第7話 アリシア=ハンバード⑦

 夜が明ける頃、ようやくナーファスに到着した。夜風に当たり続けたというのもあるが、睡眠不足というのもあって疲労が蓄積していた。


 馬舎にアルを預け、空いている酒場に入った。馬舎の主人に聞いたところ、この時間でやっている宿屋はないらしい。


 酒場に入るとカウンターの向こうにいる男性に目が止まった。店主だろうが、スキンヘッドで長身、筋肉質といういかにもな風体である。床には何人かの酔いつぶれた客が突っ伏していた。店主は店主で酒を飲み、この酒場がいかに自由であるか理解するのに時間はかからなかった。


「嬢ちゃんたち、よそ者だな」


 カウンターに座ると店主がそう言った。


「ああそうだよ。なんか文句でもあんのか?」


 クラリッサが睨みをきかせるが店主に怯む様子はまったくない。荒事には慣れているという感じである。


「別に文句はねーよ。ただ、こんな場所にこんな時間に来るヤツは珍しいからな」

「別にこの町には用はないさ。ただの通り道」

「そんなこったろうと思った。で、なに飲む」

「普通にオレンジジュースで」

「私も同じ物を」

「なんだなんだ、ここがどこだかわかってんのか?」

「仕方ないだろ、ヘトラから何時間も馬飛ばして来たんだ。宿もやってないらしいし、そんなとこで酒なんか入れられるかっての」

「そりゃ、難儀だな」


 想像よりもずっと物分りがいい店主らしく、素直にオレンジジュースを二つ出してくれた。同時に小皿に乗ったなにかの実が出された。一口で食べられそうな大きさで合計で六つあった。


「これは?」

「フィラの実の漬物だ。疲労回復の効果がある」

「そりゃありがてえ」


 二人同時にフィラの実を口に含む。一つ噛むと甘酸っぱさが口いっぱいに広がってきた。種は抜いてあるらしく、なんの抵抗もなく食べ終えてしまった。


「これ美味しいね」

「ああ、土産にしたら喜ばれそうな感じだな」

「悪いがそれはウチの特別メニューなんだ。それは奢ってやるが、次からはちゃんと払ってくれよ」

「そりゃ残念だ。また帰りにでも食べに寄らせてもらうさ」


 クラリッサがオレンジジュースを飲み、テーブルに額を付けてため息を吐いた。ずっと手綱を握っていたのだ、それも仕方がなかった。


「この町で一番早く開く宿屋はどこですか?」

「この辺だとサリーンさんのとこだな」

「近い?」

「向かいの宿屋だ」

「それは助かった。でも何時に開くんですか?」

「今五時だからあと二時間は開かねえな」

「それでも七時か。早いですね」

「朝到着する行商人なんかもいるからな。で、二時間オレンジジュースで粘るつもりか?」

「あー、じゃあなんか軽く食べられるもの二人分」


 店主はニッと笑って「あいよ」と奥に消えていった。ただ酒を飲む場所かと思っていたが、どうやらそういうわけでもないようだ。


 店主が出してくれたのはサンドイッチだった。野菜とハム、それと卵のスタンダードなものだった。


 食欲はそこまでなかったが、一口頬張るとあっというまに平らげてしまった。パンは厚く非常に柔らかい。具の方は味付けは塩気が利いていて、けれどその塩気をパンが中和してくれた。


「美味かったか?」


 一口目から食べ終わるまでの時間はほんの数分だった。


「ええ、とても」

「ただのサンドイッチかもしれんけど卵と調味料の合わせ方とかかなりよかったぞ。ハムと野菜とフィラの実もよかった。おっさん才能あるぞ」

「そりゃどうも」


 そう言いながら店主はまた酒を飲んだ。


「そういえばなんでこの人たちは寝てるんですか?」

「定期的にコイツらと飲むんだが最後まで残ってるのはいつも俺だけなんだ。それだけの話さ」

「仲、いいんですね」

「小さい町だからな」


 店主は「ハハッ」と気さくに笑う。見た目はいかついが、人柄の良さと懐の広さ故にこうやって人が集まる。ここで突っ伏している人たちを見ても、店主がどれだけ信頼されているかは一目瞭然だった。


 いつ落ちてもおかしくない瞼をこすりながら、二人は店主と話をして時間を潰した。


 時間が来て、向かいにある宿屋にチェックインした。こちらの店主もまた気さくであり、二人の酷い顔をみてトマトスープを出してくれた。


 通された部屋で荷物を下ろし、着替えることなくベッドに飛び込んだ。眠ろうと思わずともあちらから眠気がやってくる。まるで手招きしている方に引き寄せられるようだった。

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