第25話 クラリッサ=サラストラーデ②

 それでも今はその言葉を受け入れられなかった。自分一人では解決するには重すぎる問題ばかりだったからだ。


「じゃあどうしろってんだよ」


 アレクシスが両手でクラリッサの左手を包んで持ち上げた。右手を下にして、左手でクラリッサの手の甲を撫でた。愛でるように、確かめるように撫でていた。


「やりたいようにやたらいい」

「そんなことしたらまた迷惑がかかる」

「今更だ。もう遅い。そらなら突っ走っていいだろう。お前らしくいてくれる方が俺たちも安心だ」


 長女のエルヴィーラ、次男のヴィルヘルム、次女のフェリシア。そして長男のアレクシスは皆楽しそうに微笑んでいた。


「俺たちだけじゃない、父上もお前のことを愛している。だから誰も止めはしない。文句はいうだろうがな」

「愛してる? 父上が?」

「そうじゃなかったらお前を魔王討伐課に編成してただろうな」

「そうしなかったのは愛してたから?」

「まあ、それはお前が向き合わなきゃいけない問題だからこれ以上はお前が一人で考えろ。でもみんなお前のことが数奇なんだよ。だから少しくらいなら好きに動いたって問題ない」

「つってもなあ……」


 今まではなにも考えなくても体が勝手に動いた。だが今は第三皇女としての自分、魔王の孫の友人である自分、軍人である自分と様々な立場の見方をしてしまう。なにが正しいのかわからなくなってしまうのだ。


「お前はどうして軍部に入ったんだ?」


 突然、そんなことを訊かれた。意味ははからなかったが、自分が軍部に入った理由は自分が一番よくわかっている。


「友人が、アリスが軍人になろうとしてたからだ」

「軍人にならずともアリシアの監視はできたはずだ。むしろそっちの方が都合がよかったかもしれない。お前のことがバレたら別の人間に交代することもできる。しかしお前はそうはしなかった。それに、アリシアとわざわざ友人という関係になったのもお前だ」

「そりゃ、そっちの方が都合が良かったからだ」

「父上は監視しろとは言ったが、友人になれとも軍人になれとも言わなかった。でもお前はこの道を選んだ。なぜだ?」

「その方がいいと思ったからって言ってるだろ。なんなんだよ」

「そう、都合がよかったんだ。父上にとって、軍部にとって、人類にとってじゃない。お前にとって都合がよかったんだ。アリシアであればお前のことを理解してくれるかもしれない。アリシアとなら友人になれるかもしれない。そう、思ったんじゃないのか?」

「それは……」


 二の句が継げない。アレクシスが言っていることが的を射ていたからだ。ただ見張っていればよかった。中等部の頃は別のクラスだったから、わざわざ自分から近づく必要などなかったのだ。


 それでも憧れてしまったのだ。凛とした立ち姿。雄々しい立ち振舞い。毅然とした態度と誰にも臆さぬその瞳。胸が焦がれるようだった。今までの自分とはまた違った

「身勝手さ」が格好良く見えて仕方がなかったのだ。


「外に食事を乗せたカートを用意してある。それを持って好きなところに行くといい」


 最初はなにを言われているかわからなかった。しかし、数秒間考えてようやく答えに行き着いた。


「なにも言わなくていい」

「兄上……」

「さっさと行かないと母上が戻ってくるぞ」


 なにも言わなくていいと言われた。それならばあとは行動を起こすだけだ。


 立ち上がり、スカートの端を持ち上げた。慣れないヒールい階段を降りた。


「あとでちゃんと借りは返す」


 後ろ振り返って人差し指を突きつけた。四人は「当然だ」と言いたげに笑っていた。


 王妃はまだおしゃべりを続けている。この場を離れるならば今しかない。


 壁際へと駆け抜けて、ひと目を避けて舞踏場を出た。こういった靭やかかつ素早い動きができると軍部に入ってよかったと思える。


 廊下にはカートの取っ手を持った制服の兵士がいた。心細そうにしていたが、クラリッサの姿を見つけて笑顔になっていた。


「待たせたみたいで悪かったな」

「いえ大丈夫です! ほんの三十分なので!」


 兄の行動は嬉しかったが、兵士を三十分も待たせるようなことをするとは思わなかった。


「ありがとうな。もう戻っていいぞ」

「はい! クラリッサ様もご武運を!」


 兵士はそのまま走り去ってしまった。元気がいいのは結構なことだが、もう少し他人を疑うことを知った方がいい。そんなことを思いながらもカートを押し始めた。


 廊下にはクラリッサ以外誰もいなかった。アレクシスの計らいかはわからないが、この姿を見られないのはありがたかった。


 少しずつ速度を上げていく。今日は即位式。お祝い事であることに間違いはない。特に自分の兄の国王になるのだから祝福するのは当たり前だ。だが一緒に祝いたい人間がいて、でもその人間はここにはいない。それならば迎えに行けばいいだけだ。


 静かな廊下にはカートの音とヒールの足音が響いていた。徐々に上がっていく速度は、きっと大きくなっていくクラリッサの気持ちと同調しているのだろう。









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