リィンスタット王城 1
黄の王との邂逅からおよそ二日後、少年はようやく王都にやってきた。例によって門兵のチェックを受けた少年は、そのまま王宮へと案内されることとなった。そんなに多くはない荷物一式は王兵たちが運んでくれるということなので、この国に来てからずっとお世話になってきたモファロンとはここでお別れである。
モファロンの返却その他の手続きも王宮で請け負うと言われた少年は、恐縮しつつもその申し出に甘えることにした。
そうして案内された王宮は、高さがある赤の国や金の国の城とは違い、比較的低い階層からなる城だった。その代わり、敷地面積がやたらと広い。階数が多いのも大変だったが、これはこれで迷子になりそうだと少年は思った。
まずは国王陛下にご挨拶をと言われた少年は、侍女に連れられ謁見室に入室することになった。豪奢な王宮内は歩くのも憚られるようで、存在しているだけで申し訳なさすら感じてしまうほどである。どうせまたそれなりに整った部屋に案内されることになるのだろうけれど、いっそ馬小屋にでも放り込まれた方が遥かに良いと少年は思った。
(あ、でも、それはそれで、中の騎獣に迷惑かもしれない……)
とうとう獣にまで負い目を感じ始めた少年を、侍女が振り返る。そして深々とお辞儀をした彼女は、この扉の先が謁見室であることを告げた。
「あ、ありがとうございます……」
嫌だなぁと思いつつ、開かれた扉を潜る。そんな彼を迎えたのは、あまり馴染みがない内装の部屋だった。
椅子や机がない代わりに、上質な絨毯に覆われた床には沢山のクッションが直接置かれている。そしてその中心には、つい先日出会った国王が座っていた。
「よー、無事に来たな」
軽い口調でそう言った王に対し、少年は深く頭を下げた。
「あの、先日は色々と、ありがとうございました。もうご存知かと思いますが、天ヶ谷鏡哉と申します。ギルディスティアフォンガルド王陛下のご提案で、暫くリィンスタット王国でお世話になることになりました。ご迷惑をお掛けしますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」
出来得る限り丁寧にそう言った少年だったが、そんな彼に対して黄の王はひらひらと片手を振った。
「あー、そういう堅苦しいのはいらねぇって。そもそもそんなにお世話するつもりもねーしな」
そう言ってから黄の王は、まあ座れと言って自分の隣のクッションをぽんぽんと叩いた。高貴な人間の隣に座るだなんてと思った少年ではあったが、まさか王自らの申し出を断る訳にもいかない。仕方なく、示されたクッションよりも少し離れた床に直接正座した少年に、王は少しだけ首を傾げたあと、まあ良いかと呟いた。
「金の国とか赤の国とかに慣れてると、うちの家屋は珍しいだろー」
「あ、いえ、道中の宿などで、一応見慣れはしました」
リィンスタット王国では、椅子や机などを使用することが少ないらしく、少年が泊まった宿も基本的には絨毯に直接座るような部屋ばかりだった。どうやらその文化は、王宮でも例外ではないらしい。
「ソファとか机とかがある謁見室もあるにはあるんだけどなぁ。俺があんま慣れないからこっちにさせて貰ったわ。居心地悪かったら部屋移すけど?」
「あ、いえ、お気遣いなく」
「そうか? じゃあこのまま本題に入るか。つっても、おおまかな事情についてはギルヴィス王から聞いてるだろうから、俺が話すのはこの国での話な」
そう言った黄の王が、右手の指を三本立てて見せた。
「俺がお前にしてやることは、大きく三つ。衣食住の確保に、ちょっとした話し相手になること、あとは制限付きの護衛か。ま、そんくらいだな」
衣食住は有難いことだが、話し相手は別に特に望んではいない。そんなことを思った少年だったが、勿論口にはしなかった。代わりに、ひとつ疑問に思ったことについて尋ねてみる。
「……あの、制限付きというのは……?」
「ああ、……最近どうも、うちの国の魔獣の動きが異常なくらい活発でな。お前もこの前ザナブルムを見ただろ? ありゃ獰猛だけど縄張り意識がはっきりしてる分、滅多に人里に現れないタイプの魔獣でな。連中の住処に足を踏み入れなきゃ、まず攻撃されることはない筈なんだが、どういう訳か、ここのところ街の近くでの発見報告が相次いでる。ザナブルムだけじゃなくて
そう言って王は、やれやれと溜息を吐いた。
「実は今も、王宮周りの兵をごっそり全国に派遣しててさぁ。必要最低限の戦力は残してあるけど、結構カツカツなんだわ」
「え、あの、そんな大変な時に、僕なんかがお邪魔してよろしかったんですか……?」
「よろしいもクソも、うちで引き受ける以上に良い選択肢がなかったら仕方ねぇや。ああ、別にお前のせいじゃないんだから、あんま気にしなくて良いぞ。その代わりと言っちゃあ何だが……、」
そこで言葉を切った王が、やや気まずそうな顔をしたあとに、がしがしと頭を掻いた。
「こっちもこういう状況だからな。国かお前かって事態になったら、迷いなくお前を見捨てさせて貰う。お前には悪いと思うが、俺にとっちゃ、自分とこの国民が第一なもんでな」
こういうことは最初にきちんと伝えておいた方が良いだろうと言った王に、少年は何度か瞬きをした後、内心で首を傾げた。そして、こくりと頷く。
「はい、判っています」
「……お前、随分聞き分けが良いのね」
なんだか困惑したような表情を浮かべた王に、少年はまた内心で首を傾げた。
聞き分けが良いも何も、王が言ったことは至極当然のことだ。自国の民と自分ならば、間違いなく民を選ぶべきである。もし万が一自分が選ばれるようなことがあったとしても、それは少年が少年だからではなく、少年がエインストラかもしれないからだ。少年は守られるに値するような存在ではないし、寧ろ真っ先に贄にされて然るべきだろうとすら思う。そんな自分に僅かでも戦力を割いてくれると言うのだから、感謝こそあれ不満など抱くはずもなかった。
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