第24話 クラリッサ=サラストラーデ①

 王宮の舞踏場には多くの貴族、王族が集まっていた。高級なワインが振る舞われ、豪華な食事がいくつものテーブルに並べられていた。


 中央の大きな階段の上ではイルファンドラの王族がイスに座っていた。当然、その中にはクラリッサの姿もあった。


「おいクラリッサ、どうしてそんなに不機嫌そうにしてるんだい? 今日は兄上の即位式じゃないか」


 第二王子であるヴィルヘルムがクラリッサの前にやってきた。いつもよりも笑顔が眩しいのは気の所為ではないだろう。元々王位継承権は第一王子であるアレクシスのものであり、ヴィルヘルムは王位には興味がなかった。しかしアレクシスが即位するまではまだ決定ではないため、王になるための教育を三十歳になる今でも受け続けてきたのだ。それから開放されるとあればこの笑顔も納得できる。


 それでもクラリッサは不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「駄目よ、クラリッサはここのところいつもこうなんだから」


 右にいる第二王女フェリシアが言った。


「別に不機嫌なわけじゃない」

「誰がどう見ても不機嫌よ。まあ、仕方ないとは思うんだけどね」


 フェリシアが視線を舞踏場の方に向けた。その先には母であるロヴィーサが貴族の婦人たちと仲良く会話をしていた。


 クラリッサが王カエサルとその王妃ロヴィーサの娘でないことは兄も姉も当然知っている。しかし父も兄も姉もクラリッサを本当の家族として受け入れて伸び伸びと育ててくれた。家族の中で受け入れてはくれなかったのは王妃ロヴィーサだけだった。


「気にすることはない。僕も兄上も、姉上もフェリシアもお前のことが大好きだ。ちゃんと血も繋がってるじゃないか」

「半分以下とかその程度だけどな」

「そんなの関係ないさ。過ごしてきた時間は嘘じゃない」

「何度も泣かされたけど」と、ヴィルヘルムが続けた。


 年が近いこともあり、ヴィルヘルムとクラリッサは一緒にいることが多かった。しかし天真爛漫で自由奔放なクラリッサはよくヴィルヘルムにイジワルをしていた。取ってきた虫を食べさせようとしてみたり、木登りを強要して置き去りにしたり。そういった思い出は今でも脳裏に焼き付いてしまっている。イジワルをしてきたのはフェリシアとクラリッサの二人だったので精神的なダメージもひとしおだったろう。


 そこに第一王女のエルヴィーラがやってきた。顔は赤く、若干足元がおぼつかない様子だった。


「なになに、兄弟そろってなに話してるのー?」

「姉上もう酔っ払ってるのか? マティアスがまた苦労するぞ……」


 エルヴィーラが嫁いだ先は上流貴族の家であり、マティアスは彼女の夫にあたる。非常に優しくエルヴィーラに弱いため、彼女が酔った際にはいつも献身的に介抱するのだ。だがそのせいでエルヴィーラが自分の行動にブレーキをかけようとしないというのもまた事実だった。


「大丈夫よ。あの人は私にメロメロだから」

「んなこと言ってるといつか捨てられるぞ」

「第一王女を捨てるなんて貴族どこにもないわよー」


 なんて言いながらグラスを口につけて傾けた。


「言ってる傍からこれだよ……」


 何度か他の国に招かれてパーティーに参加したことがある。だがここまで能天気な王族も珍しい。自分の兄弟に対して言うのもなんだが、王子は手当り次第に女に声をかけ、王女は酒を飲んで食事を食らう。そんな兄弟の姿は恥ずかしくもあったが微笑ましくもあった。この人たちがいなければ自分はどうなっていたかわからない。


「兄弟揃って雑談か。呑気なもんだな」


 最後にやってきたのは第一王子アレクシスだった。即位した今は国王と言った方が正しい。


「呑気に見えるのか? そりゃ兄上は晴れて国王になったけだしいいよな。今三十七歳だろ? その年で一国の王様とはやるじゃん」

「その言い方はよくない。お前はいい子なのに口が悪いせいで損をする」

「兄上に関係ないだろ。私のことだ」

「まだ自分の出自を気にしてるのか?」

「まだもなにも一生のもんだろ。産まれた場所も育つ場所もガキには決められない」


 アレクシスは呆れたようにため息を吐き、けれどクラリッサからは視線を逸らさなかった。


「なあ、クラリス」


 そして、クラリッサの前に膝をついた。


「わお、王様を傅かせちゃった。とんでもない姫君だこと」

「姉さまはちょっと黙ってて」


 フェリシアがエルヴーラを嗜めると、エルヴィーラは肩をすくめていた。


「なにをそんなに思いつめてるんだ? 母上のことか? それとも友人のことか?」

「どっちもかな。それに元々こういう人がいっぱいいる場所は好きじゃないって知ってるだろ? アタシが本当の王女じゃないってことは軍のお偉方や上流貴族の一部は知ってることだ。みんなアタシを見てあざ笑う。ホント、嫌になるよ」

「あざ笑ってなんていない。ちゃんと第三王女として見てくれている」

「思ってないだろ? アタシは好き勝手やってきた。何度も城を抜け出したし、その度にドロドロになって帰ってきた。メイドをびしょ濡れにしたり、兄上たちにもたくさん迷惑をかけた」

「そうだな。確かにお前は勝手な女だ。俺の妹になってからずっと」

「わかってるじゃんか」

「でもそんな身勝手な女がこんなところでなにしてるんだ? 言われたとおりにドレスを着ておとなしくイスに座ってるのか? 笑顔も振りまけないのにここにいて、お前は一体なにがしたいんだ?」


 アレクシスはいつでも正論を言う。何度も窘めれ、諭されたとこだって数え切れない。しかし嫌いではなかった。いつでも正しい姿を、その後ろ姿を見せてくれていたから。彼の背後は安心できた。

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