【1-10】学園のスパイ

 公園の真ん中にある街灯には蚊柱が出来ていた。少し蒸し暑く感じるが、日中よりはまだマシだ。

 途中で買った缶ジュース片手にベンチに座ると、櫻島さくらじまが缶ジュースを開けるのに苦戦していたので、代わりに開けてやる。


「サンキュー」

「大変だよな。その手じゃ」

「まあな」


 笑いながらも櫻島は開けた缶ジュースを手にする。


「……で、話ってなんだ」

「んー、まあ、ちょっとな。……お前んとこにヨムって言う子、知らないか?」

「ヨム? 俺の班にいるけど」

「ほう、それなら話が早いや」


 缶ジュースを一口飲んだ後、櫻島はふと俺をみる。


「日中のあの件といい、後々恐らくお前達に関わりそうな事だから、神霧かんむ学園の事先に話しとく」

「!」

「神霧学園の、事ですか?」

「そう。実をいうと俺も神霧学園の元生徒だったから、内部の話なんかは結構知ってるんだぜ」

「は、まじか」

「初耳です。それ」

「そりゃそうだろ。……あ、言っとくけど、俺が神霧の生徒だったって絶対に周りに言うなよ。後々面倒になるから」

「あ、ああ……でも、いいのか、俺たちが聞いて」

「いいんだよ。諺にあるだろ? 昨日の敵は今日の友ってな」

「出会ったのは今日だけどな」


「とにかく、俺はお前達を気に入ったんだよ」そう櫻島は嬉しげに話すと、改めて真面目な表情になって話し出した。


「少し前、俺たちはスパイとして各学園に飛ばされた。お前達の所にいるヨムも多分スパイだと思う」

「なっ⁉︎ ヨムが神霧のスパイ⁉︎」

「そ、そんな訳……」

「信じるか信じないかは勝手だぞ」

「……」

「ま、それはとにかく置いといて。少なくとも、俺は今はスパイじゃない。元々あいつらの考えに反感があったからな」


 そう言った後、櫻島は急に顔を逸らす。そして小さな声で呟いた。


「本当は鬼海きかい会長に絞られたのもあるけど」

「あの会長怒らせたのか……」

紅鹿こうろく学園の生徒会怖そうですよね……」

「怖そうというか怖いよ、あそこは」


 話は戻り、ユマの話になった。


「時雨って、あいつとはどんな関係なんだよ」

「お、幼馴染み」

「えっ⁉︎ あのユマさんと幼馴染みだったんですか⁉︎」

「そうだよ。けど、あいつ色々あったしあえて言わなかったけど」

「ま、それが賢明だな」


 歴史的にも大きな事故だっただけに、未だに調べ回っている報道機関は少なくない。

 というのもあの事故はユマにとってはただの事故じゃなかったからだ。


真燃しんもえはあの事故の被害者家族でもあり、同時に『加害者』の家族でもあったから。……とはいえ、酷だよなマスコミも。まだ子どもだったあいつに押しかけるなんて」

「知ってんのか」

「知ってるも何も、テレビで見てたからな」

「そうか」


 俺だってあの頃の事は忘れていない。毎日毎日カメラを持った人々があいつの、一人きりになった家に集まっていた光景を。

 今でこそあそこまでの過熱した報道はあまり見かけないものの、あの時は皆その事故に夢中だった。


(それなのに、俺は……傷つけたんだよな)


 無意識に手を握り締めていると、櫻島はちらりと俺を見てすぐさま缶に目を向ける。

 どこからか九時を知らせる鐘が聞こえる中、櫻島の口が開く。


「神霧学園には、特別な事情を抱えてる奴が多いんだ。それを利用する奴らが裏にいてさ」

「利用する?」

「神霧学園と連携している研究所があるんだ。そこで能力に代わる新たな力を研究してるんだが。噂によると、どうやらその研究に真燃とヨムが関わっているみたいなんだ」

「⁉︎」

「よ、ヨムさんもですか⁉︎」

「あくまでも噂だぞ、噂」


 他にもその実験に関わっている生徒はいるらしいが、正確な事は分からないらしい。


「感情を利用した新たな力……」

「さく……リエトさんは、その実験に関わらなかったんですか?」

「関わりたくもないねあんなヤバそうなもの。真燃は霧嶋きりしま財閥の娘でもあるから、関わらざるを得なかったんだろうけど」

「ユマ……」

「ま、とにかく」


 空になった缶を地面に落とし踏み潰した後、それを手にして、櫻島はその場を離れる。


「ユマとヨムには気を付けろよ」

「……」


「じゃあな」と言って櫻島は去っていった。

 公園がより一層鎮まり、遠くから聞こえる救急車のサイレン音が少しずつ大きくなる中、俺は日向ひなたを見る。


「……帰りましょうか」

「そう、だな」


 呆然としつつ寮へと戻る。寮は暗く静かだった。


「ヨムがスパイ、か」


 きっと、櫻島の勘違いだろう。そう頭に言いかけて、俺は日向と別れると自室に入った。

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