【1-2】転校生と理事長
「南に
学園別館にある、班ごとに分けられた少人数教室。そこでこの学園の生徒会長であり、班長の
ホワイトボードといっても、大半はタブレット型端末からのデータをプロジェクターを通じてホワイトボードに映しているだけなのだが、そこから物理的にペンで丸を書いたりしている。
(映された画面に直接書けるペンがあるはずなんだけどなぁ)
他の班ではどうなのか知らないが、基本的にこの会長はペンでホワイトボードに書く派だ。
まあそれは別にいいのだが、書く際にプロジェクターの前に立つのでよく画面が見切れる。
「今回は紅鹿学園との共同作戦となるが……って、
「聞いてる聞いてる」
怪訝そうな目で見つめてくるが、少しして「まあいい」と会長はペンを置いた。
すると隣に座っていた
「どうした日向」
「会長……。紅鹿学園って、
「ああ。そこは俺も危惧していた所だ」
あくまでもウィーク学園は中立を保っている学校だ。それは領域の中心地にあるからとか、立地的な意味もあるのだが。
会長はため息をつきつつ、「校長の意図が分からない」と言った。
(校長直々の命なのか……)
聖園派と
でも正直自分含めて生徒の大半はどっち派かとか関係無くて、世間的にも騒いでいるのは一部の人々と力を持つ上部の人々だけだったりする。
その人々の為に、命を張らなきゃいけない俺たちの事を考えてくれと度々思ったりはするのだが、他の学園や班を考えると戦闘要請が少ない分まだいいのかもしれない。
「レオ、念の為後でもう一度校長に確認するぞ」
「了解」
「……で、もし共同作戦が実行されるなら?」
「先程の打ち合わせ通りだな。……日時は五日後の早朝。遅れるなよ」
「へいへい」
「後時雨、
軽い返事をして、手に持っていた端末の電源を切る。
するとタイミングよくチャイムが鳴り、終礼するようにと放送が流れた。
「じゃ。校長に確認した後の報告はまた明日連絡する」
「了解」
「分かりました!」
「解散」と会長が言うと、俺達は立ち上がり教室を後にする。
「じゃ、僕はこれで」
「おう。気をつけてな」
荷物を持ってきていた日向は先に帰っていく。俺は会長とレオ先輩と共に途中まで一緒に本館の教室へと向かった。
「にしても会長。背縮みました?」
「うるさいぞ時雨。逆にお前が伸びたんだろ。もやしみたいに」
目の前を歩く背の低い会長に言うと、会長が静かにいい返してくる。
俺が入学して、同じ班になってから幾度なくこのやりとりをしている気がする。
側にいたレオ先輩はまたかと言いたげに呆れた様子で見ていた。
「後時雨。お前最近ボーッとしていると聞いたが、少し気が抜けてるんじゃないか?」
「えー、気のせいじゃないですか?」
「気のせいならいいが、戦場でされたら困るからな」
「分かってますって」
そう返すが、会長は不審げに見つめてくる。
そんな時ふとレオ先輩が突然立ち止まり、それに気づいた会長も止まると、俺は前を見る。
「あ、校長先生。お疲れ様です」
「うむ。ちょうどいい所に来たな小刀祢」
腰が曲がった白い髭が特徴の校長先生は、後ろの女子生徒を紹介する。胸元の学年を表す石が一つしかないのを見る限り、どうやら彼女は一年生らしい。
「明日よりこの学園の生徒となるヨム・ラウントリーだ」
「はじめまして」
少し緊張しつつも、背筋を伸ばして挨拶をする。そんな彼女に俺たちもそれぞれ「よろしく」と返した。
「彼女は一年生だが、素晴らしい能力使いでね。という事で、突然なんだが小刀祢。お前達の班に彼女を入れる」
「俺たちの班にですか? ……了解しました」
(突然だな)
夏の長期休暇まではまだ数週間あるが、まさかこんな時期に女の子が入ってくるとは。今まで紅一点だったサナがどう思うかは知らないが、まあ彼女の事だし仲良くするとは思うが。
