終局 1

「なんにも覚えてないだぁ!?」

 そこそこ広い部屋に、黄の王の声が響き渡る。

 亜空間のような場所から少年と赤の王が戻ってきたその日の夜、ようやくまともに目覚めた二人は、夕食を済ませたところで黄の王に呼び出され、応接室へと来ていた。日中は休ませてやったんだから、そろそろ何があったのかを説明しろということらしい。その意見はもっともだし、黄の王には散々世話になっているのだ。自分にできることなら可能な範囲で何でもしよう、と少年は思っていた。だから、魔法が使えない謎の空間に飛ばされたことや、そこであったことについて、赤の王と二人で説明していたのだが、

「なーんで覚えてねぇんだよ! つい今朝がたのことだろーが!」

 怒っているような呆れているようなクラリオの声が、再び部屋に響く。それに対し、赤の王はやや困ったような表情を浮かべてみせた。

「いや、それはその通りなのだが、こう、記憶が酷く不明瞭なのだ。アグルムだった間のことははっきりと覚えているのだが、アグルムから私に戻ったあとのことがいまいち判らん。デイガーを間違いなくこの手で殺したということは確かに記憶に残っている。いや、記憶にあるというよりも、それが間違いなく事実であることを知っている、という方が正しいのか……? とにかく、デイガーはもう死んだという扱いで良いのは確かだ。だが、どうやって奴を殺し、どうやってあの空間から戻ってきたのか、と問われると……」

「途端に判らなくなるって?」

 黄の王の言葉に、赤の王が神妙な顔をして頷く。

「んな都合の良い話があってたまるか! つーかキョウヤもキョウヤだ! お前も覚えてねーのかよ!」

「も、申し訳ありません……。この人が、この人に戻ったことは、覚えてて……。……あ、あと、この人が、炎の魔法? で、あたりを燃やして……。……そのあとは、気づいたら騎獣舎に戻っていました……」

 恐縮しきった顔でそう述べる少年を見た黄の王は、少年のストールから顔を覗かせているトカゲにも問うような視線を向けた。だが、トカゲも覚えていないのか答える気がないのか、こてり、こてり、と首を傾げられて終わる。

 そんな二人と一匹の様子に、黄の王はガシガシと頭を掻きむしった。

「だー! なんなんだお前ら! 揃いも揃って痴呆か! つーかロステアール王! あんたやっぱ炎出してたみてーじゃねぇか!」

「いやぁ、参った。あそこには確かに精霊が存在しなかったのだが、一体どこから出て来たのだろうな?」

「俺が知るか!」

 叫んだ黄の王に、やや顔色を悪くした少年が再び謝罪の言葉を口にする。

「お、お役に立てなくて、本当に、申し訳ありません……」

「ああこら、あまりキョウヤを苛めないでやってくれ」

 かわいそうに、怯えてしまっている、と言いながら少年を抱き寄せてその頭を撫で始めた赤の王に、黄の王が辟易したような目を向けた。

「……はぁ」

 一際大きなため息を吐き出した黄の王が、諦めたような表情をして肩を落とす。

「まあ、俺にゃあんたの嘘を見抜くことはできねーからな。それに、その覚えてないってのが嘘にしろ真にしろ、この状況であんたがこの大陸に不利なことをするとは思えねぇ。もし嘘なんだったら、必要な嘘ってことなんだろ。だったらもう良いわ。疲れたし」

 そう言った黄の王が、今度は視線を少年へと移す。

「お前も別にそこまで気にしなくて良いぞ。国王陛下ですら覚えてねーっつってんだから。ま、厄介な空間魔導の使い手がいなくなったってだけで、そこそこのお手柄だ。精霊がいない空間ってのもそこの王様が壊したって話だし、取り敢えずの脅威は排除できたってことで良いんかね」

「次に向こうが何をしてくるか判らない以上、脅威を排除した、と言い切れはしないが、貴殿を含め、我々に現状できることは全て行った、という認識で良いと私は思う」

 赤の王の言葉に、黄の王が頷く。

「確かに、うちの国のことに関しちゃあ、あんたらがぐーすか呑気に寝てる間に概ね片づけたし、あとは近日中に派遣されてくる予定の薄紅やら紫やらの連中と協力して、魔導陣が仕込まれてる生き物が他にいないか再調査するくらいだ。つっても、あんたがデイガーを殺したなら、魔導陣だって消えてる可能性が濃厚だけど」

 まあ念のためな、と言った黄の王に、赤の王も首肯して返す。十中八九、空間魔導に関連する魔導陣は全て解除されていると見て良いはずだが、万が一を考えての行動は必要だ。

「以前調査した際に今回の魔導陣を見落とした原因は、単に調査が甘かったからだろうか」

「まあ、そうっちゃそうなんだろうけど、それ言ったら薄紅も紫も怒り出すぞ? あの短期間で大陸中回って隅から隅まで調べて目についた端から魔導陣を破壊する、ってぇ、相当な労力だからなぁ。もっと時間がありゃあ地下深くまで調べられただろうが、あんときゃ状況的にそこまでのことを帝国ができるとは思えなかったし……。とにかく急ぎだったってこと考えりゃ、その線を捨てて調査に臨むのは最も合理的な判断だったと思うぜ?」

「ああ、判っているとも。私も調査をした国々を責めようなどとは思っていない。ただ、見落としただけなのか、見つけることができなかったのか、では話が違ってくると思っただけだ」

「それなら、見落としたっつーか、見る時間がなかった、が正解だから安心しろよ」

 他国の事情だろうに、そう断言できるあたり、さすがは情報収集に長けた国の王である。その辺の事情は包括的に把握しているのだろう。把握されている側の国は、あまり気持ちの良い顔はしないだろうが。

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