してきた所を見てるんだ」
「繰り返してきた事って、戦いの事とか?」
「そう。今はその記憶も大分薄れて来たんだけど。多分時計塔が無くなったからかな」
そう苦笑して米遣は話を続ける。
霧宮もそうだったが、ヘイズの他にも数人そういった今までの繰り返してきた記憶を持っている人々がいた。
それらは全てヘイズによってそう記憶するように改造されたらしいが、米遣とツキの場合はまた少し違うらしい。
「僕達は守護竜として、時計塔の願いと契約した身。説明が難しいんだけど、まあデーモン計画と似て非なる感じかな」
「そう、なんだな……?」
「……うん。えっとね、その時計塔には二人の神の願いが含まれていたんだ」
頷くもよく分かっていない俺に、米遣は困ったように笑うと再度説明をしてくれた。
米遣はどちらかと言うと、世界を守る願い。けれどツキは破壊する願い。相反する神同士の願いで作られた時計塔は神器のようなものでありながら、無限……つまり繰り返す力を秘めていた。
結果的に時計塔という時間に関わる物であり、大きさも合った事から、この一例に関する数多の記憶を時計塔は保持していた。
「僕達が覚えていたのは契約していたから。ある意味傍観出来たと言った方が良いかも。霧宮さんも傍観できる権利は持っていたけれど、彼は彼自身で保持していたから……」
「無理をしてたって事か」
「そう。……一時は危なかったと聞いて心配したけど、助かって良かったよ。本人は能力が使えなくなったって少し嘆いていたけどね」
安堵しつつ米遣は話す。
命が助かる引き換えに、能力が使えなくなった程度ではお釣りが出るくらいにはラッキーだとは思うのだが。だが、話し程度ではそう言って断言するのも酷な事なのかもしれない。
半笑いで聴きつつも、それ以外は口にしないでいると、俺は置いたファイルを撫でながら米遣の話を聞き続けた。
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