1章 夏の記憶【時雨レイ メイン】
【1-1】とある夏の昼休み
「………」
チョークが黒板の上を滑る音だけが響く中、俺は窓から空を見上げる。
ふと右頬をさすりながら、ボーっとしていると。
「
呼ばれている事に気がつき前を向く。俺は頭を掻きつつ、席を立った。……ああ、ここか。
「あー……っと、X=……」
答えを言うと、教師は複雑そうな表情で正解だと言った。
窓ばかり見ていたから聞いていないとでも思ったのだろう。残念だったな正解して。……まあ、聞いてはいなかったのだが。
適当に黒板の文字をノートに書き写していると、チャイムが鳴り響く。やっと昼か。なんて思いながら、背伸びしていると聞き慣れた声が聞こえた。
「まーた、呆けてたでしょ」
「別に?」
「……ハァ」
ため息をつきながら、空いた前の席の椅子をこちらに向けて座る。
彼女もまたウィーク学園前線特科第一部隊で、同じクラスの子。名前は
十数年前、ウィーク政府によって正式に認定された特殊な力を持つ人々……通称能力使い。その能力使いを領域内外から集め作られたのが、この学園。ウィーク学園以外にも何校かあるのだが、ここでは主に一般兵だったりを育成する学園だったりする。
一般兵で察する人もいるかもしれないが、ウィーク学園は学兵の育成目的で作られた学校だ。どうやらウィーク政府は、能力使いを武器としてでしか見ていないようで、両側にある別領域の戦況を見ては俺たちを投入している。
当然ながら最初は非難殺到だったらしい。が、あくまでも入学するかどうかは自由だった為今はどうなのかは知らない。
そんな事を思い返していると、サナの声が聞こえてくる。
「……聞いてる?」
「ああ? ……あー聞いてなかったわ」
「はぁ……」
やれやれと言わんばかりに、サナはタブレット型端末をいじるとこちらに画面を見せる。
近日中に行われる部隊別訓練のスケジュールのようだが、かなりきっちりしている。
「確認したらサインする様に言われているだろう?」
「あー……うん。やる」
そう言って、サナに画面用のペンを渡されるとサインをして決定をする。
「そういえばお前今日ライブなんだろ。早退しなくて大丈夫か?」
「ああ、既に早退手続きは終わっているし大丈夫。数十分後に安蘇さんが迎えに来るしね」
「
サナはウィーク領域でも有名な歌手で、よくテレビ出演やライブをしたりしていた。
歌手をしつつ、こうして学兵として戦っているからすごい奴ではあるのだが、よく周りから反対されなかったなとも思う。
彼女から今夜のライブのチラシを貰い見てみれば、彼女以外にも有名なバンドや歌手の名前が並んでいる。
だがその中に俺は懐かしい名前を見つけてしまった。
「っ……‼︎」
ああ、そうだった……あいつも歌手になったんだよな。
あの事故の後、養子としてウィーク領域にいる遠い親戚に預けられて以来連絡のやり取りはしていなかったものの噂で歌手になったことは知っていた。
「? ……真燃さんが気になるの?」
赤い瞳がキョトンとしながら、その名前を見る。俺は間を空けて「別に? 」と苦笑いしてしまった。
正直名前を聞くだけでも、彼女に対して後悔だったりとか気まずさが記憶の淵から噴き出てしまうくらいには苦いものだったし、何より顔を見るのも怖い。絶対恨んでいる。
「……はぁ」
「ホント、どうしたの」
「別に、ちょっと昔を思い出しただけだよ」
「昔、ねぇ。ま、無理に聞く気は無いけどさ」
サナはそう言って、そばに置いていたサブバッグを探りコンビニで売られているソーセージパンと紙パック式の野菜ジュースを取り出す。
それを目の前で開封し、口にしながら「あまり過去の事にとらわれ過ぎないようにね」と言われる。
「ま、そう出来たらいいんだけどな」
「……もしかして、失恋?」
「失恋……とはまた違うけど。喧嘩別れした、みたいな」
「喧嘩別れ……ねぇ」
「いや、喧嘩別れも軽いな……。なんか、こう。すっげえ傷つけたんだよ。最悪な事に」
「何したの」
「それは、言えない……」
目を逸らす俺にサナは「そう」と静かに言った後、「はい」と目の前に何かを落とされる。
「深入りして悪かったね。お詫びに朝買ったペットボトルに付いてたオマケあげる」
「え……あっ⁉︎ これ、で、デンファレちゃんの……⁉︎」