稲穂のような黄金色の長い髪を揺らし、こちらを見ていたヨムと視線が合うと、彼女は小さく笑みを浮かべる。
俺も笑みを返す。と、その横でレオ先輩は何となく怖い顔をしていた気がした。
普段あまり表情を露わにしない人だから、尚更のことそう見えたのかもしれないが、疑問に思った俺は小声でレオ先輩に話しかけた。
「レオ先輩」
「なんだ、時雨」
「何かありました? なんか今スッゲー怖い顔してたように見えて」
「……疲れているんだ。多分」
少し驚いた表情をした後、隠すようにいつもの無表情を取り繕う。
ヨムはそんなレオ先輩を気にする事なく、頭を下げて再び校長先生とともにその場を離れていった。
「どうしたレオ」
「いえ、何も」
「そうか」
会長は頷くも、やはり何か思うのか視線をレオ先輩から逸らさずにいた。
「所で会長。例の作戦の事、校長先生に確認しなくてよろしいのですか?」
「あっ」
慌てて振り返るも時すでに遅く、会長は急いで校長先生をレオ先輩と共に追いかけていく。
俺はそんな姿に呆然としつつも、二人とは別に自分の教室へと向かっていった。
※※※
物があまり入っていない鞄を手に、人一人いない校内の裏門への道を歩く。
俺たちが住む寮は第三ウィーク寮という、建物自体は新しいのだが人数の少ない所だった。その第三ウィーク寮は学校のすぐ裏にあり、そこまでの道は図書館や綺麗に木々が整えられた森があったりする。
裏門自体使う生徒はあまりいないのもあり、こうして一人だけっていうのも珍しくない。更に森の奥には変わった小さな洋館がある。かなり古くて雨の日とかは暗いので、ある生徒によって幽霊が出るという噂が流されたのは記憶に新しい。
(幽霊……なぁ)
立ち止まり、その洋館のある方向を見る。道はあるが確かに暗い。流石噂で囁かれているくらいには不気味だ。
すると背後から「おや」と声が聞こえ、背筋がぞわりとした。思わず声を上げそうになりつつ距離を置いて振り向くと人がいた。
「おお、中々の驚き様」
「びびびっ、くり…した……」
黒髪が所々入った白髪の男は苦笑しながら近づく。
手には花壇の手入れでもしていたのか、土がついた軍手と草刈の鎌が握られていた。
「君は……そうか、特科の二年か」
「は、はい、まあ」
所で一体あなたは誰ですか。そう思いながら見てると、男は笑みを浮かべながらトントンと自分の胸元のポケットを突く。
「普段はあまり生徒とは話さないからね。そんな反応されても仕方ないか」
「え。………あ⁉︎」
生徒手帳を取り出し、ページをめくる。そして後ろの方にあるページを開き、指差しながら男に見せると男は頷いた。
モノクロ写真だがその特徴的な髪といい、魔鏡領域の貴族のような装いといい。明らかに目の前の男と生徒手帳に載っている男は瓜二つだった。
「キャスタル・ホワイト……理事長」
「普通にキャスタル先生でいいよ」
「キャ、キャスタル先生……」
名前を言うとキャスタル先生は再び頷く。
このウィーク学園の創立者であり、滅多に姿を現さない物だから死んでいるのではと噂されていたあの理事長。
俺は何となくキャスタル先生の足元を見たが、幸いにも足はちゃんとある。消えかかってはいない。
(でも確かこの学校……百年以上はある筈なんだけど)
新たな謎に恐怖を感じていると、キャスタル先生は苦笑いする。
「察しちゃったかい? もしかして」
「失礼を承知でお尋ねしますが、キャスタル先生は人間やめてます?」
「あーっと、惜しい」
「惜しいって……」
「そう惜しい。すごく惜しい」
そう言って、指を鳴らす。すると洋館から大きくチャイムの音が鳴り響く。
「……え?」
訳もわからず呆けた顔をしてると、キャスタル先生はニヤリとする。
「私は神です。正確に言えば元は
「……は? 神?ゴッド?」
「Yes, I am god.」
一瞬、何を言っているんだコイツと失礼ながら思ってしまった。
