王の責務 3

「師団長! 魔術師が死んで以降、魔物の勢いが止まりません!」

「これ以上接近を許せば、壁を破壊され都市内部への侵入を許すことになってしまいます!」

 そう叫んだのは、国境に近い場所にあるオアシス都市スティラーダに派遣されている王軍第三師団の兵たちだった。

 本日未明の襲撃を受け、すぐさま都市を囲うように配備された彼らだったが、想像以上の敵の強さに苦戦を強いられていた。

 それもこれも、魔物を従える魔導師が全て死んだためだ。魔導師たちは全員が全員、出現と同時に爆発するように弾けて死んでしまった。恐らく自害ではないだろう。彼らはあらかじめそうなるように細工された上で、戦場に投入されたのだ。もしかすると覚悟の上だった者もいたのかもしれないが、そうでない者もいただろう。そうでなければ、魔導師たちの口からあんなにも悲痛な声は上がらない。

 耳に残る痛ましい断末魔を振り払い、第三師団を束ねる師団長は歯噛みした。いくら敵が強いとは言え、ともすれば押し負けそうな戦況を不甲斐なく思ったのだ。だが、師団長が悔やむことは何もない。彼は緊急事態を受けて迅速かつ的確な指令を下し、現状に至るまで一人の死者も出してないのだ。そんな彼のことを、誰も責めようとは思わないだろう。

 だが、防戦一方になってしまっている上、近隣国から来るかもしれない援軍の到着まで持ち堪えられるか判らないのもまた事実だ。敵に対してこちら側の戦力が不足していると言ってしまえばそれまでだが、それでもこの都市には第三師団の半数が派遣されている。師団の半分の人員を割いても帝国の襲撃に持ち堪えられないというのはやはり、不甲斐ないと言うほかなかった。

「師団長! 対処し切れません! 既に魔物が数体、防衛ラインを突破しています!」

 兵のひとりが叫んだ通り、抑え切れなかった魔物の一部が軍の包囲網を抜け、都市を守る防護壁へと向かっていた。それを追って止めに行くのは簡単だが、そのために兵が持ち場を離れれば、そこにいた魔物が同じように都市に攻め入るだけである。いかんともしようがない事態に、師団長が指示に詰まった。

 だがそのとき、まだ明けぬ空から突如雷鳴が轟き、幾筋かの稲妻が大地へと降り注いだ。闇を裂いたその光は、驚くべきことにその全てが軍の包囲を抜けた魔物へと向かい、一瞬にしてそれらを灼き払った。

 兵たちの誰もが驚愕を隠せないでいる中、誰よりも早く真実に辿り着いた師団長が叫ぶ。

「っ、クラリオ王陛下だ!」

 師団長の言葉に、兵たちが僅かにどよめいた後、一斉に雄たけびを上げた。

 兵たちはおろか師団長にすら、どんな原理で遠く離れたこの地に雷魔法が発動したのかは判らない。だが、自国の王が民を守るために落雷を喚んだことは明白だった。

 王からの指示は正確に聞き届けていた。足りないところは全て自分が補うから、お前たちはお前達の思う最善を尽くし、国民を守って見せろと。お前達が失敗した分は自分がカバーするから、恐れずに己の役目をまっとうしろと。確かにそう言われた。

 そしてその真意が、これなのだ。王軍の不足を補うため。王軍すらをも含む、全ての国民を守るため。遠く離れた王都にいる王は、何らかの力で国中の戦況を把握し、軍の手が回らなかった敵だけを正確に仕留めている。

 およそ人の成せる業ではない。あまりにも強大な魔法は、王の魔力を根こそぎ奪い尽くさんばかりに消耗させるだろう。敵を選び、本当に必要な場面においてのみ雷を落としていることからも、それは容易に察せられた。きっと、手当たり次第に落としていては、すぐに限界が来てしまうのだ。そんな不安定な魔法を無理矢理発動しているとなると、王の身に降りかかる負担はどれほどのものだろうか。

 だが、民は皆知っていた。それでもその魔法が必要ならば、王は必ずやってのけると。それがどれほど己が身を蝕もうとも、決して一歩も引きはしないと。

 ならば、王軍たる彼らがそれに応えぬ訳にいくだろうか。

「一体一体を確実に仕留めることに集中しろ! 敵を取り逃がすことを恐れるな! 我々が取り溢したとしても、必ず陛下が掬ってくださる!」

 師団長が叫べば、より一層大きな声がそれに応える。彼らの目にもう迷いはなかった。王を信じ、ただ己の成すべきことを成せば良いのだと、魔法を以て王がそう伝えてくれたのだ。

 同様の現象は、国内の各地で起こっていた。その結果王軍の士気は上がり、徐々にではあるが戦況は優勢になりつつあった。国中を駆け回り、少しずつだが確実に敵の数を減らしていった王獣の働きも大きいのだろう。そしてそれでも手が回らずに取り溢された分を、王が確実に仕留める。王あっての戦法ではあるが、限りなく理想に近い采配だ。

 リィンスタット王国は、まさに国が持てる全力を尽くし、未曽有の事態に向かっていた。

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