王の不在 1

 黄の国にて帝国の襲撃があったのとほぼ同時刻、赤の国グランデルの王城でもまた、城内に警鐘が鳴り響いていた。帝国による強襲である。

「団長! 国中で魔物の発見報告が相次いでます! まず間違いなく魔導による使役魔かと!」

「確証はありませんが、これだけ広範囲に渡って襲撃があったとなると、十中八九空間魔導絡みなんじゃないかと宮廷魔法師たちは言っています!」

 軍議室にて部下たちから報告を受けたガルドゥニクスは、机に広げた国内の地図を睨みながら口を開いた。

「現地の状況は」

「国内全域にて、中央騎士団を除く四騎士団が対応中! 現在のところ国民に被害は出ておらず、騎士団員の負傷も軽度のものとのことです!」

「そりゃあ何よりだ。うちの騎士団がやられたとあっちゃ、他の国に顔向けできんからな。……しかし、東の団長は病み上がりだろう?」

 大丈夫なのかと問うガルドゥニクスに、部下が笑う。

「団長ならそう言うだろうから、そしたら余計なお世話だと伝えてくれって伝言が来てますよ」

「あの野郎……。北はまず大丈夫だろうが、西はどうだ。あそこは金の国の防衛にも一枚噛んでるだろう。人手は足りてるのか?」

「あ、西の団長から伝言受け取ってます! ガルドゥニクス団長とは頭の作りが違うから問題ないそうです!」

 挙手して発言した団員を見て、ガルドゥニクスはやや疲れた顔をして溜め息を吐いた。

「どいつもこいつも……。 じゃあ今一番仕事が多い南は、……いや、あそこには強力な助っ人がいたな。なら大丈夫か」

 そう呟いたガルドゥニクスは、手近にいた部下を見て口を開いた。

「取り敢えず、東と西に軽口を叩く余裕があることは判った。心配して損したって言っとけ」

「了解しました! 文官に頼んどきます!」

 そう言って退室した部下と入れ替わるようにして団長の傍に来た別の部下が、地図を見て首を捻る。

「しかし、国内に魔導陣がないことは薄紅とか紫のとこの王様が確認した筈ですよね? じゃあ魔物はどうやって気づかれずに国内に潜り込んだんだと思います?」

 問われたガルドゥニクスが低く唸った。

「お前、俺がそういう細かいことを考えるのが苦手だって判ってて訊いてるだろう?」

「あ、バレました?」

 あはは、と笑った部下の頭を、ガルドゥニクスの隣に控えていた副団長のミハルトが容赦なく殴る。

「いってぇ!」

「団長に無礼な真似をするな。殴るぞ」

「もう殴ってるじゃないですかぁ! ていうか副団長だっていっつも団長に失礼なこと言ってる癖に、自分のことは棚上げですか!」

「私は良いんだ」

「うわ、出た出た! そういうの差別って言うんですよ!」

 文句を言う部下を無視して、ミハルトはさっと周囲を見た。

「他に何か情報を持っている者はいないか? 不確定なものでも良い」

 ミハルトの言葉に、あっと一人の部下が声を上げる。

「ほんとに未確認の情報なんですけど、なんか、飛行型でもない魔物が空から降ってきたみたいな話は聞きましたよ。つっても現場は大混乱だろうから、見間違えかもしれないんですけど」

「空から?」

 なんだってまた空から降ってくるんだ、と首を捻ったガルドゥニクスの横で、顎に手を当てて思考していたミハルトは、僅かに目を見開いて地図を掴んだ。

「ミハルト?」

「……渡りだ」

「わたり? なんだって?」

 小さな呟きに首を傾げたガルドゥニクスを、ミハルトがばっと見上げる。

「渡り鳥です! 今はちょうど、東の大陸からここへと渡り鳥がやってくる時期なんですよ! その渡り鳥に魔導陣を仕込んでいたとしたらどうです? 擬似的に空に魔導陣を置くことができるとは思いませんか?」

 突飛といえば突飛な発想だ。ガルドゥニクスには、果たして生物に魔導陣を仕込むなどという芸当ができるのかどうかすらも判断できない。だが、現状において最もそれらしい説ではあった。

「なるほど。確かにそれなら説明がつくと言えばつく。だが……」

 難しい顔をしたガルドゥニクスに、ミハルトが頷く。

「はい。それでは数が少なすぎます」

 現れた敵の数と渡り鳥の数が合わないのではない。寧ろ、報告を聞く限り、毎年やってくる渡り鳥の数と敵の数とは釣り合っているようにさえ思えた。つまりミハルトは、グランデル王国を相手取るには渡り鳥の数が不足していると言っているのだ。

「もしこの方法で敵が送り込まれているとしたら、鳥たちが魔導陣の発動に耐えられるとは思えません。恐らく、発動と共に肉体が弾けるなりすると考えると、魔導陣の発動は一羽につき一度きり。確かにこの時期の渡り鳥は群れを成して訪れますが、それでもグランデル王国を相手取るには陣の数が不足していると言って良いでしょう。現に、我々中央騎士団は未だに首都に留まっているどころか、ほとんどが待機状態で済んでいる訳ですから。けれど、それくらい帝国側も判っているはず」

「……帝国の狙いは別にあり、これは陽動にすぎない、か?」

 そう言ったガルドゥニクスに、ミハルトが頷く。

「はい。そう考えるのが妥当かと。…………つまり、恐らくは宰相閣下の読み勝ちです」

 そう言って肩を竦めてみせたミハルトに、ガルドゥニクスもまた、城を留守にしているグランデル王国宰相のことを思い浮かべた。彼はガルドゥニクスよりも一回りほど若いが、常にその重責に見合った働きを見せていた。今回もまた、その例に漏れず役目を果たしてみせることだろう。ならば、王立中央騎士団の団長としてガルドゥニクスがすべきは、宰相に任された首都の防衛と、有事の際の柔軟な対応である。

「よし、中央騎士団は基本的に持ち場にて待機だ! これ以上の事態にならない限り、うちの団の戦力は温存する方向でいく!」

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