【6-16】意外な結末

 壁も空もより赤く影が伸びていくと、救援を受けたヘリコプターが数機姿を現す。

 怪我の酷い緒鉢おばちや、鬼海きかい会長、そして我が学園の会長と日向ひなたが優先して運ばれた後、俺も手当てを受けるためにユマとヘリに乗り込んだ時、辺りにあの鐘の音が聞こえ足を止める。

 その鐘の音に耳を澄ませていると、職員に催促され背中を押されるように中に入る。

 職員曰く、帰った後全員検査含めて入院らしい。

 入院か。なんて思いながら、胸元の傷を手当てされていると、席に座り外を見つめるレオ先輩を見つけ声を掛ける。


「レオ先輩」

「どうした」

「いや、その」


 目に入ったから声を掛けたとはいえ、中々話題が見つからなかった。

 しばし無言が続いた後、包帯が巻かれ手当てが終わった事で先輩の隣に座ると、先輩は俺を眉を下げながら笑んで「疲れたな」と言った。


「そう、ですね」

「不満か」

「……米遣よねづかの事もありますし」

「そうだな」


 結局行方不明のまま捜索は打ち切り。同時にヘイズもまた行方不明のまま戦いは幕を閉じた。

 ヘリが上昇し、蒼い城から離れていくと、蒼い城は外壁から徐々に崩れて海に落ちていくのが見えた。

 そんな様子に、レオ先輩はふと愚痴をこぼした。


「俺が足を失った意味は何だったんだろうな」

「あっ。そういえばそうだ……代償支払ってるのに、願い叶えてませんね」

「願い……か」


 レオ先輩は頬杖をつきながら外を眺めた後、ふと「米遣」と呟いた。


「世界の最終手段ならば、一個人の生還ぐらい可能じゃないのか」

「……けど、それだと先輩の足が」

「戻ってこないんだ。もう諦めはついてる」


 そうは言っても、足を取り戻したいと言えば叶うのでないか。なんて思いつつ、一方で米遣を望む自分もいた。

 悩んだ後、ため息を溢し背凭れに寄りかかると、そんな俺達の話に加わるように後ろの席からスターチスさんが現れる。


「残念だけど、蒼の城を発動した時にいた管理者は未来のレイだから代償は返還になるよ」

「「え」」


 スターチスさんの言葉に、俺とレオ先輩は振り向き声を上げる。返還になると聞いて、レオ先輩の足の心配は無くなったが、同時に複雑な気分にもなる。

 先輩も喜んで良いのか戸惑っていると、スターチスさんはため息をついて「心配しなさんな」と言った。


「あの子はあの子でヘイズの呪縛から解き放たれた訳だし。近々会えるよ」

「会える……? 死んだ訳じゃないのか?」

「違う違う。ただ単に元の身体に戻っただけ。当の本人は今病院だよ」


 そう告げられ、俺と先輩は見つめ合う。

 プロペラ音だけが響き、無言が続いた後、どばっと俺の目から大量の涙が溢れ出した。

 突然泣き出した俺にレオ先輩がぎょっとするも、泣きじゃくりながら良かったという俺に、先輩は優しく頭を撫でた。

 少し遅れて、前の席に座っていたユマと茉由山、ヴィートがこちらを向くと、ユマが驚いた様子で「生きてるの」とスターチスさんに訊ねる。


「生きてるよ」

「!」

「よ、よく分かんねえけど……要するにハッピーエンドってやつ?」

「そうじゃない?」


 良かったねと茉由山まゆやまが言えば、ヴィートも喜びの声を上げながら手を叩く。

 一気に歓声が湧き上がるも、その直後はしゃぎ過ぎたヴィートが職員に叱られ、それによってまた笑いが巻き起こる中、俺はビービーと先輩の腕の中で泣き続けていた。


※※※


「本当にごめんね。心配かけさせて」

「本当だよ! マジでビビらせやがって!」


 申し訳なさそうに謝る米遣に、眼帯を付けた櫻島さくらじまが声を上げる。

 あの戦いから早一週間。未だに世間の混乱は続いているが、少しずつ元の生活へと戻っていっている中、未だに入院していた俺は、同室になった米遣と過ごしていた。ちなみに櫻島は別室だった。

 あの後、米遣の生存を訳あって誰よりも遅く知った櫻島は、たまたま俺の病室に遊びにきた際、同室だった米遣に仰天し、気絶する事件を起こしていた。

 驚くだろうなとは思いつつも、まさか気絶するとは思ってもおらず、米遣と二人慌てたのを覚えている。

 後に櫻島はその件について、「ついに化けて出たかと思った」と話しているが、それにしたって驚き過ぎである。

 そんな話をしていると、それを聞いていた茉由山は呆れたように櫻島に言った。


「いくらなんでも幽霊と見間違えて気絶するって失礼すぎるでしょ」

「まじで知らなかったんだって! 生きてたの!」

「そうだよね。驚くよね。僕だってあの時死んだって思ったもの。ごめんね」

「米遣、櫻島に謝らなくて良いから。ほら見なよ。ちゃんと部屋に米遣ルリアって書いてあるでしょ。まさか名前を確認しないで部屋に入ってたの」

「ゔっ」


 冷静な茉由山の言葉に、櫻島は呻く。そんな二人のやり取りに俺は苦笑いを浮かべていると、近くの椅子に座っていたヴィートが「まあそこまでにしようぜ」と言って、ケーキの箱を開ける。

