第10話 アリシア=ハンバード⑩

 二人で入れ替わりながら走り続け、太陽が登る少し前にエセットに到着した。決して大きくない町だが、魔王オメガが一度半壊させているため町並みは綺麗だった。住民たちが手を取り合って復興したのだろう、というのがよくわかる。


 まだ日が昇る前だからなのか外に出ている人は誰もいなかった。しかし、町の入口には一人の兵士が立っていた。


「おや、女性二人で珍しいね」


 駐屯兵だろう。革製の鎧を着込み槍を持った初老の兵士だ。


「ま、いろいろあってね。一応アタシたちも軍人なんだ」


 手綱を握っているクラリッサが顎をクイッとこちらにやった。証明証を出せということだ。


 ため息をつきながら証明証を兵士に見せると、彼は大げさに驚いた。


「ほう、魔王討伐課だったんだねえ」

「まだ次の配属先が決まってないので証明証はそのままですが」

「俺の名はラルフ=ストランドだ。もう何十年も駐屯兵をやってる」

「私はアリシア、こっちはクラリッサです」

「クラリッサ! 第三王女殿下と同じ名前じゃないか。いい名前を貰ったね」


 ラルフはニコニコしているが二人は苦笑いを浮かべることしかできなかった。何十年も駐屯兵だということは成長したクラリッサの見た目がわからなくて当然だ。それを言い出そうか言い出すまいかと迷ったが、追手のこともあったので「そうですね」と返すので精一杯だった。


「こんな時間なんですがどこか泊まれるところってありますか?」

「さすがに難しいね。ここは旅人や商人もあまり立ち寄らないし、二軒ある宿屋も昼前にならないと店を開けないんだ」

「んじゃやっぱ野営しかねーな」


 クラリッサは嬉しそうだが、アリシアは頭を抱えていた。


「宿屋が開くまででよかったら駐屯兵の宿舎に来るかい? 夜勤用の仮眠宿舎だから狭いし綺麗とは言えないが野営をするよりは安全だぞ」

「本当ですか! 是非、是非お願いします!」


 アリシアはアルから飛び降りてラルフの右手を両手で包み込んだ。ラルフは「うんうん」と頷き「こっちだ」と案内してくれた。入り口からはほど近い場所にある小さな小屋だった。


「大丈夫かよ、ほいほいついてきちまって」

「駐屯兵が危ないことするわけないでしょ」

「そんなこと言ってると碌でもない男に捕まるぞ。気をつけろよな」

「言ってなさい」


 宿舎はラルフが言うように狭く綺麗な場所ではなかった。だが毛布もあり足を伸ばして寝られるのはかなり大きい。


「俺はさっきの場所で見張りをしてるから起きたら声をかけてくれ。宿まで案内するよ」

「いや、さすがにそこまでは……」

「いいってことよ。困ったときはお互い様だからな」


 ラルフは自分の胸を強く叩いたあと、「ハッハッハッ」と笑いながら見張りへと戻っていってしまった。


「あのじいさんが見張りで大丈夫かよ」

「そういうこと言わないの」


 毛布を被り横になる。


「線は細いし貫禄もないぞ。槍はそこそこ手入れされてるみたいだけど、そもそも槍を使ってない可能性の方が高い」

「それでも駐屯兵は町の人にとって大事なんだよ。そんなことよりさっさと寝よう。私もう限界だよ」

「しかしなあ……」


 クラリッサは毛布を膝にかけたまま寝ようとはしなかった。考え込んでいるのか、眉間にシワを寄せている。


「どうしたの。眠れるときに眠らないと寝不足で頭痛になるよ?」

「こんな場所で無防備に眠っていいものかと思ってな」

「私だってそう思うけど仕方ないでしょ。宿屋はやってないし、野営をしてもここで寝ても結果はそんなに変わらないと思うし。どうせ眠るなら人がいる場所の方が安心できる」

「お前がいいならそれでいいけどな」


 そこで踏ん切りがついたのか、クラリッサは大きく腕を伸ばして横になった。


 楽観的で自由奔放なクラリッサ。彼女に助けられたことは数多くあり、今回の件ももちろん含まれている。だが寝るのを躊躇したのはこれが初めてだ。


 どうして眠るのを渋ったのか。やや気にはなったがさすがに眠気には抗えなかった。


 深い呼吸を何度か繰り返すと心身ともに睡眠を受け入れていく。追手のことは極力考えないように、今は眠ることにだけ集中した。今はただ、起きたあとで無事でいることを願うばかりだった。

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