「好きでしょ? デンファレちゃん」
ウィーク領域で有名な、マスコットキャラクターのデンファレちゃん。真っ白なライオンのような見た目に頭に紫色の花を咲かせたクリクリお目目がキュートなそれは、俺の生き甲斐にもなっている推しのキャラクターだった。
その推しの付いたミニハンカチに歓喜の声を上げると、サナは時計を見て片付けをしていた。
「後、これ余ったからあげる」
「サンキュー。あんぱんありがたく頂戴しますー!」
「どうぞどうぞ。ゆっくり噛んで味わって食いな‼ ︎ んじゃ!」
そう笑ってサナは教室を出て行った。
俺はそのありがたく頂戴したあんぱんの袋を破ると「先輩ー!」と聞き慣れた声がした。それが女子だったらどんなによかったか。というのは置いといて、俺の相棒であり後輩のその男子生徒は笑顔で自分の弁当箱を持ち上げる。
俺は仕方ないなと言わんばかりに、あんぱんだけを手にするとその後輩の元へ向かった。
※※※
「今日は日差しが強いですねー」
「の割には、外で食ってるやつも多いけどな」
校舎の側にある大きな中庭。そこのベンチなどには、主に女子生徒達が楽しげに話をしながらお昼を食べていた。
側には学食や売店もあり、雨天時以外はいつもベンチは埋まっている。今日も例外なくベンチは満席だった。となれば。
「芝のある木の下で食うか?」
「ですね。……って」
「……あ」
「む。時雨に、
レオ・ベレスフォード。同じチームで先輩。生徒会役員の一人でもある。
真面目な顔をしているレオ先輩の手には、売店で買ったのか、少し大きめの袋が握られていた。
「今日は弁当じゃないのか」
「流石に毎日弁当作る気力はないですよ」
「でもあんぱんだけですよね?お昼。大丈夫ですか?」
「……」
俺はじっと後輩の日向の弁当箱を見つめる。
するとレオ先輩はため息をついて袋からおにぎりを一つ渡してきた。夏限定レモン香る牛焼肉入りおにぎりである。
「会長から頼まれて量多めに買ったんだ。一つで足りるか?」
「……レオ先輩」
「なんだ」
「ありがとうございます‼︎」
頭を下げてありがたく頂戴する。レオ先輩は表情を変えずに「ああ」と言うと、「ついでに」と緑茶も渡される。日向は苦笑してその様子を見ていた。
その後、レオ先輩は「じゃあな」と言って去っていくのを見届けた後、そばの木の下でそのおにぎりやあんぱんを食べつつ他生徒の様子を見ながら他愛もない話をする。
「今日九恵先輩のライブなんですよね」
「ああ……」
「……なんか浮かない顔ですね。何かありました?」
「んー……」
昔の事を思い出した。なんて言う気はないが、とりあえず調子が悪い。と話を濁らせる。
ある人が「昔は昔、今は今だと割り切れ」と言っていたけども、そんな簡単に割り切れるはずもなかった。
「日向はライブ見るのか?」
「え?あ、はい。まあ、今日はバイトあるんで録画ですけど」
「バイト? ……なら、今日は俺一人か」
「すみません。よろしくお願いします」
「OK」
笑みを浮かべて言うと、日向も笑う。
そんな何気ない日常。青春だとか、友情だとか、今目の前にある景色を見る限り平和なのだが、命令がくれば自分含めて真っ先に戦場に向かわされる。たとえこちらに不利があったとしても、俺は味方となって戦わなきゃならない。
上の人は自分達の事をどう思っているのだろうか? 学兵? ……いや、もしかしたらただの駒かもしれない。
(安っぽい命だな)
自分がいなくなったら、周りは悲しんでくれるのだろうか。なんて思っていると、日向が困った表情でこちらを見ていた。
「なんだよ」
「いや……。何度も話しかけたのに、一向に見向きもしないので。……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。ただ眠いだけだよ」
指についた米粒をちろりと舐めとると、緑茶を一気飲みする。
するとタイミングよく、学園中に時計塔の予鈴の鐘が鳴り響く。辺りの生徒が次々と校舎へ向かう中、俺達も立ち上がる。
「じゃ、また後でな」
「はい!」
自分よりも背の高い後輩が大きく手を振り、見送るのをよそに俺は「ああ」と手を少し上げつつ、元いた教室に戻って行った。
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