 誰よりも早く退院した茉由山とヴィートは、わざわざ俺達の為にケーキを買ってくれていた。

 前にもこんな感じで入院中にケーキをご馳走してもらったなと思いながら、ありがたくショートケーキをヴィートから受け取っていると、そこに扉を開く音が響いた。


「騒がしいと思ったら、何を騒いでいるの。リエト・サクラジマ・オルゴーリオ」

「うわ久々にフルネーム聞いた」

「えっ。櫻島じゃないの」


 ユマの呼び方に茉由山とヴィートが反応する中、ゲッと嫌そうな顔を浮かべる櫻島に、ユマは不審げに見つめる。それを他所に、米遣はイチゴショートケーキを美味しそうに口にしていた。

 騒がしくも賑やかな光景に、俺は楽しげに見つめていると、米遣がふと手を止めて話しかけてくる。


「楽しいね。レイくん」

「だな」


 笑む米遣に俺も笑う。一方で、茉由山と同じく呆れた表情で櫻島を見つめるユマに、ヴィートがケーキを差し出していると、ユマはそれを会釈して受け取り、俺の側にある椅子に座る。

 あらかじめ多く買っていたのだろう。ケーキの箱は二箱あり、種類はショートケーキのみではあったが、まだいくつか残っていた。


「ほらほらお前らも」

「うぅ……いただきます」


 不満そうに茉由山を見ながらも、櫻島もケーキを受け取り、米遣のベッドに腰掛ける。茉由山は茉由山で小さな声でいただきますと言ってヴィートの横の席で食べ始める。

 ケーキを口にしていたユマは目を輝かせた後、買って来たヴィートに訊ねる。


「よくこんなに買ってこれたわね。高かったんじゃない?」

「以前よりはな。今回の件で、魔鏡領域の国々とも険悪になってしまったし、軒並み材料が上がってるとは聞いてる」

「……いいの?」

「良いも何も。俺の家金持ちだし」


 気遣うユマにヴィートは包み隠さず平然とそう言うと、辺りが静まる。茉由山はそんなヴィートに溜息をつくと、「気にしないで良いよ」とユマに伝える。


「この通り本人も好きでやってるから」

「そうだぞ。それに快気祝いも兼ねてるからな」


 胸を張って言うヴィートに、櫻島は感動して深々と頭を下げる。それを見た茉由山が何故か胸を張って「感謝しなよ」と言う。何故茉由山が偉そうにしているのだろう。

 

「ああ、そうそう。先輩や後輩達も呼びなよ。足りなかったら買ってくるし」

「何でお前が仕切ってるんだよ。金出したのはヴィートだろ」

「店とケーキ選んだのは俺」


 ツッコむ櫻島に茉由山は自慢げに呟く。ヴィートは特に気にしていないようで、ケーキを普通に食べていた。

 そのやりとりを眺めていると、ユマが手を止めて言った。


「本当に、終わったのね。何もかも」

「……まだ実感湧かないよな」

「そうね」


 元の日常が戻ってきている……とは言うが、全てが元に戻った訳ではない。棚に置かれたテレビを見てみれば、四校の今後について国会で討論が行われていた。

 四校については以前から学兵の在り方が問題視されていた。それこそ最初は兵士育成も兼ねており、戦場に出されるのは少なくとも卒業した後となっていた。

 実際に法律でもそう定められていたが、ある年に制定した緊急事項にて、【緊急事態のみ例外的に学兵が出る事が許されている】とあるらしい。

 緊急事態の想定としては、他領域からの侵攻で、兵力が著しく下がった時など、軍だけじゃ手に負えない時である。

 一応それについては入学してすぐに学ぶのだが、いつの間にかそれの多用が常態化し、俺達も戦場に出る事が当たり前になった。

 異常であった事は確かだが、誰も声に上げなかった事も事実だ。……いや、実際には上げていたかもしれないが上の人達が話を逸らして来たのだろう。

 無言でテレビを見つめる俺達に櫻島達も気付き、テレビを向くと、ヴィートがケーキを頬張りながら「どうなるんだろうな」と言った。


「さあ。……けど、ニュースとか世論を見る限り、学兵制度そのものが変わる可能性はありそうだけどね」

「そっか」


 ヴィートの問いに茉由山が答えれば、ヴィートはそう言って飲み込む。

 堂々巡りな討論を目にしながら、俺は不安な気持ちを抱いたままケーキを口にした。

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