第18話 エルヴィン=マインカート④

 レオナルドと共に資料室に入った。軍務庁の資料室は様々な書類が網羅されているが、一般兵が入れるほど甘くはない。エルヴィンとレオナルドが資料室に入れるのは資料管理部の同僚のおかげだった。


「そっちはどうだ」


 エルヴィンが声をかけると、レオナルドが「もうちょっと待って」とため息を吐いた。


 駐屯訓練研修生名簿、管理職適正名簿などを開いて当時駐屯訓練の経験があり、なおかつ地位の高い人物を割り出していく。それに加え、前回調べた手袋の再発注履歴を照らし合わせていった。


 作業時間にしてみれば精々二時間弱といったところだが、こうも名前や数字だけを追っていては疲労も蓄積する。エルヴィンもレオナルドもデスクワークはあまり得意ではなく、それもまた疲労に拍車をかけていた。


「ほら、こっちは終わったよ」


 レオナルドが数枚の書類を投げて寄越した。


「もっと丁寧に扱えって」

「大した資料じゃないでしょ。ったく、なんでボクがこんなことに付き合わなきゃいけないんだ」


 ブツクサと言いながらも協力してくれる姿を見るのも慣れてしまった。レオナルドと出会った当初は「なんだこいつ」という気持ちでいっぱいだったが、それも慣れれば問題ではなくなる。頼み事をされても文句を言う。相手に意見があるときもどこかトゲがあり、それが原因で対人関係が上手くいかないこともエルヴィンは知っている。レオナルドは本当の意味で上っ面の関係だけが上手い、非常に不器用な男だった。


 自分の書類も片付け、レオナルドの資料と前回の資料を突き合わせていく。いくつかの候補が該当するが、その中で一人だけ戦死した者の名前があった。


「見つけたぞ。しかし、これはどういうことだ」


 その名前はガイエル=ノイマン。三ヶ月前に魔王討伐部隊の指揮官に指名され、魔王との最終決戦で死亡した軍人の一人だった。


 ガイエルのことを思い出した。部下には優しく魔王や魔族に対しては並々ならぬ敵意を剥き出しにしていた。常に冷静であり部下の悩みなどをよく聞き相談相手にもなっていた。そのため部下からの信頼も厚く、無用な人殺しをするような人物だとは思えなかった。


「ガイエル中佐か」


 レオナルドが後ろから覗き込んできた。「まさかな」と珍しく驚いた様子だった。


「でもおかしな点はあった。レオも前言ってただろ?」

「指揮官への任命だね。事前通達なしでいきなり派兵だったから、そりゃ誰だっておかしいって思うさ。任命直後はなにかやらかしたんじゃないかって噂にもなってたくらいだ」

「ちょっと待て。その点がおかしいってなると、もっとおかしいのは軍部の人事ってことにならないか? ガイエル中佐そのものの問題ってわけじゃなくなる」

「確かに」


 そこでよくない考えが浮かんできた。


「ガイエル中佐は本部で問題を起こしたわけじゃない。それは他の同期にも聞いたし、ガイエル中佐の悪い噂もない」

「じゃああの人事異動は当然軍の上層部によるものだろうね」


 顔を見合わせ、つばを飲み込んだ。おそらくレオナルドも同じことを思ったのだと直感した。


「ガイエル中佐の異動は軍部によるもの。そしてレイチェルの恋人になりえた人物はガイエル中佐。それはおそらく今までの資料からも言えることだ」


 長身、大柄、筋肉質。エセットへの駐屯訓練の経験があり階級が高い。それにガイエルの祖父はエセットの出身だった。であればエセットに出向いていても不思議はない。何度もエセットに行っているのであればレイチェルと懇意にしていてもおかしくはないのだ。


「ガイエル中佐が魔王の仇であることを軍部が知っていた、と仮定すれば納得がいく」

「しかも軍部の権力者、もしくは軍部に発言権がある人物だ」

「ま、大佐以上であることは間違いないだろうね。でもさすがにそこまでは調べられない。魔王に殺されることを前提として人事異動をさせたくらいだ、ボクらだってどうなるかわかったもんじゃないよ」

「この件に関しては首を突っ込むのはやめた方がよさそうだ」


 魔王オメガについて調べるのはおそらく問題ない。すでに死んだ人物であり、人々にとって驚異だったからだ。いわば敵を調査するのと大差なく咎める人間はいない。しかし軍部の調査となれば話は違う。自分の身にどんな災難が降りかかるかわからない。


「とにかく犯人らしき人物は特定したんだからもういいでしょ。さっさとアリスに伝えて手を引こうよ。元々体よく使われていたに過ぎないんだからさ」

「そんな言い方しなくていいだろ。魔王の死に疑問を感じていたのはアリスだけじゃない。俺もお前も多少なりとも疑問に思ってた。だったら最後まで付き合ったっていいだろ?」

「だから最後まで付き合ったじゃないか。エセットまで行って情報を集めた。こうやって資料室に忍び込んで犯人を特定した。これで全部じゃないか」

「いや、まだ終わってない」


 そう、まだ終わっていないのだ。


 あの手袋の持ち主はガイエルで間違いはないだろう。エセットに縁ある人物でエセットという町に出入りしていたところからも、レイチェルの恋人であった可能性は非常に高い。だが事故なのか殺人なのかまではわかっていないのだ。


「ガイエル中佐がレイチェルを殺した証拠はない。それにハイドたちの行方だってわかってないんだ」

「二十年以上前のできごとだよ? 証拠なんてどこにも残ってないさ。それにハイドたちの行方なんて探しようがない。それはお前だってわかってるはず。手紙が来なくなって住んでいた場所さえもわからない。たとえばガイエルがレイチェルを殺し、ハイドたちの命も奪っていたとしてもボクらは知りようがないんだ」

「それは、わかってるが……」


 レオナルドが大きくため息を吐き、正面のイスに座った。


「アリスの力になりたいっていう気持ちはよくわかったよ。でもこれが限界なんだ。資料室に入るのだって本当は許されてないんだ。いい加減大人になりなよ」


 大人になれ。感情で動くのではなく、もっと自分を制御して立ち回れということだ。同時に、正しいことがすべて良いことだとは限らないことを知れと言っている。


 それは正しい。たとえば矛盾だったとしても、この場においてはエルヴィンよりもレオナルドの方が「大人として正しい」のだ。

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