こんな……見渡す限り人、人、人……な世界で、自分は神だと言う人物を果たして信じられるだろうか。……いや、信じられるわ。
その証拠である生徒手帳を微かに握りしめながら、震える声で俺は言った。
「神様って本当にいたんだ……」
「まあ、君達の思う神様とは少し違うけどね」
「え」
「実はこの生徒手帳の写真数年前ので、私は創立者の孫です」
「ふぁっ…⁉︎ えっ、えっ、もしかして、この学園はヤバイ組織か何かが経営しているんですか?」
「……今のは冗談だから安心しなさい。私は正真正銘の本物の神です」
冗談と言われたが、一気に胡散臭くなってきた。そんな様子を面白がる先生にため息をつきそうになる。
「ところで君の名前を聞いていなかったね。名は何というんだい?」
「時雨……レイです」
「時雨レイ……。名前から察するに君は聖園領域出身か。そういや校長が前に君の名前を言ってたな。能力のレアが高いとか何とか」
「ああ……」
どうやら入学する際に受けた、能力のテストの事を言っているらしい。
能力の素質は血液検査で分かるようで、事前に専門機関で採血及び身体検査をされた後、能力がある又は今後開花する生徒のみ個別でそのテストを受ける。
それは生徒によってテストの内容はバラバラで。俺の場合、ヘッドホンと専用ゴーグルを装着して頭に浮かぶ現象を実際に形にするというものだった。
最初はあり得ないとは思いつつも、やってみると自分でも驚く事に出来てしまった。
「え〜と。確か……『
「あ、はい。擬似魔術です」
試しに手に意識を込めて、炎を発現させる。それを見たキャスタル先生は興味あり気に見つめる。
「擬似魔術……。名前の通り、本物の魔術とは力の使い所が違うみたいだね」
「本物の魔術?」
「うん。話せば長くなるけど、まあそれはいつか話すとして」
「? ……って、ちょっ……」
肩から腕、脇腹、腰……と叩くように触れた後、最後に額に手を当てられる。
すると、何か覗き見られている様な感覚に陥って、思わず離れようとした。
「ふむ……」
「一体、何なんですか」
「君、その能力を使いすぎると気分悪くなったりしない?」
「え? ……ああ、何度かは倒れた事あります」
気がついたら保健室にいた。という経験は何度かある。一年の時には能力の使い過ぎか知らないが、病院に救急搬送された事もあった。
「だから基本的に能力は使わないです。戦場で倒れたらアレなんで」
「ああ、それがいいかもね。ちょっとこれは危険だ」
「危険? 何がですか?」
「君の命がだよ」
キャスタル先生は今までとは一転して、真剣な表情でいった。
俺の命が危ない? どういう事だ?
気になって尋ねようとした時、違う場所から聞き慣れた声がした。
「おやぁレイちゃん。キャスタル先生と話していたのかい」
「あ、ばあちゃん……」
腰を大きく曲げ、しわくちゃの手で杖をつきながら優し気な目が俺を見つめる。
ばあちゃんと呼ぶこの人は第三ウィーク寮の寮母で、生徒を孫の様に可愛がってくれている。
「おや、
「これ、作ってきたので良かったらと思ってねぇ」
「わあ……! いつもありがとうございます」
「いいえ〜」
渡された少し大きめの風呂敷包みを有り難そうに受け取ると、空を見上げて先生がいう。
「だいぶ話し込んじゃったね。もし今後悩みがあれば遠慮なく尋ねてきなさい。こちらも話し相手が欲しいし」
「は、はあ……」
「ではまたね。レイ」
そのまま洋館へと向かう先生を見つめる。
(ま、たまにならいいか)
さっきの命が危ないという話も聞きたいし。そう思いながら、ばあちゃんと一緒に寮へと向かう。
「今日は大根と手羽元の煮付けだよ」
「おぉ。美味そう」
そんな日常的な会話をしつつ、今までの話を無意識に奥へ押し込んだ。
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